12月 302006
 

今朝,車で移動中にFM802を聴いていると,その番組のゲストがAngela Aki(アンジェラ・アキ)だった.デビュー曲のHOMEが流れた後,アンジェラ・アキが,今みんなに伝えたい言葉は”Don’t stop dreaming!”だと話していた.夢を追い続けて,夢を諦めないで,と.これは彼女の経験から来る言葉なのだろう.

自宅に戻って,アンジェラのウェブサイトを覗いてみた.初の「武道館ライブ」を成功させた後に書かれた”Keep on dreaming all your llife…“と題する最近のブログに,以下のような文章がある.

本当に夢のような一日でした。。。

3年前、2003年の9月27日に椎名林檎さんのライブを武道館で拝見させて頂いて、私も「武道館でライブをやりたい!」「このステージに立ちたい!」と強く思いました。素晴らしいステージに感銘を受けたその晩、林檎さんの曲順表を自分の部屋のドアに貼って、その上に大きく「目指せ武道館!3年後の2006年9/27日までに!」と自分の字で大きく書きました。その頃まだレコード契約もなかったのに、この夢だけは叶えたいと心に決めました。あれから3年と3ヶ月、毎日その紙を見てきました。9/27には間に合わなかったけど、2006年ギリギリセーフです!!笑。

凄いよね.目標を立てるときのポイントは,期限を設定することだ.彼女の場合,「3年後」に武道館に立つと明確に設定している.だから,頑張れる.もちろん,アルバムもいい.


日本武道館で行われたピアノ弾き語りのライブのDVD


アンジェラ・アキのデビューアルバム

12月 302006
 

大学の冬休みは12月29日から1月3日までの6日間だ.12月29日は大掃除.1月2日と3日は実家に戻る.残りは3日間.その間に,論文(paper)10報の査読(review)をしないといけない.全部,英語の論文だ.こんな状況だから,冬休みなんてないに等しい.

三が日が終わってから査読すればよいかというと,そんな余裕もない.遅くとも15日までに,国際会議用の論文5報と国内会議用の論文4報を仕上げなければならない.すべてを自分で書くわけではないが,学生が書く原稿を手直しするのは,下手をすると自分で書くよりも時間がかかるものだ.

しかも,15日までずっと机に向かっていられるはずもない.卒業論文や修士論文の提出を控えて,追い込みに入っている学生とのディスカッションに加えて,共同研究をしている企業との会議などが目白押しだ.

大学の研究者の生活って,こんな感じです.ご参考までに.

12月 292006
 

年末大掃除中の危機

今日は自宅の大掃除.朝からガラスクリーナーで窓と鏡を磨き,壁の汚れを落とし,洋服ダンスの上とか,冷蔵庫の上とか,乾燥機の上とか,とにかく高いところを掃除して...そして昼前,洗面所の掃除をしていると,和室の方から「ギャー!!」という叫び声とともに,大きな大きな泣き声が聞こえてきた.

ダッシュで駆けつけると,長男が泣いている.「どうした?」と聞くが,「あつい.あつい.」と泣くだけで,何が起こったのかわからない.周囲を見渡すが,特に危なそうなものは見当たらない.だが,長男が一方の手でもう一方の手を隠していることに気付いた.「見せて!」と,手を開こうとすると,「嫌だ!嫌だ!」と泣き叫ぶ.手をどうかしたに違いない.そんな遣り取りの最中に,何か焼け焦げたような匂いがしていることにも気付いた.ただごとではないと感じ,長男の手をこじあける.チラッと見えた指先が明らかにおかしい.皮膚が変になっている.

「何したの?何があつかったの?」と聞くと,「あれ〜!」とコンセントの方を向いた.感電だ!

感電って,どう対応したらいいんだ?

と思いながら,長男を抱きかかえて,キッチンへ.冷たい水を全開で流し,流水に長男の手を突っ込む.

同時に,彼女が掛り付けの小児科へ電話し,先生にどうしたら良いか尋ねる.病院が開いていて助かった.ショック症状がないかなどを聞かれた後,30分間流水で冷やしてから,病院に来るようにと指示を受けた.

金属を放置しておいたことを激しく反省

長男がコンセントに突っ込んだのは,壊れた文房具の金属破片(細い針金)だった.それも,ちょうどコの字型の.実は,感電事故の前に,長男がその細い針金を持っているのを見ていた.そこで危険予知できなかったのが事故の原因だ.実に情けない.保護者として失格だ...

流水で手を冷やしながら,「コンセントに入れたの?」と聞くと,「うん.入れたら,どうなるかなって思ってん.」という返事.

「そうかぁ.どうなるかなって思ったん.」

「うん.どうなるかなって.」

「そしたら,アチチになったん.」

「うん.」

「そうかぁ.びっくりしたなぁ.コンセントは危ないから,もう入れたらアカンで.」

「うん.あしたも,あさっても,もう入れへん.」

「そうやな.もう入れんとこうな.」

「うん.あしたも,あさっても,もう入れへん.」

「でもな.どうなるかなって思うのは凄くいいことなんやで.どうなるかなって思って,色々やってみるの.それは凄くいいことなんやで.でも,危ないことはしたらアカンな.パパとママが危ないから触らないでって言ってるのは,触ったらアカンで.」

「うん.」

30分間,こんな会話を繰り返した.

