9月 262008
 

脳トレ

Nintendo DSの「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」を監修したことで有名な川島隆太教授の講演を聞く機会があった.東北大学で開催された化学工学会秋季大会の特別講演でのことだ.川島教授は東北大学加齢医学研究所に所属され,脳の基礎研究および研究成果の社会還元に取り組んでおられる.

Nintendo DSの脳トレは世界で2000万本以上を売り上げている怪物ソフトだ.ソフト1本あたり140円が大学の収入になるということなので,東北大学にとっても物凄いインパクトがある.脳トレと他のゲームの違いは,利用中の脳の働きにある.普通のゲームを続けていると,脳はリラックス状態になる.これはゲームのジャンルに関係ない.のほほんとしたゲームはもちろん,激しいシューティング系のゲームでも,しばらく続けていると,脳はリラックス状態になる.指は激しく動いていても,脳は休んでいるわけだ.ところが,脳トレを行うと,脳が活性化する.脳の様々な場所が活発に働く.

脳科学から見た人間の本質

これは人間にとって非常に重要な意味を持つ.人間と他の動物を隔てているのは脳の前頭前野とされる.パスカルは「人間は考える葦である」と言ったが,脳科学的には,人間とは前頭前野が発達している動物である.前頭前野は人間らしい様々な活動を司っているが,残念なことに,その働きは加齢と共に低下する(20歳から直線的に下がる)ことが知られている.しかし,低下の仕方(直線の傾き)は様々で,変化させることもできる.このため,長い人生の中で,前頭前野の働きをどれだけ維持するかが重要である.

脳のスマートエイジング

脳細胞の数が年齢と共に減少することは周知の事実であるが,脳の働きは脳細胞の数で決まるわけではない.他の脳細胞と繋がっていない脳細胞は脳の働きに貢献しない.重要なのは,脳細胞の結合が強化されていることであり,結合を強化するためには,脳への刺激を繰り返すことが有効である.

ここで我々一般人が知りたいのは,どのような刺激を繰り返すのが効果的かという点であろう.実は,この疑問には既に回答が用意されていて,「音読」と「単純計算」が極めて有効であることが実証されている.面白いことに,音読と単純計算は単に脳(前頭前野)を活性化するだけでなく,何回繰り返しても脳を活性化し,その効果がなくならない.普通のゲームを続けると,脳がリラックス状態になるのとは対照的である.

まとめると,いつまでも活発な脳を維持したい,より深刻に言えば認知症を予防したいのであれば,毎日「音読」と「単純計算」を繰り返しなさいというのが答えであり,そのノウハウを詰め込んだゲームソフトが脳トレだ.

実際,学校で授業開始前に脳トレを少し実施すると,脳が活性化し,生徒の学習能力が向上するそうだ.これを聞いて思うのは,基礎学力を鍛える具体的な手段として有名になった「百ます計算」は,実は基礎学力を鍛えるだけでなく,授業開始時に脳を活性化させるという観点からも大きな効果があったに違いないということだ.今更ながら,考案者および実践者の先見の明に感嘆するばかりだ.

学習療法

今回の講演では,研究成果を社会に還元する活動として実施されている学習療法についての話があった.開発された教材を用いることにより,重度のアルツハイマー型認知症が治り,日常生活に全く支障がないレベルにまで回復したという事例が多数報告されているという.これは凄い成果であり,その成果に驚かされるのだが,さらに驚くべきことは,政治家も官僚も,この学習治療の普及に全く協力しようとしないことである.理由は単純で,安い教材を利用するだけの治療方法であるため,お金がかからない(搾取できない)からだ.日本の行政・立法の低俗ぶりには呆れる他ない.そのような状況のため,草の根活動に力を入れられているとのことだ.

ゲーム脳

講演後,随分昔に世間を騒がせた「ゲーム脳」について,一体あれは何だったのかと質問した.答えは「全くの嘘」というものだ.ゲーム脳は,マイナスイオン効果と並んでニセ科学の代表例とされているが,脳科学の権威に全くの嘘と断定していただき,スッキリした.

昨今,少子化の影響もあってか,知育がもてはやされているが,怪しげな知育玩具を子供に与えるぐらいなら,「音読」と「単純計算」を繰り返させるのが無難だろう.育児であれば,絵本の読み聞かせが良いはずだ.大人であれば,Nintendo DSの脳トレでも買うか.