2月 142009
 

「生きづらさ」について 貧困,アイデンティティ,ナショナリズム
萱野稔人,雨宮処凛,光文社,2008

テレビの書籍紹介番組で取り上げられていて,面白そうに感じたので,早速図書館で借りてみた.

パリ第十大学で博士(哲学)を取得した萱野稔人氏(大学教員)と「ミニスカ右翼からゴスロリ左翼へ」とも評されるらしい雨宮処凛氏(作家)の対談をまとめたものだ.それにしても,「ミニスカ右翼からゴスロリ左翼へ」とはうまく言ったものだ.テンポよく軽い言葉で流れる対談であるが,貧困問題の現場に関わっている本人の言葉には説得力がある.日本の社会が抱える問題について,非常に多くの気付きを得られる良書だ.本書を読み終えた直後の正直な感想は,「実に興味深い,参考になった」が半分,「こんな暗い気持ちになるなら読まなきゃよかった」が半分.日本の貧困問題もここまできているのかというショックを受ける.それでもなお,日本社会で生きている者として,読んでおいて損はない.

本書の主題である「生きづらさ」は,多くの日本人が感じているのだろう.その根本原因は何か.雨宮氏は「最悪の出会い方」だと指摘する.

雨宮:いまは学校でも職場でも,誰かと出会うとき,「最悪の出会い方」をしていると思うんです.どこかで人と会っても,それは競争相手であり敵でありライバルであり,そいつを蹴落として自分が上にいかなくてはいけないというのが,人間関係のベースとしてたたき込まれています.つながって一緒に生きていこうというのは,まずない.信頼どころか,不信感からスタートする.出会う相手が,出し抜いたり出し抜かれたりする対象でしかない.それが一番の不幸だと思います.(中略)やはり最悪の出会い方しかできないのが,生きづらさの根本問題だと思いますね.

雨宮:いまのこの国には「否定する言葉」は溢れていますが,「肯定する」言葉はあまりにも少ない.そこで多くの人が傷つき,疲弊している.

さらに,共同体が崩壊するなかで,家族のように無条件に自分を受け入れてくれるものがなくなり,自分の居場所を確保するために,自分を他人に認めてもらうために,非常に高度なコミュニケーション能力を要求されるようになってきていることにも原因があるという.

雨宮:教育再生会議って,教育に精通した立派な人が集まっているはずなんですけれど,いうことがバカというか,何も考えていない.いじめをなくすためには「30人31脚」をやればいいとか,「早寝早起き朝ご飯」とか(笑).とってつけたようなもののオンパレードですよね.

萱野:何もわかってないんですよね.いじめは,子供や若者たちのコミュニケーション能力が下がって,人間関係が希薄になったから起こっているのではありません.逆に,コミュニケーション能力がここまで要求されて,何らかの緊張緩和がなされないと場を維持することができないから起こっている.そこで実践されているのは,空気を読んで,相手の出方を先回りし,まわりに配慮しながら場を壊さないようにする,という高度なコミュニケーションです.

素の自分が受け入れてもらえず,自分を認めてもらうためには高度なコミュニケーションが不可欠となると,これは相当に息苦しい.ずっとそんなところにいられるはずはない.現実世界で,自分の人間関係がそんなのばかりだったら,精神的に追い込まれるのも当然だろう.それを救ってくれるのが,インターネットで繋がった世界ということになる.

萱野:いまは,その場のノリを最優先にしなきゃいけないという圧力がすごくあるし.そこでもし深刻な話になって,対立点とか相違点がでてきちゃったら,「場を壊しやがって」と白い眼で見られかねない.

雨宮:いまは友達とそういう話ができなくても,インターネットで代用できますよね.だからそこに過剰にはまっていくと思うんです.

せめて小学校や中学校くらいは,そんな生きづらさを感じなくてもよいようにならないものだろうか.

「生きづらさ」という観点で,物理的にも精神的にも追い込まれているのが,ホームレス,ネットカフェ難民,マック難民と呼ばれる人達だろう.不安定な雇用を強いられている人達の劣悪な待遇について,雨宮氏は実例をいくつか紹介している.

雨宮:私が聞いて一番びっくりしたのは,引っ越し屋のケースです.スタンガンで脅されながら働かされた,と.これは犯罪ですよね.

