3月 042008
 

なぜ理系は馬鹿にされるのか?

それは,教養がないから.哲学も,歴史も,文学も,何も知らないから.

本日,日本学術振興会産学連携委員会の研究会があり,その後に催した懇親会にて,そういう話が出た.文系の学生がそれほど勉強しているようには見えないが,少なくとも,理系の学生が,哲学,歴史,文学などを真剣に勉強していないのは確かだろう.かつて日本でも行われていた大学における教養教育を崩壊させて以来,日本の大学では,低学年から専門科目を教え込むことに注力し,教養教育などというものは無視されている.まるで,時間の無駄とでも言わんばかりだ.

教養を身に付ける取り組み

それが,理系が馬鹿にされる理由かどうかは別として,それではダメだと私は思う.そこで,少なくとも私の影響力が及ぶ範囲においては,学生に多少なりとも教養を身に付けて大学を卒業してもらおうと,試行錯誤を重ねている.

まず,一回生に対して,ガツンと意識改革の必要性を訴える.その内容は,「新入生へのメッセージ:すべては自分の未来のために」や「新入生にドラッカーの言葉を贈る」で紹介している.このような私のメッセージを受け取る学生は毎年約120名になる.どれほどの学生が覚醒しているかは不明だが,少なくとも数名は衝撃を受けて,自分なりに考えてくれるようだ.

三回生や四回生に対しても,同様のメッセージを伝えている.この私の行為は,学生には好意的に受け止めてもらっているようだ.そのことは,私が所属する研究室を志望してくれる学生が多いことからも推察される.

研究室に配属された学生に対しては,さらに,課題図書を指定して,「本を読め!」と半ば読書を強制している.私の独断で,学生が興味を持ちそうな本を研究室の本棚に並べることからはじめ,継続的に課題図書を増やしている.最初は,ドラッカーやカーネギーから入り,今年は論語など中国古典(四書五経)と共に,日本人であることの自覚を持つために,新渡戸稲造の武士道や吉田松陰の留魂録などを追加するつもりでいる.

やはり読書は必要

読書については,成毛氏の「本は10冊同時に読め!―生き方に差がつく「超並列」読書術 本を読まない人はサルである!」の読書メモとして,自分の意見も記した.まあ,私なんかの意見に耳を傾ける暇があったら,ショウペンハウエルの「読書について」でも読んだ方がためになるとは思うが...

凄まじい読書家と言えば,吉田松陰もそうである.彼の野山獄読書記によると,下獄した1854年(安政元年)10月24日から年末までに106冊,さらに翌年12月15日に出獄するまでに総数554冊を読破している.出獄後も読書を続け,安政3年には505冊,安政4年には385冊を読み,さらにこの三年間だけで45篇もの著述を完成させた.ちなみに,吉田松陰が野山獄に収監されたのは,ペリー艦隊が二度目に日本に姿を現した際に,下田沖に停泊する米艦にて密出国しようと企て,それが失敗したためである.

それからわずか数年後,松下村塾の門下生にあてた遺書「留魂録」を残して,吉田松陰は処刑され,三十歳の人生を終える.

それと比べれば,「読書してます」なんて恥ずかしくて口に出せない...