10月 282008
 

今年4月に「ミッキーに会いにディズニーワールドへ行こう!」と題して,長男が小学校に上がる前に,家族でフロリダに行く計画だと書いた.

荒っぽく旅行計画を考えると,ディズニーワールド(Walt Disney World)に3日,ケネディスペースセンター(John F. Kennedy Space Center)に1日,キーウェストへのドライブに2日で,全10日間あればOKといったところか.

ところが,ここ数日で,計画が根本的に見直されそうな雰囲気になってきた.肝心の長男5歳が,「ディズニーワールドに行きたくない!」と言い出したのだ.「どうして?」と理由を尋ねてみると,主に2つの理由があることが判明した.

  1. 「英語なんて嫌い!」
  2. 「長いこと車(と飛行機)に乗るのは嫌だ!」

別に勉強しているわけでもないのに,英語が嫌いになる理由が不明だが,とにかく嫌いらしい.長女3歳が,「プーさんも英語でしゃべるの?」,「ミッキーさんも?」,「フィー,フォー,ファイ!!」と叫んでいるのとは対照的だ.ちなみに,この「フィー,フォー,ファイ!!」の意味は全く不明なのだが,長女3歳によると英語なのだそうだ.

ともかく,子供の希望で,はるばるオーランドまで旅行しようとしているわけだから,本人が行きたくないなら,行く必要はなくなる.長時間ドライブが嫌なら,キーウェストに行くのも大変だろう.実際,子供が5時間以上もドライブしていて楽しいとは思えない.セブンマイルブリッジなんて,どうでもよいことだろう.

というわけで,現在,旅行計画を見直しているところだ.来年の夏から冬に行くとして,候補は

  • スイス(山岳リゾート)+パリ
  • ヴェネツィア+パリ
  • 北欧(オーロラを見たいが子供には無理だろう)
  • カナダ(ナイアガラ+カナディアンロッキー)

など.最有力候補はカナダだ.

彼女と一緒に,シャトー・レイク・ルイーズとジャスパー・パーク・ロッジに連泊するという,なかなかゴージャスな旅行をしたことがあるのだが,11月で既にレイク・ルイーズは氷っていたため,あの綺麗なエメラルドグリーンの湖面を楽しむことはできなかった.その旅行とは別に,私はバンフで開催された国際会議に参加した際に,夏のレイク・ルイーズを訪れたことがある.さらに,ナイアガラ瀑布も,私は行ったことがあるが,彼女はない.それで,彼女としては,カナダに興味津々なわけだ.加えて,カルガリー周辺なら,バッドランドという恐竜の化石の宝庫がある.ティラノサウルス,ステゴサウルス,トリケラトプスなど本物の化石を見られるなら,長男も大喜びだろう.

旅行の概要としては,トロントに宿泊して,ナイアガラ観光&シルクドソレイユ鑑賞,カルガリーに移動して,恐竜で有名なロイヤル・ティレル博物館見学,バンフやレイクルイーズあたりに宿泊して,エメラルド湖,オハラ湖,モレイン湖周辺でハイキング,ラフティング,フィッシング,ボート&コロンビア大氷原訪問といったところになるだろうか.やはり10日間ぐらいかな.

もしカナダに行くなら,夏しかない.既に1年を切っている.急いで手配する必要がありそうだ.

10月 262008
 

研究室卒業生の結婚式と披露パーティに招待してもらった.ひとの幸せに満ちあふれた姿を見るのは嬉しいものだ.新郎は修士課程修了後,外資系企業に就職したので,披露宴の主賓である上司からの挨拶は英語だった.こういう披露宴は初体験だ.その上司も日本で結婚式に招かれるのは2回目とのことだったので,日本の風習には色々と戸惑うような感じだった.ちなみに,新婦も外資系企業で働いているとのこと.

最後に,新郎と新婦の門出を祝して,一言だけ伝えた.「幸せは相手に求めるものじゃない,自分が与えるものだ」と.幸せに.

