2月 122009
 

日本の教育を考える
宇沢弘文,岩波書店,1998

途中は回顧録であり,個人的な付き合いの話題などは,あまり興味を惹かれなかったので,辛気臭いと感じた.しかし,近代日本における高等教育の歴史,特に学問の自由と大学の独立を守ろうとして,ファシズムに染まる軍部や政府,その手先と成り下がる文部省に異を唱えて闘った教授達の高い倫理意識には畏敬の念を抱く.大学という名称こそ昔も今も同じであるが,現代の大学はすっかり大衆化してしまっているので,どれだけの大学教授にその良識と気概を期待できるだろうか.改めて,大学教員であることの重責を感じざるを得ない.

教育とは何か.宇沢氏は本書で何度も繰り返し書いている.

教育とは,一人一人の子どもがもっている多様な先天的,後天的資質をできるだけ生かし,その能力をできるだけ伸ばし,発展させ,立派な一人の大人になって,個人的にも,社会的にも,幸福な,そして実り多い人生をおくることができるように成長することをたすけるものです.したがって,教育は決して,ある特定の国家的,宗教的,人種的,階級的,ないしは経済的イデオロギーによって支配されることがあってはなりません.

宇沢氏はリベラリズムを重要視しており,以下のようにジョン・デューイの教育理念を紹介している.

ジョン・デューイは,その古典的名著『民主主義と教育』のなかで,学校教育制度は三つの機能を果たしていると考えました.社会的統合,平等主義,人格的発達という三つの機能です.

学校教育の果たす第一の機能として,デューイが取り上げているのは,社会的統合ということです.若い人々を教育して,社会的,経済的,政治的,文化的役割を果たすことができるような社会人としての人間的成長を可能にしようとすることです.学校環境が果たす役割は,「子どもたちの一人一人が,生まれついた社会的集団の枠から逃れて,もっと広い環境に積極的にふれる機会を与えるように配慮することである.」(デューイ『民主主義と教育』松野安男訳,岩波書店,一九七五年).

第二の機能は,平等に関わるものです.学校教育は,社会的,経済的体制が必然的に生み出す不平等を効果的に是正するというのが,デューイの主張したところだったのです.

第三の機能は,個人の精神的,道徳的な発達をうながすという教育の果たす重要な役割であって,人格的発達の機能と呼ばれるべきものです.

ここで,学校教育が果たすべき第二の機能として,社会的,経済的体制が必然的に生み出す不平等を効果的に是正することが挙げられているが,現実には,現代の学校教育がその機能を果たしているとは思えない.だからこそ,必死になって幼少の我が子を受験戦争に駆り立てる親が大勢いるのだろう.

学校教育が,その本来の目的に反して,不平等を拡大化していることについては,以下のように書かれている.

ボウルズとギンタスが,『アメリカ資本主義と学校教育』のなかで,もっとも力を込めて主張しようとしているのは,アメリカ資本主義という典型的な法人主義体制のなかで,学校制度は,かつてホレース・マンがいったような「偉大な平等化装置」という役割を果たさないどころでなく,逆に,法人資本主義体制のもとにおけるヒエラルキー的分業のもつ,非民主的,抑圧的な性向をいっそうつよめるという機能すら果たしているということです.「教育制度は,経済の社会的関係との対応を通じて,経済的不平等を再生産し,人格的発達を歪めるという役割を果たしている」(ボウルズ=ギンタス『アメリカ資本主義と学校教育』第一巻,八六ページ)

指摘はアメリカ社会に対するものだが,日本の学校教育にもそのまま当てはまる.

学校教育が本来の機能を果たさないばかりか,人格的発達を歪めるという役割を果たしてしまっている現状において,むしろ予備校や塾が学校教育の本来の機能を担っているのではないか.そういう指摘にも頷ける部分がある.

学校教育が国家的管理下におかれ,教師が抑圧的な官僚機構の最下部に位置づけられてしまって,学校がすでに,大部分の子どもたちにとって苦痛以外の何物でもなくなってしまったとき,予備校や塾の方がずっと生き生きとして,子どもたちにとって楽しい場を提供し,ある意味では,子どもたちにとっての救いの場という役割をはたしてきたことも事実です.

宇沢氏は現代における教育制度の崩壊を大変憂えて,リベラルアーツを中心とする大学への転換,文部科学省の介入を排除する大学制度改革,専門学校としての大学院改革,中高一貫全寮制学校の設置などを提案している.

経済学者である宇沢氏が教育問題に関わるようになった理由について,次のように書かれている.それだけ現代の教育制度が崩壊してしまっているということなのだろう.監督官庁が不明であるなら,自らが何とかしないといけないだろう.

