5月 012007
 

鈴木光司氏の「なぜ勉強するのか?」(ソフトバンククリエイティブ,2006)に太平洋戦争における神風特攻隊に関する記述がある.特攻隊というのは最低な作戦であり,神頼みでしかない神風という名前もろくなものではないと.特攻に志願した兵士達は「お国のために」進んで戦地に赴いたという話も聞くが,決してそのようなものではない.多くは,敗戦に突き進む当時のヒステリックな環境の中,無駄死にであることを承知しつつも,特攻に志願せざるをえなかったのだと.

鈴木氏は,ここに日本社会の特徴を見出している.その視点が面白かったので,紹介しよう.

この神風特攻隊という,敵陣の直中へ決死の覚悟で飛び込む作戦は,どうやら日本人だけのものではないようだ.ハリウッド映画を見ると,特に宇宙ものでは,特攻隊が数多く登場する.インディペンデンスデイ,アルマゲドン等々.強大な敵(必ずしも意志を持っているわけではないが)を前にして,地球を救うために,決死の覚悟で飛び込んでいく.まさに特攻隊だ.

ところが,ここに日米の大きな違いが見えてくる.ハリウッド映画の内容を思い出してみて欲しい.最後に,誰が死んだだろうか.若い世代に未来を託して,老いた世代が自らの死を選択していなかっただろうか.一方,日本はどうか.特攻隊では,戦後復興を担わなければならない若者を無駄死にさせ,より老齢の人達は死を避けた.口先だけだった.一事が万事,そうだとは言わないが,日本社会というのは若者を大切にしないという意味で特殊な国なのかもしれない.その背景には儒教などの影響もあるのかもしれないが...

そういう観点で自分の周りを見てみると,確かに,日本というのは若者を大切にせず,老人が跋扈する社会なのかもしれないなと思いあたるふしがある.権威主義的とも言えるだろう.

そんなことを考えているうちに,ふと,恩師の言葉を思い出した.以前メモした内容を再掲しておこう.

退官

ウェスティン都ホテル京都にて,停年退官されたボスの停年退官を祝う会が開催された.京都大学教授ともなると,定年退官後は,私立大学などの教授として再就職される方も多いようだ.ところが,うちのボスは,

組織をダメにするものは,若者の失敗ではなく,老人の跋扈である. (伊庭貞剛)

という言葉を引用して,研究・学会活動などからは一切身を引くと宣言し,実際にそうされている.あまりにも鮮やかな身の引き方だ.卒業生と話をしても,その鮮やかさには驚くものが多い.国益という観点から,それが良いかどうかという議論は脇に置くとして,そんな身の処し方もあるのだと感心させられる.一般に,自分自身も含めて大学の研究者というのは非常に功名心が旺盛なものだと思うのだが,うちのボスは世俗的な名誉に執着する様子もなかった.退官前,そんなボスが

省りみて 栄華の日々を 持たざりし 我が人生を 自画自賛する (岡本文弥)

という境地までは達することができないと言っていた.結局,受賞とか受勲とか,そんなものに意義を見い出すのではなく,人として如何に生きるべきかという問いに自分の人生をかけて自分なりの答えを出す,ということなのだろう.そんな思いは,

人を取り除けてなおあとに価値のあるものは,作品を取り除けてなおあとに価値のある人間によって創られるような気がする. (辻まこと)

を格言とするところに見て取れる.また,印象に残っている言葉として,

Ultimately, we’re all dead men. Sadly we can not choose how. But we can decide how we meet that end in order that we are remembered as men. (Proximo, "Gladiator")

を挙げられることからも察することができよう.

いま,私がこうして大学で教育や研究に携われているのは,偏にこのボスのおかげである.遊び呆けて頭の使い方すら忘れていた学生に,教授みずから,論文の読み方,レポートの書き方,論文の書き方,学会発表の仕方を教えて,学生を正気に返らせるだけにとどまらず,研究者への扉を開き,その論文すべてをチェックし,数多くの国際会議に参加させ,一流の研究者と出会う機会を与え,さらには海外留学までも経験させてもらった.

時々,このことを思い出しては憂鬱になる.今の私はボスの期待に応えられているだろうかと.

  2 Responses to “老人の跋扈:若者を大切にしない社会”

  1. はじめておじゃまします。
    イザのブログ経由で来ました。

    アメリカ映画の話、「なるほど!」と思いました。
    『インディペンデンス・デイ』は、アメリカ万歳!的ですけれど、好きな映画の一つです。
    『ディープ・インパクト』も、幼い妹(弟?)を託して、親が子供たちを優先的に逃がしてやってましたね。

    「儒教的」な思想というよりは、「生きる力の未熟な者を、大人の保護無しで放り出すのは可哀相だ」という感情論ではないのでしょうか?
    日本に特徴的な無理心中など、その象徴のような気がします。「可愛い子を残して死ねない」と口にはしますが、単に親の悪しきエゴだと、私は思います。

  2. rabbitfootさん,コメントありがとうございます.

    そういえば,「なぜ勉強するのか?」の中で鈴木光司氏は「ディープ・インパクト」も例に挙げておられたような気がします.書くのを忘れていましたが.

    私には無理心中というのがピンと来ないのですが,子供のことを想うなら,死んだらダメですよね.折角,生まれてきてくれたのだから.とは思います.

Leave a Reply to DreamChaser Cancel reply

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>