10月 262008
 

彼女の誕生日にケーキを食べた.美味しいと評判のケーキ屋さんが閉まっていたため,別のケーキ屋さんで,彼女と子供達がケーキを選んでくれた.彼女と私はモンブラン(マロンケーキ)を食べたのだが,その底が固い砂糖菓子のようなもの(名前を忘れた)で,途方もなく甘かった.数あるケーキの中でも,モンブランは大好きなのだが,この甘さにはダメージを受けた.ケーキを食べたあと,しばらく立ち直れず...

激甘モンブラン(マロンケーキ)@誕生日
激甘モンブラン(マロンケーキ)@誕生日

長男5歳は様々なフルーツが盛られたケーキ,長女3歳はイチゴのショートケーキで,共に大満足の様子だった

10月 232008
 

聖なるヴィジョン
ジェームズ・レッドフィールド,角川書店,2001

本書では,「偶然の一致」や「神秘的な体験」の意義や重要性が強調されている.偶然の一致は共時性などとも呼ばれ,必要なものや情報が必要なときに偶然手に入る,誰かのことを考えているとその人に偶然出会う,何かを成し遂げようとするときに必要な支援が偶然得られるなどの出来事を意味している.経験したことがある人も多いだろう.

ここで認識すべきことは,偶然の一致と思われているこれらの出来事は,決して偶然起こったわけではないということだ.自分の思考が空間に伝播し,宇宙に影響を与え,必要なものを引き寄せたというのが真相である.「原因と結果の法則」,「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」,「ザ・シークレット」,「宇宙を味方にしてお金に愛される法則」,そして聖書など,幾多もの書物に書かれている通りというわけだ.

これが真理だとすると,我々は「何を考えるか」について細心の注意を払って生きる必要がある.まさに「思考は現実化する」の通り,考えたことが現実となるからだ.否定的な,破壊的な,不安や絶望から来る思考ではなく,肯定的な,建設的な,希望や慈愛から来る思考で常に自分を満たしておく方が良い.著者は以下のような著者自身の経験を挙げている.

出版のチャンスがまったく与えられないことを,失敗であり,良くない出来事だと思い込んでいた.この思い込みが,それまでは私を導いてくれた偶然の一致を起こらなくさせていたのだった.それに気付いたとたん,私は気を引き締め,原稿にさらに手を入れて,この真理を強調することにした.(中略)二,三日すると,友人の一人が,最近ニューヨークからこの近所に引っ越して来た人物のことを話してくれた.

我々の思考がいかに強力であるかは様々な実験によって確認されている.例えば,ランドル・バード博士は,心臓病患者を2つのグループに分け,一方はボランティアから快癒の祈りを送ってもらい,一方は祈りを受けないという実験を行ったところ,祈りを受けたグループは,受けなかったグループに対して,抗生物質は20%で済み,人工呼吸器を必要としないなど病状も非常に良かったという結果を得た.さらに,祈る相手を個人的に知っている必要があること,思いが神や高次の自己とつながった感覚から来ている場合に最も効果があること,祈りが長期間に及ぶほど効果があることも示されている.

祈りのような意識的なものだけでなく,無意識の思い込みも現実に影響を与える.オーク学校で行われた実験では,無作為に選ばれた子供達の名簿が,テストで選ばれた優秀な子供達の名簿であるとして教師に渡された.その学年の終了時に,その子供達は実際に成績が良く,IQテストの結果も著しく向上した.

意識的あるいは無意識な思いの影響については,肯定的な方向だけでなく,否定的な方向にも働くことに注意しなければならない.思いによって,我々は他人を害することも,自分自身を害することもできる.

私達が無意識の思いで自分自身の現実に否定的な影響を与えることも事実である.自分の能力,外見,将来性について否定的に考えていると,その思いは私達の感じ方や実際に身に起こる出来事に,大きな影響を与えるのだ.

最も心にとめておかなければならないことは,他人に対する私達の態度や思いが,いかに大切かということである.自分も他人も肯定的にとらえ,常に意識を高め合っていれば,思いもかけぬ出来事がひもとかれてゆくのだ.

