3月 082008
 

武士道
新渡戸稲造,教文館,2000

武士道の邦訳本である.最初に,戦前戦後を含めて出版された7つの邦訳本について,それぞれの特徴と問題点を指摘しており,本書の方針が明示されている.ここを読めば,本書を読むべきか,他書をあたるべきか判断できるだろう.一部を除外することなく,原著”BUSHIDO: The Soul of Japan”のすべてを邦訳しているという点で,本書が推奨される.また,全体を通して,膨大な数の脚注が付されている.実際に武士道を読めば分かるが,これを本当に読める人は,相当なインテリである.字面を追う程度なら凡人でもできるだろうが,とても読めはしない.そういう意味で,この脚注は貴重である.

新渡戸稲造は,日本人特有の高い精神性,日本の道徳思想の源流を武士道に求めた.原著”BUSHIDO: The Soul of Japan”は,日本の道徳思想を正しく外国人に伝えるために書かれた.外国人読者が理解しやすいようにとの配慮から,本書には膨大な引用がなされている.その範囲は,聖書を筆頭に,古代ギリシヤ,古代ローマ,ドイツ,フランス,イギリス,アメリカ,中国等々の哲学者,思想家,歴史家,詩人等々,実に多岐に渡っている.そのような本だからこそ,世界の心ある人々に強く訴えかけることができたのだろう.原著を読んだ西欧人が衝撃を受けたことは容易に想像できるのであり,ルーズベルト大統領が友人に何冊も配ったという逸話にも合点がいく.

新渡戸稲造は,時代の流れの中で,自身が賞賛する武士道が,日本人の道徳心の根幹をなす武士道が消えつつあると嘆いている.だが,たとえ武士道の外形はなくなろうとも,その影響は日本人の中に生き続けるであろうとも書いている.新渡戸の生きた時代から,さらに時は経過した.いまや,外国人に畏敬の念すら抱かせた日本人の気高い精神性というようなものは見られなくなってしまったのではないだろうか.

国政の場でも道徳教育について議論がなされているが,日本人は自分達の足下を見つめ直す必要がある.

3月 082008
 

特別講演

3月5-7日に京都大学吉田キャンパスにて,計測自動制御学会(SICE)の制御部門大会が開催された.今回の特別講演では,「ロボットと未来社会」という題目で,ロボット研究で国際的に有名な東京工業大学の広瀬教授の講演を聴いた.

難しい理論の話は全くなく,ビデオやCG(コンピュータグラフィックス)を用いて,これまでに開発した,または現在開発中のロボット達が紹介された.蛇型のレスキューロボットなどだが,今時の蛇型ロボットは水陸両用になっているんだと感心した.こういうのを見せられると,「そりゃ,ロボットの研究をしたいという学生が多いのも頷けるな」と思う.実際に楽しそうだ.まさに物作りの楽しみが,そこにはあるように感じる.

ロボットのいる未来社会

だが,今回の講演では,私の興味はそんなところにはなかった.第一線で活躍するロボット研究の権威が,どのような未来社会を描いているのかに興味津々だったのだ.この点についての講演内容は実に興味深く,流石によく考えて研究されているのだなと感じた.

例えば,ある映画に,アンドロイド(人型ロボット)が運転手を務めるタクシーが登場する.「これはおかしい」と,広瀬教授は指摘する.何がおかしいのかと言えば,タクシーの運転をこなせるアンドロイドが誕生するほど技術が進歩しているなら,自動車自体がそのような能力を持つようになっているはずであり,アンドロイドが運転をする必要は全くなく,自動車が自動運転してくれるだろうということだ.つまり,ロボット技術だけが進化し,その他の技術はまるで進化しないという,極めて奇妙な考え方が世の中に蔓延しており,それはおかしいというわけだ.

ロボット技術開発は世界中で行われているが,アンドロイドの研究が盛んであることが日本の特徴なのだそうだ.広瀬教授は,このトレンドに違和感を唱える.あちこちの受付嬢がアンドロイドになったとしよう.それは我々にとって幸せなことだろうか.受付嬢に適した人達はその職を失い,訪問者は人との遣り取りができなくなる.一体,そんな社会の実現を目指す価値があるのだろうか.

