1月 052009
 

確率的発想法~数学を日常に活かす
小島寛之,NHK出版,2004

「日常に活かす」という副題であるが,身近な話題を取り上げているのは主に前半部分であり,後半は,経済学者である著者の研究紹介と主張,およびそれらを理解するための基礎知識についての解説となっている.このため,本当に身近な話題に興味があって本書を手にした人は落胆するかもしれない.また,小難しい話が嫌いで,かつ経済に全く興味がない人は読み通す気になれないかもしれない.それでも,「不確実性下での意志決定」という非常に実際的で重要な問題を取り上げ,最新の研究成果までを比較的平易に解説してくれる点に本書の価値がある.

前半では,天気予報やギャンブルなどが日常的に確率に触れる機会として登場する他,大数の法則に基づくフィッシャーの統計的推定と近年大ブームを巻き起こしているベイズ推定とが対比して解説されている.実社会での意志決定においては,限られた情報で判断を下すしかないことが多いため,大数の法則に拠る統計的推定よりも,ベイズ推定がしっくりくるというわけだ.

さらに,期待値に基づく意志決定が,いかに我々の日常的な意志決定から乖離しているかが指摘されている.宝くじを含むギャンブルが身近な例であり,期待値で考えれば宝くじを買うのは馬鹿であるが,人は宝くじを買う.特に,環境や生命に対するリスクを評価する場合には,期待値規準は妥当でないというのが著者の見解である.期待値規準に代わる環境リスク評価方法として,リスクベネフィットと宇沢氏の社会的費用が紹介されている.自動車を例にすると,通常は,渋滞,公害,事故などによる損失が社会的損失として計上されるが,宇沢氏は「仮に自動車がなかったとしたら,市民が享受したであろうものを,自動車が存在する中で回復するには,どのくらいの費用が必要となるか」を算出し,これを自動車の社会的費用としている.その差は歴然で,運輸省や業界団体が採用した通常の環境リスク評価方法であれば,自動車の社会的費用は1台あたり数千円から数万円となるのに対して,宇沢氏の計算では自動車の社会的費用は1台あたり200万円にもなる.きつい表現をすれば,それだけの社会的費用を自動車関連会社は社会から搾取していることになる.両者の計算では,環境や健康への危害を容認するかしないかが決定的な差異となっている.環境リスクに関する研究も花盛りの昨今であるが,そういう研究をするなら,宇沢氏の著作くらいは読んでいないと話にならないだろう.ちなみに,私が在籍するプロセスシステム工学研究室の本棚には「宇沢弘文著作集」が並んでいる.

後半は,不確実性に焦点を合わせ,不確実性とは一体何なのか,不確実性が我々の意志決定にどのような影響を及ぼすのか,などに関する研究が紹介されている.さらに,それらの理論に基づく社会設計のアプローチについても解説されている.特に,最も不遇な人々の厚生を最大化するというマックスミン原理が,個人および社会にとって合理的かつ積極的に採用されるものであるという主張(ジョン・ロールズの「正議論」)を正当化する数理的枠組みが構築されることを待ち望むと著者は記している.

また,事例ベース意志決定理論や帰納論的ゲーム理論に加えて,著者による「論理的選好」という概念が紹介されている.この論理的選好によれば,「不遇な人々が不遇な境遇にいることは,必ずしも彼らの最適選択ではない」(環境や経験の偏りによって最適選択ができない状態にある)ということと共に,万人の環境を変化させるという意味で公共財の果たすべき役割が大きいことが指摘される.これは,自己責任論の横行を批判する根拠となるものであり,著者は教育と医療の市場化に対して強く反対を唱えている.

このように,後半は日常生活での確率というよりも,むしろ社会問題に対する著者の主張といった感があるが,なかなか面白い本である.

目次

  • 確率は何の役に立つのか
  • 推測のテクニック〜フィッシャーからベイズまで
  • リスクの商い
  • 環境のリスクと生命の期待値
  • フランク・ナイトの暗闇〜足して1にならない確率論
  • ぼくがそれを知っていると,君は知らない〜コモン・ノレッジと集団的不可知性
  • 無知のヴェール〜ロールズの思想とナイトの不確実性
  • 経験から学び,経験に騙される〜帰納的意志決定
  • そうであったかもしれない世界~過去に向けて放つ確率論