1月 282008
 

昨今の就職事情

12〜1月にかけては,会社説明のために大学を訪問して下さる卒業生や採用担当者が非常に多くなる.特に,ここ数年は,景気回復の効果もあり,一時期新卒採用をなくすという愚挙に出て,組織に歪みが生じているような企業も積極的に採用活動を行っているようだ.

企業の方々から,「この研究室の学生が欲しい」,「この専攻の卒業生が欲しい」と言ってもらえるのは誠にありがたいことだ.そう言っていただけるのも,企業で実績を積み上げてこられた方々がおられるからこそであり,そういう方々に感謝するばかりだ.

今でも学校推薦という制度があり,学生は,誰でも知っているような大企業に比較的容易に就職できる恵まれた環境にある.しかし最近は,学校推薦に頼らずに就職活動を行ったり,外資系を志望する学生が増えているように感じる.このような状況は,実は私が大学を卒業する頃,つまりバブルの頃にもあった.当時,少なくない学生が銀行や保険会社に職を求めたものだ.金融やコンサルティングなど非製造業を学生が指向する現在の傾向が,単なる景気循環によるものかどうかは不明だが,学生が自立してきたと受け取れば,好ましい傾向とも言えるだろう.

就職,働くことに対する意識を問う

私が所属する研究室には,毎年,非常に優秀な学生が来てくれている.京都大学だから優秀ということではなく,その中でも特にできる学生が当研究室への配属を希望してくれる傾向にある.これも,今の研究室を形作ってこられた数多くの卒業生やスタッフの力があればこそであり,その恵まれた環境に身を置かせていただけることに大変感謝している.少なくとも,この状況を維持できるように努めることは,私に課せられた最低限の責務だろう.

先に金融やコンサルティングなど非製造業への就職を希望する学生が増えていると指摘したが,当研究室の状況がまさにそうである.これまでも,数年に1人ぐらいはそういう学生はいたが,最近は,1学年に複数いたりする.生産技術力を高めるというような研究に取り組み,日本の産業界への貢献を謳う研究室の一員としては,これでいいのか?と自問自答することも多いが,学生自身の人生のことであり,過度な干渉をしようとは思わない.ただ,学生が就職先を検討する際の判断基準について,自分の想いを伝えておくぐらいのことはしないといけないだろう.

実際,個人差が非常に大きいものの,総じて,彼らの就職に対する,働くということに対する認識には,まだまだ改める余地があるのではないかと感じる.それでも,修士課程の学生ともなれば,そこそこ自分で考えるようになっている.一方,これから研究室に配属されるという3回生等を見ていると,その幼さに不安を感じつつ,それと同時に,自分がいかに呆けた学生だったかを思い出し,複雑な気持ちにさせられる.

正直なところ,日本の将来を担うべき人材であると信ずるが故に,彼らには,もっと高い次元で考えられるようになって欲しいと思う.そのためには,人生について,生き方について,もっと深く考える必要があるだろう.そして,生き方について考えるなら,働くということについても向かい合う必要がある.

ある卒業生からの連絡

昨年,研究室の卒業生から,転身したとの連絡を受けた.

何度かやりとりした際に,彼からもらったメッセージを転載させてもらおう.断片のみだが,この駄文を読んでくれている学生の参考になるだろう.

正直,こういう卒業生がいてくれることを嬉しく思う.

私は先生からD・カーネギーの「人を動かす」を紹介してもらい,(中略),政治の道に転身する決意を生みました.いわば今の私があるのは先生のおかげです.7講座で鍛えられたおかげで文章を書くのにもさほど困ったことはありませんし(笑).いつかこの恩返しはさせていただきたいと思います.

私は京大の学生が能力を持ちながら,他人のために活かせない状況が卒業生ながら痛ましく思います.

「キャリア」ではなく,志.他人のために自分の能力をいかに使うかが大事です.

自分の受けた恩を他人に広める活動をどんどんと行っていくことが私の使命です.

ある友人からの連絡

これも昨年になるが,卒業生ではなく,縁があって知り合った友人から連絡を受けた.

インターンシップについての彼からのメッセージを転載させてもらおう.断片のみだが,この駄文を読んでくれている学生の参考になるだろう.

彼は投資会社で働いているが,将来は日本の教育に貢献したいと常々言っている.読書家でもあり,最近は古典にはまっているそうだ.