感電を防止するには

Wikipediaの感電の項目には,次のような記述がある.

幼児がコンセントに金属製品を差し込むいたずらを行い、感電することがあるので、金属製品を幼児の手の届く所に置かない。また、コンセントに感電防止用のカバーを取り付ける。

感電防止用カバーは備え付けているのだが,子供が少し大きくなると,そんなものは自分で簡単に外してしまう.やはり,「金属製品を幼児の手の届く所に置かない」のが鉄則だ.これが今回の教訓だ.

12月 282006
 

先日,「学資保険は魅力的でない」と題して,我が家で学資保険は使っていないと書いた.ここで補足説明をしておこう.

郵便局(簡保)の学資保険

学資保険のことを書いたので,この機会に世間にどんな情報が流れているのか見ておこうと,ウェブサイトを巡回してみた.まあ,すごい数のウェブサイトがある.星の数ほどある学資保険ページの中で,検索で一番に出てくるのが,郵便局の簡易保険(簡保)の学資保険のページだ.簡単な説明の後,注意事項にこう書いてある.

加入年齢、保険期間、性別等により、払い込まれる保険料の総額よりも、支払われる生存保険金額及び満期保険金額の総額が少ない場合があります。

さて,ここで,きちんと考えないといけない.

学資保険に入る目的は何か.大学進学時(中学や高校を含んでもよい)に必要になる教育資金を準備するのが目的のはずだ.それなのに,払い込んだ保険料よりも,子供の大学進学時にもらえる保険金額の方が小さくても良いのだろうか.世間には銀行預金の利率が低すぎると不満を露わにしている人も多いが,郵便局(かんぽ)の学資保険の利率はマイナスだ.それでも構わないのか.

もちろん,簡保の学資保険は保障重視型だから,病気や怪我,特に災害が理由で死亡した場合には,手厚い保障が受けられる.このことは,きちんと認識しておかないといけない.銀行預金とは明らかに違う.その保障を得るためのコストがかかるので,利回りが低くなるわけだ.でも,保障目的で学資保険に入るのか?

子供を持つ人なら,大抵,死亡保障のついた生命保険に加入しているだろう.その上で,計画的に教育資金を積み立てるために良い商品はないかと考えて,学資保険を検討するのではないだろうか.そうだとしたら,支払った金額すら戻ってこないような学資保険にどれほどの魅力があるだろうか.

子供が生まれたら,責任のある親として,簡保の学資保険にぐらい入ろう!なんて考えはやめた方がよい.きちんと吟味してから判断すべきだ.

貯蓄重視型の学資保険

元本割れする簡保の学資保険はさすがに嫌だという親は多いようで,貯蓄重視型の学資保険が人気らしい.例えば,ソニー生命の学資保険がある.そのウェブページには,「貯蓄性で選ばれています」と書いてある.

では,その貯蓄性を検討しておこう.あなたに生まれたばかりの子供がいるとする.大学進学を目前に控えた17歳で満期保険金を受け取るように設計したとする.契約者の年齢や性別にもよるが,17年間の支払総額を100万円とすると,満期時にもらえる金額は約110万円だ(利差配当を除く).10%も増えるのだから,マイナスになりかねない簡保の学資保険よりも貯蓄性が有利であることがわかる.しかし,10%というのは多いのか少ないのか.10%増えるのは嬉しいことだが,17年もかけていることに注意しなければならない.「10%も増えるの!ラッキー!」なんて単純な発想では将来が心配だ.

貯蓄性を評価するために,一年間にどれだけ増えるのかを計算してみよう.複利計算の問題だ.荒っぽく計算すると,17年間で10%増えるためは,毎年の利回りが1.2%程度でなければならない.今のご時世には,悪くない数字だ.銀行の定期預金はもちろん,個人向け国債の利回りよりも高い.

教育費用の高騰を知っておくべき

それでも,これで十分なのかという疑問は残る.バブル崩壊後デフレに悩まされてきた日本では,年率1%でも高いと感じてしまうが,正常な世の中なら,そんな低い利回りでお金を貸す(預ける)人なんていないだろう.この超低金利時代に,長期固定金利でお金を預けるのは得策ではない.インフレに対してあまりにも脆すぎる.インフレなんてと思うかもしれないが,学資保険の保険期間は20年弱にも及ぶ.その間,物価が安定し続けると仮定する方が無理があるのではないか.それに,物価は下がっていても,教育費用は上がり続けていることを認識する必要がある.かなり古いが,文部科学省高等教育局高等教育企画課が作成した「国立・公立・私立大学の授業料及び入学料の推移」という資料を転記しておく.この資料を見れば,日本の高等教育政策がわかるだろう.「貧乏人は大学に行かなくていい」ということだ.今後も,国立大学法人の授業料は私立大学の授業料を目指して上がり続けると予想される.今から17年後,どうなっているだろうか.想像力を働かせてほしい.

