7月 262008
 

本日の京都新聞の一面に,「京大理学研究科 博士課程院生に月5万円」という記事を見掛けた.年間60万円というのは授業料に相当し,事実上の授業料免除の制度化になる.財源はグローバルCOEで獲得した資金のようだ.

東京大学の小宮山学長が博士課程の授業料免除を発表して以来,東京大学に優秀な学生を奪われるという危機感からか,首都圏の有力大学を中心に授業料免除に相当する奨学金制度などが発表された.だが,実際には,財政面の裏付けがないという問題を抱えていたりするようだ.グローバルCOEにしても,恒久的財源ではないので,その後が問題となる.

大学に身を置き,その実態に日常的に触れている私としては,授業料免除なんて当然で,入学金と授業料免除に加えて,奨学金を出すべきだと思っている.研究科によって事情は全く異なるだろうから,一般論として話すつもりはない.例えば,工学研究科であれば,博士課程の学生がいれば,その学生は研究室の主力メンバーとして研究成果を出していると考えられる.もちろん教員による研究指導はなされるが,頭と体を使って研究成果を出すのに貢献していることには変わりない.それだけの仕事をしている修士課程修了者に対して,それなりの対価を支払うのは当然と考える.

分野にもよるが,修士課程に進学する学生は多数いても,博士課程に進学する学生は少ないことが多い.定員割れが普通だ.このため,いかに博士課程進学者を増やすかが課題となっている.対策として,とりあえず思い付くのは,下記のようなことだ.

  • 奨学金制度を設ける.とりあえず,入学金と授業料の免除が最低ライン.まずは,これに加えて,年間100万円程度の支援から.この程度の資金なら準備できる教員は多いはず.一律に支給する必要もなく,それこそ成果報酬でも構わないだろう.
  • 博士の安売りをやめる.論文博士(博士課程に在学しなくても論文だけ出せば博士の学位が授与される制度)はなくなりつつあるが,社会人ドクターと呼ばれる社会人向けの博士課程の制度利用者が増えている.社会人ドクターは企業から給料をもらいながら学位を取得するが,通常の博士課程学生は給料をもらえないどころか,入学金と授業料を支払わなければならない.しかも,社会人ドクターはほとんど大学に来なくても構わない.社会人ドクターを増やしながら,通常の博士課程学生も増やそうとするのは,控えめに言って疑問だ.さらに,博士号取得までの期間短縮を推し進める傾向があるようだが,取りやすい資格には価値がないということを認識する必要がある.
  • 企業における博士取得者の処遇改善を求める.もちろん,まともな博士学位取得者がいないという企業側の意見もあるだろう.そんな役立たずを排出してきた大学側は自業自得なわけで,若い世代がその尻拭いをしていかなければならない.それにしても,大学院で3年程度研究活動をしてきた博士取得者が修士卒程度にしか扱われないようでは困る.

まあ,誰でも思い付くようなことを書き連ねてみたが,本音は以下の通りだ.

博士課程に進学するしないという年齢であれば,もう十分に自分で価値判断できなければならない.博士課程と一言で言っても,研究水準は研究室ごとに当然異なるし,経済面を含む処遇も異なる.教員の指導能力はもちろん,その人間性も千差万別だ.自分の生き方を基準に,価値があるなら進学すればよいし,価値がないなら進学しなければよい.

もちろん,私は私ができる範囲内でかつ相応しいと考える程度の援助はする.大学としての制度の有無とは関係なく.

天然資源もエネルギーもなく,食糧自給率が異常に低い上に,人口が減少していく日本が,本気で科学技術立国を目指すなら,人材育成にはもっと注意を払うべきだとは思う.