私達がすべきことは,こうしたことすべてを毎日の生活に取り込み,毎日の生き方に生かしてゆくことである.私達は知性を持ち,反応し,エネルギーが躍動する宇宙に住んでいる.そして,そこでは他の人々の期待や思いが外へと放射して,私達に影響を与えているのだ.

自分の思いや考えが現実世界に影響を与えるとすれば,感情のおもむくままに,不安や怒りにまかせて何かを思ったり考えたりすることは非常に危険である.反対に,自分の意識を自分の夢に集中し,夢が実現する様子を心に描くことができれば,それが現実になるということだ.もちろん,その夢や思考が社会や人類に害を為すものであってはならない.そのような場合には,西洋風に言えば「原因と結果の法則」,東洋思想的に言えば「カルマの法則」によって,自分に害が跳ね返ってくるだろう.

自分の思いや考えが現実世界に影響を与える.夢は現実になる.これが,「原因と結果の法則」,「引き寄せの法則」,「ザ・シークレット」など様々な呼び方をされている宇宙の法則であり,より良い人生を送るために我々が知っておくべき事柄である.

そして,自分の思いや考えが現実世界に影響を与えるのは,我々がエネルギーのみからなる世界に存在しており,我々の思考は特定の波長を持ったエネルギーであり,同じ波長のエネルギーは共鳴するためである.「引き寄せの法則 エイブラハムとの対話」や「ハトホルの書―アセンションした文明からのメッセージ」に書かれている通りである.我々は物質世界に生きているが,アインシュタイン博士がE=mc2という公式を発見した通り,物質はエネルギーの一形態である.

この法則に納得するのであれば,我々は日々の人間関係を根本的に見直す必要に迫られるだろう.自分自身に対して肯定的なイメージを持ち続けているか.不安や恐怖を抱いていないか.それらは現実化する.家族に対して,彼らに勇気や希望を与えるような肯定的なイメージを持ち続けているか.欠点ばかりを指摘し,不平や不満で自分の心を満たしてしまっていないか.それらは現実化する.学校で,職場で,その他あらゆる場所で,あらゆる人に,肯定的なイメージを持ち続けているか.各人が持つ素晴らしい能力を信じているか.誰かに害を為すような思いを心に抱いていないか.それらは現実化する.そして,良いことも悪いことも,すべては自分自身に跳ね返ってくる.

特に,親が子供に接する際の思考や態度は決定的に重要である.自分の子供は,とても良い子であり,優れた能力に恵まれ,考え得るすべての長所を持っていると信じているか.欠点ばかりに意識を合わせていないか.それらは現実化する.

大切なことは,物事の基本にあるエネルギーの動きを忘れないことだ.子供が規則を無視したり,不注意に飛び出したりする時は,彼らを止め,しかりながら,同時に子供の顔の中の天才の部分に焦点をあてて,彼らの意識を高めてやればいいのである.私達が望んでいるのは,お前のやったことは良くないが,お前はよい子だ,というメッセージを伝えることなのである.

ここで言えることは,子供の将来について直観的に何か感じたとしても,すぐに結論を出したり,自己満足的な予言をしたりしてはいけないということなのだ.そんなことをすれば,未来に対する子供の責任を奪い去ることになってしまう.子供の未来は親の直観よりも常に幅が広く,共時的なものなのだ.私達にできることは,自分の気持ちをやさしく話し,子供達が何をしているか確かめたい気持ちや,彼らが行きづまると手助けしたくなる気持ちを抑えることだけである.子供達が自分の責任で犯した間違いは,多くの場合,彼らの人生にとって,とても重要な学びを与えてくれるものなのである.

悪いのは,自分の尊厳や社会的地位の決定要因として,子供を利用する親である.リトルリーグや子供美人コンテストに夢中になっている親がその良い例である.一番大切なことは,親が古いものにとらわれず,自分自身の真実を発見し続けてゆくことなのである.子供が私達のもとに生まれたのは,私達の人生を観察するためであり,そうすることによって,親の成長から学び,自らを成長させてゆくためなのである.