国立・公立・私立大学の授業料及び入学料の推移(一部抜粋)

年度 国立大学 公立大学 私立大学
授業料 入学料 授業料 入学料 授業料 入学料
昭和50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
平成元








10
11
12
13
14

36,000
96,000

144,000

180,000

216,000

252,000


300,000

339,600

375,600

411,600

447,600

469,200

478,800

496,800

50,000

60,000

80,000

100,000

120,000


150,000

180,000
185,400
206,000

230,000

260,000

270,000

275,000

277,000

282,000

27,847
66,582
78,141
110,691
134,618
157,412
174,706
198,529
210,000
236,470
250,941
252,000
290,400
298,667
331,686
337,105
366,032
374,160
405,840
410,757
440,471
446,146
463,629
469,200
477,015
478,800
491,170

25,068
74,220
80,152
90,909
104,091
119,000
139,118
150,000
167,265
178,882
179,471
219,667
230,514
261,639
268,486
287,341
295,798
324,775
329,467
357,787
363,745
371,288
373,893
375,743
381,271
383,607
387,200

182,677
221,844
248,066
286,568
325,198
355,156
380,253
406,261
433,200
451,722
475,325
497,826
517,395
539,591
570,584
615,486
641,608
668,460
688,046
708,847
728,365
744,733
757,158
770,024
783,298
789,659
799,973

95,584
121,888
135,205
157,019
175,999
190,113
201,611
212,650
219,428
225,820
235,769
241,275
245,263
251,124
256,600
266,603
271,151
271,948
275,824
280,892
282,574
287,581
288,471
290,799
290,815
290,691
286,528

一部は積極的に運用する

ここまで書けば,なぜ私が株式型投資信託で学資を積み立てているのか,それに加えて商品や不動産を検討しているのかが理解してもらえるだろう.預貯金を全部株式投資にまわせとか,そんな暴論を吐くつもりはない.しかし,現実に教育費は高騰を続けており,将来必要になる教育費用をきちんと積み立てるのは簡単ではない.そうであれば,インフレヘッジも考えておくべきだし,そのために積立の一部を積極的に運用するのは理にかなっていると思われる.

投資信託と学資保険の違いということで言えば,流動性も挙げられる.保険に加入してしまうと,解約したら損になるとか,そういうことを気にしなければならない.緊急時に保険を現金化するのが難しい.一方,投資信託であれば,いつでも現金化できる.この流動性の差は見過ごせない.一般に,流動性の高い金融商品ほど利回りは低くなる.定期預金よりも普通預金の方が利率が低いのも,このためだ.20年弱も資金が固定されるのであれば,それに相応しい利回りを求めなければならない.

子供の教育費だけの話ではない.自分の老後を想像しても,積極運用は望ましいのではないだろうか.

12月 272006
 

3歳の長男が,「大きくなったらパイロットになる!」と申しております.

何がきっかけだったか,はっきり覚えていないのですが,恐らく今夏のドイツ旅行だろうと思います.2回目の飛行機だったのですが,前に北海道に旅行したときはあまりに小さくて,何も覚えていないはずです.ドイツ旅行の際は,ちゃんと座席に座って,モニターのアニメに熱中し,おもちゃやお菓子を色々もらい,お子様用機内食を満喫し,空港で沢山の飛行機を見て,随分と楽しそうでしたから.利用したのはAir Franceですが,機内サービスは満足でした.シャルル・ド・ゴール空港での地上係員の対応は実にいい加減でしたが...

25日に「クリスマスプレゼント」と題して,長男がクリスマスプレゼントに”Northwest Airline Airport Play Set”をもらったと書きましたが,この中に入っていたNWAのボーイング747(何かわからん?一部2階建てのやつ)が物凄く気に入ったようです.リビング内の2カ所を空港に見立てて,一方が日本,もう一方がドイツで,「パパ,見ててや!ドイツに行くで!ブ〜〜ン!」などと機体を振り回して遊んでいます.

今,”Good Luck!”の再放送をテレビでやってますね.昨日の再放送を長男が見ていたらしいのですが,飛行機がいっぱい登場するので,大喜びしていたようです.

将来どういう職業に就くかなんて分かるわけもないですが,人生のそのときそのときに,何かなりたいものがある,夢がある,目標があるって大切なことですよね.それが人生を濃いものにしてくれると思います.長男にもそんな生き方をして欲しいと願っています.

12月 252006
 

クリスマス&バースデイケーキ

12月24日.今年のクリスマスイブは日曜日だ.彼女が注文しておいてくれたケーキを車で取りに行く.「ケーキ食べたい!」と騒ぐ長男に,「3時のおやつね!」と何度も言い聞かせながら,自宅へ戻る.

そして,約束の3時.オレンジ色の箱から,ケーキを取り出す.

クリスマス&バースデイケーキ
クリスマス&バースデイケーキ

ケーキには,”Merry Christmas”と書かれたチョコレートと共に,”Happy Birthday パパ”と書かれた板チョコが.Thank you!