この深刻な状況に直面して,教育の問題を,教育学という学問分野を専門とする教育学者や教育行政を担当する文部官僚の手にもはや委ねることはできないという気持ちを強く持たざるを得なくなってきたからです.かつて第二次世界大戦が勃発したとき,アメリカのリベラル派の学者,知識人たちが,今回の戦争はあまりにも重大で,かつあまりにも深刻な影響をアメリカ社会全体にもたらすものであって,戦争を専門的職業とする軍人たちの手に委ねることはもはやできないという焦燥感にかられて,チェスター・ボウルズを中心として,ルーズベルト大統領のもとに参集し,対独戦の企画,実行に全面的にコミットすることになったといわれています.私が教育の問題に関わるようになったのも同じような焦燥感からであるといっても言い過ぎではないように思われます.

目次

  • 教育とは何か
  • 子どもたちが数学を好きになる
  • ジョン・デューイの教育理論
  • ヴェブレンの大学論
  • ボウルズ=ギンタスの対応原理
  • 教育の経済学
  • 日本の大学
  • リベラリズムの学校教育と教科書検定
  • 疾風怒濤の時代
  • 日本に帰ってきて
  • 新しい経済学を求めて
  • 日本の近代化と学校教育
  • 新学校教育制度の制定と展開
  • リベラルな学校教育制度を求めて
  • 鳥取県の「公園都市」構想

  4 Responses to “日本の教育を考える”

  1. こんにちは。偶然たどり着いたブログでしたがとても興味深く読みました。
    私は高等教育を受けた事がないので子供を大学へ行かせる意味が良く分かって
    いませんでした。しかし、このブログの読んでいて高等教育を受ける事の重要性と
    意味が少し分かったような気になりました。子供にしっかり知識と社会性を身につけて
    人様の役に立てるような人になれるようにと、はげましたいです。有難うございました。

  2. komachiさん,はじめまして.

    事情が許すのであれば,かつ子供が望むのであれば,大学に進学させてあげるのがよいと思います.もちろん,大学に進学したからと言って,子供が勉強する保証はありませんし,ましてや立派な人間になる保証なんてありません.それなら,東大卒の高級官僚は聖人君子ばかりでもおかしくないですから.

    それでも,何か特別な才能があって,それで生活していける(例えばプロスポーツ選手とか)のでないなら,この知識社会で自分を活かしていくために,大学で学ぶのは良いことだと思っています.

    そして,単に授業を受けて学ぶというのではなく,そこで師事できるような人物に出会うことこそが最も重要であろうと思っています.これも,大学に進学したからといって出会えるとは限りませんが,望みはあります.また,とんでもなく暇な大学生の間に,良書を読んで,自分の生き方について真剣に考えることに意義があると思います.そうすれば,自然と出会いは訪れるでしょう.

    子供の教育は難しいですよね.つくづくそう感じます.

    > 子供にしっかり知識と社会性を身につけて
    > 人様の役に立てるような人になれるようにと、はげましたいです。

    同感です.

  3.  日本の高等教育は、なぜ自由主義先進国と戦後すぐに単位交換を行わなかったのか。日本の教育の間違いは・・・アカデミックな立場で、国際的に交流を行わなかったことである。日本だけが孤立したアジアの自由主義先進国家である事実を考えれば、他の先進自由主義圏との交流は当然行われるべきであり、そのことが、日本人個人の国際的感覚を育て、日本民主主義(デモクラシー)の有意義な「成長」をもたらしたはずである。そして早くからの国際的な経済力を生活者のレベルから身に付けられていたと考える。21世紀にもなって、未だに先進国民であるはずの日本人は大学は卒業すれども、自由主義諸国とのリクルーティングは満足に出来ない。海外での生活も出来ない。そして、あろうことか、今日は、グローバル化に嘆き恐れる始末である。「先進国日本」の大学教育とはいったいなんだったのか。あれは「時代錯誤の科挙の前哨戦」なのか。その結果・・・
     英語も未だ使えない、国際的文盲状態はいうに及ばず、先進国と言いながら、国際的企業・金融機関の重役に日本人は何人いるのか・・・。世界各国の政府高官に日系人は何人いるのか・・・。そういうことの達成度が、日本の真の影響力を作り上げることを、日本の政治家だけではなく、国民すら思いもよらないことが、ガラパゴスと言う状態を生み出したのである。もう遅いと考えるか、円高の今、海外投資をして、これからの若者のために海外で活躍できる地盤を整備するか・・・いずれにしても今の動きでガラパゴス国家日本の今後が決まりそうである。

    • higashiさん,真摯なコメントありがとうございます.

      大学教育をより良いものにするために何かをするなら,今がベストのタイミングですね.我々が選べるのは,今やるかやらないか,だけですから.

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