「流行のキャリア観」(自分の市場価値だとか,「スキル」だとか)に惑わされている部分が見えます.外資受けするでしょうから,「いい会社」には合格すると思いますが.ここで言う「いい会社」とは,給料が高いとか,ブランドがあるとかです.最近の学生さんに多いタイプです.別に悪くはないのですが...

働いて何を得ようとするのか?

「高い給料」というのは,わかりやすい回答だ.格差社会とか,勝ち組,負け組という言葉が流行る世相において,自分の能力を高額な報酬に換金するのも悪くないだろう.しかし,働いて得ようとするものが「高い給料」だけだとしたら,悲しくないか.もし宝くじか何かで大金を手にできたとしたら,働くことは無意味ということになるのだろうか.

流行の「キャリア」も大差ない.実際,キャリアという言葉が高く売れる能力を身に付けるという以上の意味で使われるのを聞いたことがない.面白いことに,先に紹介した二人とも,私とのやりとりの中で「キャリア」という言葉を使っている.

高い給料でもキャリアでもないとするなら,働いて得ようとするものは一体何なのか?

もちろん,様々な答えがあっていい.

私の場合,働いて得ようとするものは,「高い給料」でも「キャリア」でもない.そういうものが手に入れたいなら,そもそも大学になんて残ってはいけない.「社会的地位」は確かに手に入る.しかし,それは,「○○大学の先生」という肩書きに対して与えられているものであって,個人としての人間の価値には何の関係もない.

私は,より良い社会を作り出していくためにも教育は不可欠であり,教育は社会の根幹をなすと考えている.それほど重要な教育に携われるというのが大学教員の魅力の一つだ.教育という点だけなら,なにも大学である必要はない.しかし,自分の頭で考えて,新しいものを生み出すという作業が楽しく感じるので,研究も魅力的に感じる.また,研究成果を社会に還元するという方法で,教育とは異なる社会貢献もできる.教育と研究の二兎を追うものにとっては,大学というのは,なかなか素晴らしいところだ.まあ,実態は,本当に為すべき教育と研究以外に労力の半分以上を割いているような気はするが...

ともかく,私にとっては,教育こそが,1)自分の能力を活かす,2)社会に貢献する,3)使命感を持って取り組む,という条件を満たすことができる仕事なのだ.そういう意味では,教職が天職だと思っている.だからこそ,この道に進むように導いてくれた様々な「縁」に感謝している.とりわけ,両親とかつてのボスの影響は大きい.

働くことについて改めて考えてみる

働くことについて考えるには,生き方について考えることを避けられない.当然,簡単に答えが見付かるわけでもない.それだからこそ,就職活動が本格化するより以前に,できれば暇な大学生の早い段階で,考えるようにして欲しいと思う.ここでは,働くことについて考える際に参考になる本を2冊だけ紹介しておこう.

まずは,P. F. ドラッカーの「プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ,成長するか」(ダイヤモンド社,2000)を挙げたい.本書は,組織で働く知識労働者として成果をあげ,成長するための考え方を説いており,成果を上げるためにすべきこと,自分の強みを発揮するためにすべきこと,時間を管理するためにすべきこと,などが具体的に記されている.研究室の課題図書でもあり,学生には読むように勧めている.

次に,北尾吉孝氏の「何のために働くのか」(致知出版社,2007)を挙げておこう.著者はSBIホールディングス代表取締役CEOであり,投資銀行やコンサルティングファームを志望する学生が増えている状況下で,彼らにも薦めやすい本だと言えよう.平易に書かれており,本書を通して,人間として成長するために仕事に打ち込むのだという考え方に触れると良いのではないかと思う.本書に接して,中国古典に興味を持つというのも良いだろう.

育児・子育てにも反映させたい

今回の駄文は,主に就職活動をしている学生を念頭に置いて,働くことについて改めて考えてみて欲しいという想いで書いた.

しかし,本来は,働くことを通して人間として成長するのだということを,幼い頃から学んでおくべきだと思う.育児や子育てというと,受験テクニックを代表に,成績を上げることに関する書籍があまりに幅を利かせている.そういうものを土台に育てられても,小人(しょうじん)にしかならないのではないか.

このあたりのことについては,もっとよく考えて,自分なりに整理していきたい.

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