それにしても,クリスマスの忙しいときに,よく誕生日の板チョコを作ってくれたものだ.

サンタクロースからのプレゼント

今年のサンタクロースからのプレゼントは,ブリオ(Brio)のPolar Expressセットと,ワンワンと吠えながら歩く犬だった.二人とも朝から大騒ぎだ.

ブリオ(Brio)のPolar Expressセット
ブリオ(Brio)のPolar Expressセット+α

ワンワンと吠えながら歩く犬
ワンワンと吠えながら歩く犬

非常に驚いたクリスマスプレゼント

サンタクロースの他にも,ジジババからプレゼントをもらったりして,家はおもちゃだらけ.そこへ,小包でクリスマスプレゼントが届いた.

私がまだ学生の頃,受験勉強のお手伝いをさせてもらったお嬢さんからだ.その後,紆余曲折を経て,今は航空会社に勤めて客室乗務員をしているそうだ.夢を追い続け,夢を叶えて,楽しく仕事をしているとのこと.このブログのタイトル通りだ.実に素晴らしいね.

前回会ったのは4年前だったかな.彼女と海外へ行く際に,関西国際空港のビジネスクラスラウンジに立ち寄ったところ,そこで偶然出会った.そのときは,今とは別の航空会社に勤めていたはずだ.

さて,いただいたクリスマスプレゼントと一緒に手紙が入っていた.近況報告に続いて,受験勉強中に私が発した言葉が書かれている.その言葉が今でも印象に残っており,挫折しそうになると,いつも思い出すと.

嬉しいね.Merry Christmas !

驚きのクリスマスプレゼント
驚きのクリスマスプレゼント: Northwest Airline Airport Play Set

12月 242006
 

職場には様々な保険屋さんが来るのだが,子供ができましたという話をすると,とりあえず生命保険の拡充と学資保険への加入を勧められる.

生命保険については十二分に悩み抜いた末に,死亡保険と終身入院保険を別々の保険会社で契約している.元々,子供ができた後のことも考慮して,自分なりに十分な保障内容と考える保険に入っているので,どの保険屋さんにも「もっと魅力的な生命保険があれば入りますよ」とだけ答えている.実際には,不動産絡みの死亡保障もあるので,自分が死んだ場合については何も心配していない.心配すべきは,健康でなく生きながらえてしまうケースだ.これは本当に恐ろしい.

一方の学資保険については,これを契約する意味が分からない.単純化して言うと,学資保険とは生命保険と貯蓄が合体したものということになる.このため,生命保険にしては死亡保障額が小さいし,貯蓄にしては利回りが低いし,何とも中途半端だ.学資保険を契約するぐらいなら,共済か何かの安い生命保険に入り,利回りの高そうな債券か投資信託でも自分で積み立てればいいはずだ.

というわけで,我が家では,2005年12月に「養育費と教育費で家計は破綻」で書いたとおり,投資信託で学資を積み立てている.具体的には,毎月,子供1人につき,インド株投信1万口(現時点で1万数千円)と中国株投信1万口(現時点で1万数千円)の計2万口だ.口数単位で積み立てているため,本来のドルコスト平均法にはなっていないのだが,それは仕方ない.株式投信だけにどうなるかはわからないが,大学進学時点で,子供1人につき400〜800万円ぐらいになるだろうと想像している.現在は,インド株と中国株の他に,もう1つぐらい買い足そうかと考えているところだ.BRICsやエマージングの株式型でも良いのだが,それでは分散性が悪くなるので,商品や不動産を検討している.学資とは無関係に外国債券を保有しているので,債券型は考えていない.

先日,久しぶりに挨拶に来てくれた保険屋さんが,「二人目のお子さんもおられることですし,学資保険はいかがですか?」と言うので,「学資保険の利回りは低すぎて魅力的に思えないから,インド株と中国株の投資信託をひたすら買い続けています.」と答えた.その保険屋さんは,恐らく発想が古いタイプだと思われるが,キョトンとして,しばらく無反応だった.私みたいな素人ではなく,プロなんだから,しっかり対応してくださいね.

おっと,年賀状を作る合間にブログを書いていたら,日付が変わってしまった.今日は私の誕生日です.

12月 232006
 

書いてあることをまとめると...

今,公に行われている少子化についての議論は,生まれてくる子供の幸せなんて全く眼中にない.年金を取り損ねないための道具,あるいは経済力維持のための労働力としてしか,子供を見ていない.そんな国に生まれてくる子供は幸せなのだろうか.そもそもの少子化の問題は,そういう部分にあるのではないか.日本が子供の幸せを考えない国であるということに.

それでも少子化を食い止めるというのであれば,親の経済的負担を減らし,国全体で人材を育てるという観点で,1)保育園から高等学校までの公教育をすべて無料にする,2)優秀な大学生に対する奨学金制度を企業の負担で構築する,という政策を提案する.