雨宮:私がもう1人取材しているのは,23歳の派遣社員の過労自殺裁判で,派遣会社からニコンの工場におくられて,めちゃくちゃな長時間労働をさせられた挙げ句に自殺してしまった男性です.ニコンみたいな大企業は,派遣会社にとって超お得意様です.そうしたお得意様に若い人をおくり込むことは,「ニコン様,うちの労働力をいくらでも好きに使ってください」ということにどうしてもなる.彼が亡くなった一年後に,おなじ派遣会社からおなじニコンの工場に派遣されて,おなじ働き方をしていた昼夜交代勤務の26歳の男性が突然死しています.だから「誰がいっても死ぬところなんだな」というのを痛感しました.

雨宮:私は,大阪のヤマダ電機の研修について,20代の女の子から話を聞いたことがあります.彼女は正社員ですが,あまりにも厳しい研修で,その時点で体重が30キロ台に減ってしまった.研修が終わって仕事が始まったら,上司に蹴られたり殴られたり革靴で顔を踏まれたりというのが当たり前にあったそうです.

一部上場しているような会社の実態がこれだという.本当に酷すぎる.米国の有名企業が海外工場で現地の人達を超劣悪な労働条件で扱き使っていると批判されるが,日本企業が日本国内でこういうことをしているわけだ.

萱野:『プレカリアート』のなかで書かれていますけど,派遣業界では,労働者を派遣することを「弾を込める」っていうんですね.

雨宮:はい.だから彼らの賃金も人件費じゃなくて,「物件費」として管理されています.工務部,調達部という,部品を管理する部署が派遣の管理をしているということを聞いて,「本当に部品なんだ」と思いました.なぜ人事部ではなくて,工務部や調達部であつかうのか.本当に不思議というか,ある意味,象徴的ですけどね.なぜこれが「人権問題」としてクローズアップされないのかも不思議です.

萱野:要するに,おなじ人間としてみていないということですよね.

NHKのテレビ番組「そのとき歴史が動いた」で,マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr)のアフリカ系アメリカ人公民権運動を取り上げていた.マルコムXとは対照的に,非暴力抵抗運動によって人種差別撤廃を勝ち取ろうとしたのがキング牧師である.その番組で,あまりに酷い人種差別の実態が映し出されていたのだが,日本人はこれを他人事として片付けられるのだろうか.働く意志はあっても働く機会を与えられない人達,働いても生活できない人達,そのような人達を意図的に作り出す政策を推し進める政治家達,そしてそれを求める財界人達.日本人は他国の人種差別を侮蔑できる立場にないだろう.

日本国内にありながら,労働者は外国人との熾烈な競争を強いられている.

雨宮:自分たちがそういう中(中国人や韓国人が多い職場)で働いていると,国際競争の最底辺で,日本の最低辺で捨て駒にされているということをすごく感じるんです.(中略)学歴のある人や上の世代の人なんかは,若者が「大いなるものと結びつきたい欲求」によってナショナリズムや愛国に走るんじゃないかと指摘したりします.それもあるとは思うんですが,実際に最底辺の現場で,アジアの人や他の貧しい国の人と働いていると−なぜか日本でそういう「外人部隊」にぶち込まれて働いていると−,日本人であるということしか拠り所がなくなってしまう.

雨宮:すでに,日本の不安定雇用の貧しい若者と,外国人労働者の区別ってぜんぜんないんですよ.このまえ,ある大学教授の人と話をしていたら,日本は大々的に移民を受け入れることはないだろうといっていました.なぜなら,移民を日本人のフリーターと同じ待遇で働かせたら,暴動を起こすからだそうです.彼らは暴動の起こし方も知っているから.逆にいえば,いまは日本人の若いフリーターしかいないから暴動が起きない.本当にそうだなと思いました.

雨宮氏の話に説得力があるのは,それがリアルな自分の体験に基づくからだ.スナックで外国人と競争させられるのも,フリーターとして明日をもしれない生活をするのも.

雨宮:「フリーターは自立していない,甘えてる」というようなことをよくいうんですよね.でも,それは逆で,フリーターは無理やり自立させられています.誰にも甘えられる環境にない.自分もそうでしたが,フリーターのときって「風邪をひく=失業」だったんです.「風邪をひいてしまいました.すみません,休みます」と電話すると,「あ,もうこなくていいよ」といわれてしまう.それが当たり前でした.風邪をひくと失業し,失業すると路頭に迷う.そういうのが一直線のものとしてあったんですが,正社員は風邪をひいてもクビにならないと聞いて,最初びっくりしました.