子供に対しては,大切なことはエネルギーを与え,過剰な介入を避けて正直に導き,私達が本当は何者なのかを学ばせることである.そうすれば,子供からはその対価として,豊かな共時性が私達に送り返されるであろう.愛とエネルギーを相手に注げば注ぐほど,共時的なメッセージがすぐにやって来るようになり,私達の人生はより創造力に満ち,実り豊かで胸の躍るものになる.

本書は,人間の霊性に焦点を合わせて書かれており,輪廻転生や臨死体験などについても触れている.もちろん,神という存在も頻繁に登場する.こういうものに拒絶反応を示す,あるいは嫌悪感を抱く人もいるだろう.正直,それでも構わないと思う.

ただ,本書に書かれていること,いや,様々な人々が様々な形で主張している本質的には同じことを,自分の生活に取り入れることに何かデメリットはあるだろうか.自分自身の夢に焦点を合わせ,それが実現できると信じ,不安や恐怖感に惑わされず,自分も含めて誰もが大切な使命を持ってこの世界に生まれてきたと考え,家族や友人,その他自分と関わる人すべてに肯定的なイメージを持ち,彼らの幸福を願い,そのような自分の思いが現実化することを信じ,偶然の一致を活かすことを意識して日々の生活を送るようにしてみたとしよう.それで,何か失うものがあるだろうか.失うものがないのであれば,実践しない理由があるだろうか.

目次

  • 気づきの始まり
  • 偶然の一致
  • 私達は今,どこにいるのか?
  • 呼応する宇宙
  • 権力闘争の克服
  • 神秘体験
  • 本当の自分を見付ける
  • 意識的な進化
  • 新たな人間関係を生きる
  • 新しい文化への移行
  • 死後の世界からの展望
  • 人間の運命

10月 172008
 

先に,「フラワーレメディーズ ウィズダム―花びらの癒しの手紙、心への返信」(エドワード・バッチ,中央アート出版社,2005)について書いた.この著書において,バッチ博士は,病の真の原因となる12の欠点と,それらの対極にある,人生において磨いていくべき12の美徳を挙げている.博士によると,人間はその人生において,これらの美徳のうちの一つか二つに集中して,ゆっくりと完成していくそうだ.

美徳 欠点
抑圧
憐れみ 不安
平和 落ち着きのなさ
貫徹 不決断
優しさ 無関心
強さ 弱さ
理解 疑い
寛容 熱しすぎ
知恵 無知
赦し 短気
勇気 恐怖
喜び 嘆き

聖人か仙人でもない限り,誰でも,いくつかの欠点が自分に当てはまることに気付くだろう.そのとき,欠点を抑え込もうとするのではなく,その欠点が自然に消し去られるまで,その対極にある美徳を育てるべきとされる.例えば,短気が自分の欠点であるなら,「怒らないぞ!」と誓って,自分の感情を抑え込んでも根本的な解決にはならない.そうではなく,短気の対極にある赦しという美徳を完成させていくという態度が重要になる.その際に,フラワーレメディーが助けになってくれる.12の欠点と美徳に対応した野草があり,そのフラワーレメディーが欠点を克服できるように働いてくれる.

実は,自宅にフラワーレメディーのセットがある.実際にフラワーレメディーを用いるかどうかは別として,その思想を知ることは有意義であり,人生について考える1つのきっかけになると思う.興味のある人は勉強してみて.

10月 162008
 

生まれて初めて,栗拾いに行ってきた.昔から,それこそ子供の頃から一度行ってみたいと思っていたのに,なかなか行く機会が無かったのだが,遂に念願が叶った.これも子供のおかげだ.子供がいなかったら,相変わらず,行かないままだっただろう.

旅行ガイドブックやインターネットを参考に,近さとコストパフォーマンスを考慮して,丹波の「たむら亭」というお店がやっている栗拾いに参加することにした.正直,ウェブサイトを見る限り,「大丈夫か,ここ...」という感じがするのだが,なるべく近いところが良いので,前日に意を決して予約した.というか,彼女に予約してもらった.