少子化になったら,誰が何に困るのか

少子化問題と騒がれるが,子供の数が少なくなったら,誰が何に困るのか.まず,ここをハッキリさせる必要がある.ニュースなどをザッと見る限り,現行の年金制度が維持できなくなることが最大の問題ということらしい.今の若い世代は今の年金制度なんて有名無実(国家的詐欺に近い)と覚悟している,あるいは覚悟せざるを得ないだろうから,そうすると,既に現役を退いた高齢者を含め,既に社会で働いている人達が,自分が年金をもらえなくなるのは嫌だ!と騒いでいるのが少子化問題ということになる.

年金制度

年金制度の話になると,世代間不平等や世代間格差をなくせということがよく言われる.要するに,今の高齢者は大した金額の保険料を支払ったわけでもないのに,年金を沢山もらいすぎだということだ.もちろん,自分も沢山もらえるなら,誰もそんな文句は言わない.自分には既得権益が与えられないからこそ,文句を言うわけだ.つまり,「私たちはこれだけ保険料を納めても将来これだけしか年金をもらえない.それなのに,今の年寄りは沢山もらいやがって.ずるいじゃないか.年寄りの年金を減らせ!」というわけだ.ただ,その年寄りを扶養する立場にある人達にしてみれば,年寄りの年金が減ったら,自分達の扶養負担が増えるだけで何も良いことがない.それに,人数で勝る高齢者には選挙という強い道具もある.だから,「年寄りから取り上げられないなら,子供から取れ!」ということになる.子供には選挙権がないし,ましてや生まれる前ならどうしようもない.子供から取りはぐれないようにするためには,子供の数を減らしてはならない.これが俗に言う少子化問題だろう.

ちなみに,最悪のシナリオも想定して行動する私は,保険料だけ徴収されて,公的年金がもらえないという事態も想定して生活設計している.国家が個人を守ってくれるなんていう幻想を持ち合わせてはいない.正直,日本全体を覆うこのペシミズムが諸悪の根源の一歩手前なのだろうと思う.もちろん,諸悪の根源はそんな社会にした日本の政治だ.


少子化問題はエゴイズムの衝突?

「もらえる年金が俺の方が少ない!そんなの嫌だ!」的な幼稚園か保育園の駄駄っ子レベルの思考回路で,少子化問題を捉えていても仕方ない.低俗なエゴイズムでギャーギャー騒いでいたい人達は好きにしたらいいが,政治家や官僚がそれでは情けないし,マスメディアがそんなレベルの情報ばかり垂れ流すのも問題だ.

少子化は進むだろう.でも,もしかすると進まないかもしれない.そういう状況で,超楽観的な予想に基づいて制度設計をしたらダメなことぐらい,小学生でも分かるだろう.政治の世界では大人がわからない振りをするわけだが,そんな大人の背中を見て育った子供がまともに育つはずはない.少子化が進もうが進まなかろうが,きちんと維持できる年金制度を構築する必要がある.その移行過程で得すると感じる人も損すると感じる人もあるだろうが,もうゴチャゴチャ言うな.全員ハッピーの答えなんてあるわけないのだから.日本の財政が破綻状態なことぐらい知ってるはずだ.それでも,まだ,自分の損得だけ考えて,つけを将来の子供たちにまわすつもりか.

公務員,サラリーマン,自営業者の年金制度はバラバラだ.誰が得しているだの損しているだのと指摘し合って,そのバランスを取ることが年金改革みたいになっているが,そんな枝葉末節に拘っている暇があるのか.自分達の子供に,これから生まれてくる世代に,どんな制度を残すつもりなのか.そこが肝心ではないのか.そういう政治は日本では無理なのか.無理だから今の現実があるわけだが,愚痴を言ってみたくもなる...


国家としての少子化問題

個人の年金がどうなるなんて話は,もう止めにしておこう.少子化問題としては,それよりも国力の減衰の方が大きな問題だろう.連日,景気がどうこうというニュースが流れるわけだが,少子化による労働人口の減少が続けば,景気は悪化の一途を辿ることになる.今のGDPを維持できはしない.いざなぎ景気を超える好景気らしい現在,それでも庶民は自分は貧乏だと訴えているわけだ.これ以上景気が悪くなれば,どうなることか.

このように考えると,年金維持のための少子化対策ではなく,日本の経済力維持のための少子化対策が必要ということになる.この場合,年金維持とは異なるオプションがありうる.それは,移民の受入だ.日本には3つのオプションがある.

  1. 少子化対策のため,抜本的な制度改革を行い,国民が我先に子供を欲しがるような国にする.
  2. 労働人口の減少を補うだけの移民を海外から受け入れる.
  3. 人口減少を受け入れる.

こう言っていたのは,ジム・ロジャースだったかな(?).理想的なのは1だろう.アメリカでも欧州でも移民問題は深刻だ.「こんなに失業率が高く,国民が困っているのに,移民なんかに職を与えるな」とか,「外国人が増えると犯罪が増える」とか,環境が悪くなると真っ先に移民が悪者にされてしまう.特に外国人アレルギーの強い日本ではそうなるだろう.極右勢力の台頭も懸念される.移民の受入がうまくいくとは想像しがたい.

