3月 102008
 

このブログ(および前身の独り言)をはじめ,あちこちで書いているが,研究者や技術者を育てるという観点で,大学教員としての私がなすべきことは,学生に下記のような力を身に着けてもらうことだと考えている.

  • 論理的に考える力
  • 論理的な文章を正しい日本語で書く力
  • 魅力的なプレゼンテーションを行う力
  • 英語力,および世界を意識できる力

2004年頃までは,こればかりを考え,それなりの努力をし,それなりの成果もあったと思う.卒業生の話を聞く限り,文章を書く,プレゼンをする,という点で同僚を圧倒するという話は聞いても,同僚に圧倒されるという話は聞かない.

ところが,2005年以降,自分の行動が大きく変化してきている.もちろん,研究者や技術者として,上記4項目の重要性は全く変わらない.しかし,重要なのはそれらだけではないという考えを,行動に反映させるようになった.具体的には,ドラッカーやカーネギーを読めよということから始まり,徐々に,人間として錬成することの重要性に気付くようにという方向に進んでいる.

新渡戸稲造は「武士道」の中でこう書いている.

知能ではなく品格が,頭ではなく魂が,骨折って発達させる素材として,教師によって選ばれるとき,教師の職業は聖なる性格をおびる.

「聖なる」ところまで到達できれば望外の喜びであるが,やはり,目指すべきはその方向だと感じる.そもそも,京大生なんて頭がいいのは当然で,放っておいても知識を獲得するくらいのことはできる.日本の未来を担う彼らであればこそ,知能ではなく品格が,頭ではなく魂が,大切になると思う.

実際,そういう人達が政治家や官僚になるなら,日本はもっとまともな道を歩めると思う.