午後1:30に店に集合ということだったので,午前中は丹波自然運動公園で遊び,お弁当を食べてから,店へと向かった.「たむら亭」は丹波自然運動公園の正門横にあるので凄く近い.公園内にも栗の木があって,栗の実を発見した長男5歳は大喜びしていた.

参加者全員が集合すると,車で大移動.十数台はあったはずなので,かなり無茶な行動だと感じた.田舎だからこそできる荒技という印象.それでも,栗林は近くにあり,無事に到着.

栗拾いをした栗林@京都丹波
栗拾いをした栗林@京都丹波

我々は栗拾い集団の後ろの方にいたのだが,車を止めて,おじさんが配っている栗拾いグッズをもらいに行くと,なんと,軍手も毬(いが)を掴む金具も品切れ状態だった.毬(いが)をつつく棒とかごだけを手に入れた.予約を受け付けているのだから,人数分ぐらい用意しておいて欲しいものだ...しかし,細々と家族経営でやっているようなところで,おじさんもおばさんもいっぱいいっぱいという感じだったので,それでいいことにした.

いざ,出陣.

棒で毬(いが)をつつく長男5歳と戦力外の長女3歳@栗拾い
棒で毬(いが)をつつく長男5歳と戦力外の長女3歳@栗拾い

地面には,これでもかというほど毬(いが)が落ちているのだが,空っぽも多い.まだ中身が残っているものを探して,毬(いが)を棒でつついて,中の栗を取り出す.実に面白い.棒を手にした長男5歳も張り切ってつついていた.だが,長女3歳は完全に戦力外だ.「○○ちゃんのかごに栗入れて!」と叫ぶものの,栗拾いの意味が分かってない...

時々,物凄く大きな栗が見付かる.正直,これまでの人生で見たことがないような大きさだ.長男は大喜び.

大きな栗み〜つけた!@栗拾い
大きな栗み〜つけた!@栗拾い

今回は10月12日に行ったのだが,もう栗拾いシーズン末期だった.木に残っているものは少なく,ほとんどの栗は地面に落ちており,黒くなってしまっているものや,虫に食われているものも多かった.恐らく,9月中〜下旬がベストシーズンではないだろうか.

栗拾いを楽しんだ後,焼き栗と焼き芋を食べさせてもらった.それから,拾った栗を洗って,虫に食われている栗を選り分け,お土産に1人700gずつ袋に入れてもらう.

栗拾いのお土産@京都丹波
栗拾いのお土産@京都丹波

他のグループは猛烈な勢いで栗拾いをしていたため,栗でかごを一杯にしていたのだが,マイペースな我が家は,長男5歳が主戦力という状態なので,子供用のかごが一杯になるかどうかというレベルだ.実際,計量してもらうと,ほぼすべてのグループが拾った栗の一部をお土産としてもらって帰るのに対して,我が家は,拾った栗だけでは全く足りず(わずか1袋分のみ),他の人達が拾った栗をわけてもらった.長男は,栗拾いの指導をしてくれたおじさんから「もっと頑張って拾わないとね〜!」と言われていた.それでも,巨大栗を手にしてご満悦だ.

栗拾いのお土産@京都丹波
栗拾いのお土産@京都丹波

自宅に戻った後,一番大きい栗を探した.普通の栗の4倍くらいはありそうだ.一番大きいのは残して,早速,大きめの栗を茹でて食べてみる.美味しい.秋だなぁ.

さて,今回お世話になった「たむら亭」だが,設備は整っていないし,欠点は色々とあるのだが,おじさんとおばさんが誠心誠意対応してくれるのが実に好印象だった.料金はお土産付きで1人1500円.十分に満足できる.