では,3はどうだろうか.経済成長なんて必要ない.今の生活を維持できたら,それでいい.そういう人達も少なくないだろう.しかし,どうすれば,今の生活を維持できるだろうか.世界には,中国10億人,インド6億人をはじめ,日本人の「今の生活」を目指して必死に努力するであろう人達が大勢いるわけだ.仮に,それらの人の食事だけでも日本人レベルになれば,もう食料戦争に突入するしかない.それらの人が車に乗れば,資源戦争は免れない.力尽くでも今の生活を維持する根性があるか.過去の日本文化・日本人の精神性が国際社会に与えた畏敬の念を食い潰しながら,経済力だけで何とか威厳を保っている日本が,その経済力を失ってしまったらどうなるか.それこそ,どこかの強国の属国になってしまうのではないだろうか.


少子化対策

いずれにせよ,公に行われている少子化についての議論は,生まれてくる子供の幸せなんて眼中にない.年金を取り損ねないための道具,あるいは経済力維持のための労働力としてしか,子供を見ていない.そんな国に生まれてくる子供は幸せなのだろうか.そもそもの少子化の問題は,そういう部分にあるのではないか.日本が子供の幸せを考えない国であるということに.そんな国で子供を産み育てたいと思えるだろうか.

自称貧乏である多くの日本人が,子供を産まない理由として経済的理由を挙げている以上,経済的な負担を取り除く施策は不可欠だろう.そうだとしたら,保育園から高等学校までの公教育をすべて無料にしてしまったらどうか.給食費も含めて.日本の将来を背負う貴重な人材を育成するのに何をケチる必要があるのか.子供の有無なんて関係ない.全国民が人材育成に対して義務を負うのだ.それで何か不都合なことがあるか.

遊び呆けている馬鹿者を税金で養う必要はないので,大学および大学院は有料で構わない.その代わり,奨学金制度を充実させて,優秀な学生の学費は免除する.例えば,各大学の上位?%の学生に1人年間100万円とか.この奨学金に必要な資金は,その学生を採用した企業が負担する.優秀な学生を採用した恩恵を受ける企業が,その学生が教育を受けるのに要した費用を支出するわけだ.各大学が上位?%の学生に奨学金を出せるかは,間接的に企業が決める.つまり,奨学金を出してまでお宅の学生は要りませんと企業にいわれるような大学は,学生に奨学金を出せなくなる.これがダメなら,法人税で賄えばいい.


少子化に関する記事

少子化に関する記事のいくつかを以下に示しておく.

将来人口推計 子供は宝ではなかったか

いまや子供を「国の宝」とするような政策が求められているのではないか。(中略)少子高齢化は、社会の活力を失い、年金、介護、医療といった社会保障制度に大きな影響を与える。とくに年金制度は大きな打撃を被る。公的年金は、現役世代が高齢者を支えるシステムで成り立っているからである。(中略)かつて日本は子供が宝物だった。そのことを国民一人一人が自覚することで、少しでも少子高齢化に歯止めをかけたい。

要するに,自分が年金をちゃんともらえるように,国民は子供を増やすように努力しろということだ.

年100万人ずつ日本人が消えいく時代

厚生労働省は20日、社会保障審議会の人口部会を開き、合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の平均数の推計値)が、中位推計(最も実現性が高いとみられる推計)で、2055年に1・26になるとした新たな将来人口推計を発表した。前回推計では1・39まで回復するとしていたが、晩婚・晩産化が進み大幅に下方修正した。人口は加速度的に減り続け30年後の2035年に減少幅が年間100万人を突破。以降もほぼ同じペースで減る深刻な人口減少社会が到来するという。

下方修正しても,まだ甘いのだろう.誰も役所の予想なんて信用していない.しかし,これで制度設計されるのだから困ったものだ.

50年後、労働者2171万人が消える…現在の3分の2に

50年後の日本の労働力人口(15歳以上の就業者と求職者の合計)は、今と比べて2171万人も減ってしまう。少子化が日本社会にもたらす弊害はいろいろと指摘されているが、こんな衝撃的な結果が勤労感謝の日の23日、厚生労働省の試算で分かった。(中略)労働力人口の減少は経済成長に深刻な影響を与えかねず、新たな少子化対策を求める声がさらに強まりそうだ。

要するに,経済成長を維持するために少子化対策をせよということだ.

「家族の日」作ります 少子化対策の一環として

政府は少子化対策の一環として、来年度から「家族の日」を制定することを決め、来年度予算の概算要求に関連行事の開催費用など9500万円を盛り込んだ。11月23日などが有力だ。

なぜ9500万円も必要なのかわからないが,「家族の日」を制定するという作戦は効果があるかもしれない.ホワイトデー,父の日,母の日のように,いつのまにかプレゼントするのが当然という風潮にされてしまったように.

