12月 182006
 

先週末に「タブレットPCって凄いね」と題して,大学での講義などにタブレットPCを導入することにしたと述べた.そこで,大学の実情を評して,以下のように書いた.

例えば,アメリカのバージニア工科大学が新入生全員にタブレットPCを配布するそうだ.授業での使用も必須にするということだから凄い.日本の主要大学なら,新しい技術について行くのが嫌な人達が「そんなのを使うのは嫌だ〜!」と自己主張を始めて,それで計画が潰れるような気がする.

要するに,大学では我流で講義をする教員が多いということだ.もちろん,講義の上手な人もいれば下手な人もいる.上手な人はそれで問題ないが,下手な人を矯正する仕掛けはないのが普通だ.少なくとも,一昔前までは.

私が学生の時なんて,ボソボソと黒板に向かって呟くだけの先生が何人かいたものだ.誰もそんな授業なんて聞いちゃいないが,出欠を取るのでその場にはいるというようなものもあった.時間の無駄だが,教員がそれを望むのだから仕方ない.出欠を取らない講義では,学生の出席者が0名で休講になったことがあるという話を聞いたこともある.まあ,昔の大学なんて,そんないい加減さでも許されていた.ところが最近では,認証評価とかFDとか,少なくとも形式的には非常に五月蠅くなってきている.

そんな折り,下記のニュース記事を見掛けた.なんと,教員の教育能力向上研修が全大学に義務づけられるということだ.講義の下手な人を矯正する仕掛けを作るという意味では良いのではないか.そういう仕掛けがない方が問題なのだから.ただ,やるからには実効性のある研修をやってもらいたい.無意味なことに今以上に時間を奪われるのはご免だ.

この件に関して,最後に1つ言っておきたいことがある.文科省の言う教育能力とは何であろうか.恐らく,講義能力を指しているのだろう.しかし,大学での教育は講義だけではないということを認識しておかなければならない.一研究者として,研究指導を通して学生を鍛える.その中で,徹底的に考える力,レポート(論文)を書く力,プレゼンする力などを身に付けさせる.型にはまった講義で身に付けられる知識は本を読んだら身に付けられる類のものがほとんどだ.しかし,研究者や技術者として大切なものを身に付けるのは,それほど簡単ではない.

講義を良くすることは当然必要だ.しかし,講義以外の教育も重要であることを認識し,その部分を評価するような仕組みを考えていく必要はあるだろう.そうは言っても,教育の評価は難しいけどね.評価するためには成果を計測しないといけないが,教育の成果が現れるのは十年後,二十年後だろう.しかも,その計測は容易ではない.

教員の教育能力向上研修、全大学に義務づけ 文科省

文部科学省は、すべての大学や短大に対し、教員の教育能力を向上させるための研修を義務づける。授業に不満を持つ学生が多いためで、このほど中央教育審議会(中教審)の部会でこの方針が了承された。大学の取り組みを後押ししようと、専門スタッフ養成のための海外研修や、一部の大学が持っている教員教育施設の他大学への開放などへの財政面での支援を検討する。 大学による教員の教育能力研修はファカルティー・ディベロップメント(FD)と呼ばれる。07年度にも大学・短大の志願者総数と総入学者数が等しくなる「大学全入時代」を迎えるため、各大学は学生の教育充実に力を入れており、文科省の調べでは全体の4分の3がFDに取り組んでいる。ただ、講演会など形式的なものが多く、能力向上に結びついていないとの見方が多い。 全国大学生活協同組合連合会の調査(05年、9900人が回答)では、授業に不満を持つ学生は55%。文科省は大学全体の教育力の底上げが必要だと判断、中教審大学分科会の制度部会に諮り、「努力義務」とされてきた研修の義務づけを含む大学設置基準の改正方針が14日の会合で了承された。

asahi.com

  One Response to “大学教員の講義能力と教育能力”

  1. 大学全入時代…

    大学全入時代とはいっても・・・ (more…)

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