10月 162008
 

この約10年間,Panasonic Let’s noteを使い続けてきた.もちろん,1台を10年間使い続けたわけではなく,現在のLet’s note W5で5代目(もしかすると6代目)になる.ちなみに,最初はWとかそんなシリーズ名ではなかった.初代Let’s noteを購入した当時は,流行ものが好きな人達はSony VAIO,正統派はIBM Thinkpadといった感じで,Let’s noteに対する周囲の目は冷ややかで,「パナソニックのノートパソコン?何それ?」みたいな雰囲気だったが,今や,国内のビジネスシーンはLet’s note一色になったと言っていいだろう.それだけ,ビジネス用途のモバイルパソコンとしては完成度が高い.実際,使い倒してキーボードの文字が全く読めなくなった(ブラインドタッチできない人なら全く使えない)ことを除いて,使用中の故障はゼロだ.素晴らしい.

しかし,遂に,Panasonic Let’s noteから他社製ノートパソコンに乗り換える時が来たようだ.私個人にとって,現在のLet’s noteの問題点はスペックの低さになる.CPU,メモリ,液晶,ディスクドライブのいずれをとっても,他社のフラッグシップモデルに対して見劣りしてしまい,マインマシンとしては不満が残る.WシリーズとRシリーズに用意されたプレミアムモデルにしても,デザインが異なる程度で,スペックは低いままだ.ビジネス用途のモバイルパソコンとしては素晴らしいのだが,私の欲しいものとは異なる.

ノートパソコンをマインマシンにするなんてナンセンスだという意見もある.しかし,30日程度の海外出張を含めて,出張は年間80日を超え,そこに学部講義や会議のためのキャンパス移動を含めると,年間100日は本拠地でじっとできない状態だ.しかも,ほぼ毎日,自宅でも仕事をする.ホテルや自宅で,例えば,MATLABでプログラミング&シミュレーションした結果をグラフ化し,それをAdobe Illustratorで編集しながら,LaTeXで論文を書くと共に,Powerpointで講演スライドを作成し,メールを確認しながら,Wordで事務書類を作成しては返信する,そして,その合間にブログを書く,なんて作業をしようとすると,やはりスペックは重要だ.実際,このような使い方をしていて,パソコンの応答が途方もなく遅くなることがある.それでも,デスクトップマシンや重量級のノートパソコンを持ち歩きたくはない.

ちなみに,今この文章は,JR品川駅近くのグランドプリンスホテル高輪の客室で書いている.外は真っ暗だが,窓からは日本庭園が見下ろせる.

とにかく,処理能力が非常に重要であり,かつ軽量で長時間駆動でなければならない.国際会議で配布されるCD/DVDを閲覧するためにDVDドライブも欠かせない.このように,自分の要求をまとめていくと,最有力候補はSony VAIO Type Zとなる.これまでVAIOには見向きもしてこなかったが,ノートパソコンとは思えぬハイスペックに魅力を感じる.品質の安定感や丈夫さに問題があるかもしれないが,もしそうであれば,Let’s noteに舞い戻るとしよう.

当然,購入する前には大学生協や家電量販店などで実物を確認するのだが,Sony VAIO Type Zの天板がフニャフニャなのには驚いた.粗雑に扱えば,ベキッと液晶を壊してしまいそうだ...

候補をSony VAIO Type Zにすると言っても,市販モデルでは魅力が乏しい.そこで,オーナーメードにした.まず,調子に乗って発熱に悩まされるのは嫌なので,CPUは敢えてCore 2 Duo P9500 (2.53GHz)に抑えておく(消費電力が低いグループで最高のクロック数).これでも,Let’s note W8 (1.20GHz)の2倍速だ.大量のアプリケーションを同時にサクサク動かしたいので,メモリは2GB×2=4GBとする.そして,OSとアプリケーションの起動と終了を高速化するために,RAID 0構成のSSDドライブ128GB×2=256GBを選択する.その他は,特に拘る必要があるとは思えない.

ノートパソコンとしてはかなり高額になるが,これで生産性が上がるなら安いものだ.すぐに元が取れるだろう.

10月 152008
 

フラワーレメディーズ ウィズダム―花びらの癒しの手紙、心への返信
エドワード・バッチ,中央アート出版社,2005

フラワー・レメディーと言われても???な人も多いだろう.単純化して言ってしまえば,草花が持つ治癒力を利用する治療法だ.バッチフラワーとして,小瓶に入った液体が販売されている.なお,偽物があるそうなので注意!