少子化背景に経済的な理由

予想を上回るスピードで進む少子化−。その対策は政府の重点政策の一つにもなっている。インターワイヤードのアンケートによると、少子化問題に「やや関心がある」と「とても関心がある」をあわせて78%に上り、関心の高さがうかがえる。特に60歳以上の男女と、子育て世代である20、30代の女性で関心が高い。少子社会で心配なことは「年金の支払額や医療費などの増加」「税金の1人当たりの負担額の増加」という経済的な回答が、それぞれ7割超となった。原因でも「経済的な余裕がない」が1位となり、経済的な問題が少子化の背景にあると考える人が多いことがうかがえる。有効な対策としては、国には「子供を育てやすい社会環境作り」、企業には「出産・育児休暇などを取りやすくする」が一番求められているという結果になった。ちなみに、職場に出産・育児休暇などの支援制度があっても「利用しにくい」という人が42%と多かった。

要するに,少子化問題とはお金の問題なのだ.

少子化対策?!「孫誕生休暇」9連休ですって

第一生命保険は3日、孫が生まれた職員に連続9日間の休暇取得を認める育児支援制度を10月から導入したと発表した。(中略)第一生命では全職員のうち、50歳代以上のベテラン職員が約3割を占めている。新制度の導入はベテラン職員からの「まとまった休暇を取って孫の出産を手伝いたい」という要望に応えた形だ。第一生命では「少しでも出産しやすくする環境作りになれば」としている。

少子化対策ではない思うが,子供を産む母親にとって有り難い制度であることは間違いない.

不妊治療の助成、少子化対策で20万円に倍増

厚生労働省は26日、少子化対策の一環として、不妊治療のうち健康保険が使えない体外受精と顕微授精に対する公的助成を拡充することを明らかにした。1世帯あたりの助成額を現在の年間10万円から20万円に倍増するほか、助成が受けられる所得制限を緩和するもので、平成19年4月からの実施を目指す。厚労省の推計(14年度)では、不妊治療を受けた患者は46万6900人に上っており、出産を望んでいる夫婦への直接的な支援で少子化に歯止めをかけたい考えだ。

少子化対策として,不妊対策というのは重要に思う.避妊しか頭にない人達には理解しづらいかもしれないが,子供が欲しくてもできないで悩んでいる人は少なくない.体外受精や顕微授精だけでなく,もっと軽度の不妊についても支援制度を充実させた方がよいと思う.単にお金をばらまくだけでなく,そういう病院や医師を増やすなど.金銭的ダメージよりも精神的なダメージが深刻だと思うので.

谷垣氏「少子化対策で低所得者の出産に控除を」

自民党総裁選への出馬を表明した谷垣禎一財務相は31日午後、福岡市内で講演し、消費税以外の税制の在り方について「所得税の中で『子宝税制』を考えていく必要がある。税額控除を取り入れて、所得の低い人にも子どもを産んだ場合にメリットを感じてもらえるようなことを、児童手当と組み合わせていくべきではないか」と述べ、少子化対策として低所得者層に配慮した新たな税制の必要性を強調した。一方、相続税に関しては「もう少しもらう方向で検討せざるをえない」として、富裕層への課税強化で不公平感の解消を図る考えを示した。

低所得者への支援も必要だろうが,それで十分なのか.どういう国家像を描いているのか.

12月 192006
 

Letter from Santa Claus

長男と長女宛に,フィンランドのサンタクロースから手紙が届いた.

かわいらしい手紙は,サンタクロースの絵が描かれた綺麗な封筒に入っている.その封筒には,12/12/2006付けのRovaniemi, Finlandの消印が押されていた.

“Hello My Friend”で始まる手紙には,サンタクロースの住む地域の様子が描かれ,「小妖精(elf)たちが君が良い子にしてるって言ってたよ.そう.人に親切にすると,その人達がよくしてくれるんだ.クリスマスを楽しむんだよ.来年もね.」と書いてある(もちろん原文は英語).そして,その下に,Santa Clausのサイン.

実は,手紙は,これで終わりではなかった.PSとして,”Dear Y. and K. genki de nakayoku”とローマ字で書かかれている.YとKは長男長女のイニシャルだ.

もうすぐ,クリスマス.良いものをいただいた.

フィンランドから届いたサンタクロースからの手紙
サンタクロースからの手紙

Yes, Virginia, There is a Santa Claus

クリスマスの時期,サンタクロースのことを思うと,いつもニューヨーク・サン紙の有名な社説を思い出す.再掲しておこう.

Yes, Virginia, There is a Santa Claus

We take pleasure in answering thus prominently the communication below, expressing at the same time our great gratification that its faithful author is numbered among the friends of The Sun:

Dear Editor -
I am 8 years old. Some of my little friends say there is no Santa Claus. Papa says, "If you see it in The Sun, it’s so." Please tell me the truth, is there a Santa Claus?
Virginia O’Hanlon

Virginia, your little friends are wrong. They have been affected by the skepticism of a sceptical age. They do not believe except what they see. They think that nothing can be which is not comprehensible by their little minds. All minds, Virginia, whether they be men’s or children’s, are little. In this great universe of ours, man is a mere insect, an ant, in his intellect as compared with the boundless world about him, as measured by the intelligence capable of grasping the whole of truth and knowledge.

Yes, Virginia, there is a Santa Claus.