現在,ロボット研究には莫大な予算が投下されている.予算をつけるためには,それなりの説明が必要なわけで,ロボット技術が発展すれば,こんな明るい未来が訪れますということを,研究者も役人も主張しないといけない.役人が書いたものだと紹介された資料の中に,いくつかのショートストーリーが描かれていた.ロボットのいる未来社会の一コマだ.

例えば,ゴルフなどのスポーツのインストラクターをロボットが担うというものがある.「これはおかしい」と,広瀬教授は指摘する.スポーツが得意で,インストラクターになりたいと思う人間がその職に就くべきであって,それをロボットが奪うのはおかしいと.

広瀬教授は,ロボットの役割はいわゆる3K(きつい,きたない,きけん)の仕事を人間に代わって行うことだと主張される.全くその通りだと思う.

また,こんな例も紹介された.仕事で忙しくしている母親が,自宅のロボットを通して子供の状況を確認し,ロボットに必要な作業を命じる.挿絵では,子供の手が届かない引き出しを開けて,何かを取り出している.「これはおかしい」と,廣瀬教授は指摘する.それほど科学技術が進歩した社会であるなら,生産性は著しく向上しているはずであるから,母親が子供と一緒にいられるような社会の実現を目指すべきで,働くのに忙しい母親を助けるロボットの開発が大事なのではないと.

資本主義の問題

実は,この例については,インストラクターの話ほど問題は簡単ではない.というのも,生産性の向上が生み出す経済的利益は,一部の資本家の個人的利益として搾取されてしまうからだ.少なくとも,現在の資本主義の世の中ではそうならざるをえない.つまり,生産性が向上しても,多くの母親はますます忙しく働くしかないわけだ.それが資本主義の帰結であり,逃れようがない.

そのような資本主義に基づく社会システムに持続的発展の可能性はないとして,「プラウト(Progressive Utilization Theory)」という新たな社会システム論が唱えられている.これはインドのサーカー氏が提唱した理論で,「社会循環の法則」に基づき,近く「富裕者の時代」は終焉を迎え,新しい社会が生まれるだろうとする.そこでは,東洋的な思想が重要な役割を果たすともされる.

日本でも,昨今のような拝金主義が横行する以前は,もっと美しい社会が成り立っていた.新渡戸稲造はその著「武士道」において,士農工商として商業が職業分類の最下層におかれ,武士から遠ざけられたことによって,日本の公人は腐敗から免れ,武士道は金銭に絡む多数の害悪から免れることができたと述べている.権力と富の分離の必要性を説くにあたり,新渡戸は,貴族を商業取引から閉め出すことは,富が権力者の手中に蓄積されないようにする点で,賞賛すべき社会政策であるとしたモンテスキューの言葉を引用している.また,ローマ帝国衰亡の一因も,貴族が商業に従事するのを許し,元老院家系に富と権力が独占されたためという説も示している.

ラビ・バトラ氏が予言するように,プラウト理論によれば,近く「富裕者の時代」は終わり,「武人の時代」が始まる(ラビ・バトラ,「1995→2010世界大恐慌―資本主義は爆発的に崩壊する」,総合法令,1994).また,村山氏の文明に関する800年周期説によれば,13〜20世紀はルネッサンスから現代に至るヨーロッパ文明の時代,5〜12世紀はアジア極東文明の時代,前4〜4世紀はギリシヤ文明・ローマ帝国文明の時代というように,人類の文明は800年周期で浮き沈みを繰り返すバイオリズムを持っており,21世紀はちょうど次のサイクルに突入する激変の世紀となり,東西文明の興亡が交代するとされる(日月神示 ミロクの世の到来,中矢伸一,徳間書店,2007).

いずれにせよ,末期症状を呈する資本主義の次を見据えるべき時代に我々は生きている.

サンダーバード国家

話を戻そう.広瀬教授は,日本の未来像として,「サンダーバード国家を目指そう!」という提言をされている.サンダーバードとは,あの人形劇のサンダーバードだ.世界中の被災地へ,必要とされる技術を持つ人材とレスキューロボットを,世界中のどの国よりも速く現地へ送り込む,そんな国家だ.

ロボット研究の最前線で活躍されている研究者は,こういう理想を語るわけだ.制御部門大会に参加する大御所は,どのような理想を若者に語るだろうか.