しかし,これでは,フラワー・レメディーが目指すものの一部すら表現できていない.フラワー・レメディーは非常に奥深い.本書は,フラワーレメディーの開発者であるエドワード・バッチ博士が生前に残した小著をまとめたもので,病とは何かについて改めて考えさせてくれる.

バッチ博士はイギリスで名医として知られていたが,現代医学の限界を感じ取り,自然界に活路を求めて,優れた治癒力を持つ草花を探し始めた.人工的な物質は一切利用せず,採取したばかりの草花を綺麗な水と太陽光で処理するだけ.重要なことは,病気の症状に応じて処方するのではなく,患者の抱える心の問題を明らかにし,患者自身がその欠点に対処し,その対極にある徳を磨くための助けとなるように処方する点だ.このため,患者自身が自分の内面と向き合う必要があるし,医師にもそれを助ける能力が要求される.

現代医学で薬物を処方するのとは全く異なることが理解していただけただろうか.バッチ博士は,病も恵みであると言う.病気は,人間がどのような心の問題を抱えているかを教えてくれる.自分自身の内面と向き合い,不安や傲慢など自分の欠点を見付けることができれば,その反対の徳(憐れみなど)を磨くことによって,健康で幸せになれる.人間は,その魂と調和しているとき,健康で幸せになる.これが,バッチ博士の思想である.

本書には,バッチ博士が見出したフラワー・レメディー数十種がまとめられている.自分の内面を見つめ,欠点を認め,自分の魂との調和を望むのであれば,試してみる価値はあるだろう.

目次

フラワーレメディーの発見

  • 最初に発見されたレメディーとその使用法
    忍耐と持続をもってすれば,どんな癒しにも対応するレメディーが発見できる.
  • レメディーとその性格

自らを解放する

  • 健康と病
    全力をつくして生きるならば,失敗は1つもない.
  • 生まれた使命を知る
    完全な人とは,自分が無敵の聖なる存在であることを知っている人.
  • 自分自身になる
    健康は幸せによって判断できる.
  • 魂の声
    魂に抵抗する人格が,体に結果するものが病.
  • 病の元凶
    どんな人の人生にも,干渉してはならない.
  • 十二の美徳と十二の欠点
    不調和は,細菌や寒さや熱など,外部の影響にあるのではなく,原因の多くは私たちの内側にある.
  • 神性を自覚する
    神性の力を通して,すべてが可能になる.
  • 十二の薬草
    十二の薬草が,救いの手を差し伸べる.
  • 病の真の性質
    幸せで調和した状態にあれば,自然界のどんなものからも傷つけられない.
  • 自由を得るために自由を与える
    周囲のどんなものにも自由を与えていれば,私たちは自由になる.
  • 癒し
    体の病が問題なのではない.大切なのは心の状態.

十二人の癒し手

  • 「不安」に
  • 「不安定」に
  • 現状への「無関心」に
  • 「孤独」に
  • 「影響と考えに過敏」な人に
  • 「落胆あるいは絶望」に
  • 「他人にかまけすぎる人」に

自らを癒す

  • 病の原因を直視する
    真の治療とは,症状だけでなく,病の根本原因を直視すること.
  • 病を理解する根本原則
    五つの根本原因を理解すれば,病は予防でき阻止できる.
  • 病の七大原因
    人類の真の中心的な病とは,高慢,残酷,憎悪,自己愛,無知,不安,貪欲という七つの欠点である.
  • 病根を絶つ
    苦しみを和らげる大手段とは,自己愛を他への献身に転換すること.
  • 健全な教育
    親の務めは子に対し,一時的に導きと保護を与え,やがてひとり立ちさせることにある.
  • 新しい医学
    治療は物質的な手段の領域から,霊的,精神的領域へと移行する.
  • 自らを癒す秘訣
    良心と直感を通して魂が話しかけられる平和な空気をつくり出す.
  • 宇宙との調和
    宇宙と調和し,同胞愛を育てる.