He exists as certainly as love and generosity and devotion exist, and you know that they abound and give to your life its highest beauty and joy. Alas! how dreary would be the world if there were no Santa Claus! It would be as dreary as if there were no Virginias. There would be no childlike faith then, no poetry, no romance to make tolerable this existence. We should have no enjoyment, except in sense and sight. The external light with which childhood fills the world would be extinguished.

Not believe in Santa Claus! You might as well not believe in fairies. You might get your papa to hire men to watch in all the chimneys on Christmas eve to catch Santa Claus, but even if you did not see Santa Claus coming down, what would that prove? Nobody sees Santa Claus, but that is no sign that there is no Santa Claus. The most real things in the world are those that neither children nor men can see. Did you ever see fairies dancing on the lawn? Of course not, but that’s no proof that they are not there. Nobody can conceive or imagine all the wonders there are unseen and unseeable in the world.

You tear apart the baby’s rattle and see what makes the noise inside, but there is a veil covering the unseen world which not the strongest man, nor even the united strength of all the strongest men that ever lived could tear apart. Only faith, poetry, love, romance, can push aside that curtain and view and picture the supernal beauty and glory beyond. Is it all real? Ah, Virginia, in all this world there is nothing else real and abiding.

No Santa Claus! Thank God he lives and lives forever. A thousand years from now, Virginia, nay 10 times 10,000 years from now, he will continue to make glad the heart of childhood.

From the editorial of The New York Sun. September 21, 1897

12月 182006
 

先週末に「タブレットPCって凄いね」と題して,大学での講義などにタブレットPCを導入することにしたと述べた.そこで,大学の実情を評して,以下のように書いた.

例えば,アメリカのバージニア工科大学が新入生全員にタブレットPCを配布するそうだ.授業での使用も必須にするということだから凄い.日本の主要大学なら,新しい技術について行くのが嫌な人達が「そんなのを使うのは嫌だ〜!」と自己主張を始めて,それで計画が潰れるような気がする.

要するに,大学では我流で講義をする教員が多いということだ.もちろん,講義の上手な人もいれば下手な人もいる.上手な人はそれで問題ないが,下手な人を矯正する仕掛けはないのが普通だ.少なくとも,一昔前までは.

私が学生の時なんて,ボソボソと黒板に向かって呟くだけの先生が何人かいたものだ.誰もそんな授業なんて聞いちゃいないが,出欠を取るのでその場にはいるというようなものもあった.時間の無駄だが,教員がそれを望むのだから仕方ない.出欠を取らない講義では,学生の出席者が0名で休講になったことがあるという話を聞いたこともある.まあ,昔の大学なんて,そんないい加減さでも許されていた.ところが最近では,認証評価とかFDとか,少なくとも形式的には非常に五月蠅くなってきている.

そんな折り,下記のニュース記事を見掛けた.なんと,教員の教育能力向上研修が全大学に義務づけられるということだ.講義の下手な人を矯正する仕掛けを作るという意味では良いのではないか.そういう仕掛けがない方が問題なのだから.ただ,やるからには実効性のある研修をやってもらいたい.無意味なことに今以上に時間を奪われるのはご免だ.

この件に関して,最後に1つ言っておきたいことがある.文科省の言う教育能力とは何であろうか.恐らく,講義能力を指しているのだろう.しかし,大学での教育は講義だけではないということを認識しておかなければならない.一研究者として,研究指導を通して学生を鍛える.その中で,徹底的に考える力,レポート(論文)を書く力,プレゼンする力などを身に付けさせる.型にはまった講義で身に付けられる知識は本を読んだら身に付けられる類のものがほとんどだ.しかし,研究者や技術者として大切なものを身に付けるのは,それほど簡単ではない.

講義を良くすることは当然必要だ.しかし,講義以外の教育も重要であることを認識し,その部分を評価するような仕組みを考えていく必要はあるだろう.そうは言っても,教育の評価は難しいけどね.評価するためには成果を計測しないといけないが,教育の成果が現れるのは十年後,二十年後だろう.しかも,その計測は容易ではない.

教員の教育能力向上研修、全大学に義務づけ 文科省

文部科学省は、すべての大学や短大に対し、教員の教育能力を向上させるための研修を義務づける。授業に不満を持つ学生が多いためで、このほど中央教育審議会(中教審)の部会でこの方針が了承された。大学の取り組みを後押ししようと、専門スタッフ養成のための海外研修や、一部の大学が持っている教員教育施設の他大学への開放などへの財政面での支援を検討する。 大学による教員の教育能力研修はファカルティー・ディベロップメント(FD)と呼ばれる。07年度にも大学・短大の志願者総数と総入学者数が等しくなる「大学全入時代」を迎えるため、各大学は学生の教育充実に力を入れており、文科省の調べでは全体の4分の3がFDに取り組んでいる。ただ、講演会など形式的なものが多く、能力向上に結びついていないとの見方が多い。 全国大学生活協同組合連合会の調査(05年、9900人が回答)では、授業に不満を持つ学生は55%。文科省は大学全体の教育力の底上げが必要だと判断、中教審大学分科会の制度部会に諮り、「努力義務」とされてきた研修の義務づけを含む大学設置基準の改正方針が14日の会合で了承された。

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