10月 152008
 

私は誰か―不朽の智恵に学ぶ
ベンジャミン・クレーム,シェア・ジャパン出版,2000

著者の講話と質疑応答をまとめたもので,「不安感―一挙に乗り越え、自在心」の続編.内容としては,大きく変わるわけではない.人間はいかに生きるべきか,これから社会はどうなるのか,などについて述べられている.付記は前作と同一.

本書も一般受けするとは到底思えないが,本書を読んで何かを得る人も確実にいることだろう.

目次

  • 不安を感じる心
  • 固定観念
  • 恐れは思考の産物
  • 死を恐れそして生を恐れる
  • 比較,競争意識
  • ヘラクレスの試練
  • 「自我」とは何か
  • 不滅の存在
  • 新しい時代の祈り
  • 真我の体験
  • 恐怖の影響を緩和する
  • 恐怖心と光線構造
  • 瞑想中の体験
  • 無執着であることと関わり合わないことの違い
  • ヘラクレスの伝説の秘教的意味
  • 付記:世界大師の出現と新しい文明

10月 152008
 

不安感―一挙に乗り越え、自在心
ベンジャミン・クレーム,シェア・ジャパン出版,2000

人間は何のためにこの地上に生まれてきて,死ぬのか.古来,賢者や聖人はこの問いに対する答えを求め,見出してきた.残念ながら,凡俗はその答えを無視して,利己的欲求に従う生活を少なくとも数千年にわたって続けてきたわけだが.いや,アトランティスやそれより古代の文明も含めれば,数十万年か...

20世紀の終わり頃から,物質主義への嫌悪感・倦怠感からか,世界的に霊的(スピリチュアル的)な見方が広く受け入れられるようになってきた.特定の宗教に肩入れするということではなく,より精神的な(目には見えない)部分に着目する人達が増えてきたということだ.霊的なものの見方にも,恐らく様々な立場があるのだろうが,基本的には,人間はより高いレベルを目指して成長するためにこの世に生まれてきたとされる.最終的に目指すところは,人間としての完成である.あらゆる徳に満ちあふれ,すべての行動が慈愛に動機づけられる,そんな人間だろうか.もちろん,わずか数十年の人生で,そんなレベルに到達できるはずがない.そこで,輪廻転生ということになる.何度も地上に生を受けながら,完成を目指すというわけだ.

そのようなことを誰かが信じるか信じないか,そんなことは私の問題ではない.自分自身がどう生きるか,それが問題だ.本書では,この宇宙を律する法則として,「原因と結果の法則」が取り上げられる.東洋思想では,カルマの法則と呼ばれたりするものだ.要するに,因果応報.昨今流行の「引き寄せの法則」は,「原因と結果の法則」を言い換えたものにすぎない.単純化すれば,現在の自分の状態(環境も何もかも含めて)は,過去の自分の思考と行動の結果でしかなく,未来の自分の状態は,過去および現在の自分の思考と行動の結果でしかないということだ.このため,今この瞬間に,正しく思考し,正しく行動しなければならないということになる.問題は,「正しく」とは何であるのかということだろう.この問いに答えるためには,自分自身を注意深く見つめるしかない.なぜなら,この世に生まれてきた目的(なすべきこと)は,人それぞれに異なるからだ.

本書は,このような事柄について,色々と書かれている.一般受けするとは到底思えないが,本書を読んで何かを得る人も確実にいることだろう.

目次

  • 序文
  • 秘教
  • 教えの源
  • エネルギー
  • 七種の光線
  • 再生誕と輪廻転生
  • 原因と結果の法則(カルマ)
  • 進化の大計画
  • デーヴァ界(天使界)の進化
  • 進化とイニシエーション
  • 覚者方
  • キリスト
  • アンチ・キリスト
  • 人間の発祥
  • 瞑想と奉仕
  • 霊性
  • 将来の変化
  • 付記:世界大師の出現と新しい文明