このような劣悪な生活を強いられるのは,果たして本人の責任だろうか.そんなはずはない.少なくとも,それだけのはずはない.大学生の就職を見ても,景気が良いときには簡単に就職できるが,不景気になると就職できない学生が急増する.日本の社会では,一度レールから外れると,元に戻るのは並大抵のことではないだろう.つまり,本人とは無関係の事柄によって,人並みの生活が送れることもあれば,不幸のどん底に落とされることもありうる.行き過ぎた自己責任論は問題だ.

雨宮:厳しい状態であればあるほど,自己責任ということを思いがちですけど,それを突き詰めていくと最終的には自分を殺すしかなくなります.自分では手に負えない責任のすべて−時代背景や,この10年の不況の問題とか−を自分のせいにして死ぬしかなくなる.自分の努力が足りなかったということで.最終的に自殺するしかないという答えが明確に見えるのが,まずいと思います.

萱野:なかなか難しいのは,自分を肯定できるためには,まずは他人から肯定されないとダメだってことですよね.他人から認められないと,自分を肯定できない.これはアイデンティティが他者からやってくることと関係しています.

こうして社会的に徹底して虐げられたフリーターが見出しうる希望とは何か.戦争だ.今の社会体制が続く限り,まともな生活ができるようになる見込みは全くない.死ぬか生きるかギリギリの生活を強要されている.そうであるなら,いっそのこと,日本全体が無茶苦茶になって,みんなゼロからやり直す方がいい.それがどれほど苦しかろうが,どうせ今でも人間扱いされていないのだから.こういうことになってしまう.

萱野:赤木智弘さんという31歳のフリーターが,『論座』(朝日新聞社)という月刊誌に「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳フリーター.希望は,戦争.」という文章を書きました(2007年1月号).(中略)「希望は戦争」ということに関しても,「実際に戦争が起きたら,あなたのような不安定な貧しい若者がまっさきに犠牲者になるんですよ」と諭すことはもちろんできるんです.できるんですけど,でも,そこで本当に要求されているのはそうした応答ではありません.(中略)彼らからすれば,「そんなふうにいうんだったら,あなたは俺にまともな飯の種をくれるのか」という話になる.

萱野:社会学者の宮台真司さんは,むかし援助交際の問題をやっていたとき,よく「モラル主義で彼女たちの行動を責めても仕方ない」というようなことをいっていました.これは,いまのフリーターやニートの問題についてもいえるかもしれません.道徳的に,たとえば「フリーターは怠けているから自己責任だ」とか「がんばれば何とか道は開けるんだ」とかいっても仕方ないですよね.そうしたモラル主義は問題をごまかしてしまうだけです.

ここまで追い詰められている人達が現実に存在する現在において,政治家は何をしているのか.住所の定まらない人達は選挙に行けないので,政治活動の対象にすらならない.無視だ.何かのはずみで無視できなくなると,もっと酷い第三世界での窮状を持ち出して,ごまかす.

雨宮:「犠牲の累進性」というのは,たとえば,正社員の過酷な長時間労働より非正規雇用の不安定な生活のほうが大変だし,その非正規雇用の人よりもホームレスの人の状況のほうが大変だし,そのホームレスの人よりも第三世界の貧民のほうが大変であるというかたちで,我慢を強いるやり方のことです.フリーターの生活が厳しいというと,ホームレスよりはマシだというような言われ方がよくされます.そうやって,つねに下に発散させられていくやり方はひじょうによくない.私が典型的な経験をしたのが,石原慎太郎都知事と対談したときです.彼のいる都庁は新宿にあるけれど,彼には新宿の街がまったく見えていない.都知事室に入ったんですが,そこからは本当にぜんぜん見えないんです.そして,フリーターがいかに大変かという話やネットカフェ難民の話をしたら,彼はウガンダの話を始めたんです.それがまさに犠牲の累進性です.

雨宮:「雇用柔軟型」という労働者の分類がまさにそれですよね.これは,いろんなところで触れてきましたが,1995年に日経連が「新時代の『日本的経営』」というレポートの中で提起した分類です.要するに,景気や企業の競争力のために使い捨てにできる労働者,ということです.しかも,激安の賃金で.(中略)まさに「棄民」ですよね.

棄民.なんて酷い言葉だ.これが日本の現実だなんて,「美しい国」も何もあったものではない.

根本的に社会の在り方が変わらなければならないのは確実だろう.こんな状態が許容され続けるはずがない.

目次

  • 「生きづらさ」はどこからくるのか?
  • 貧困とアイデンティティ
  • 認められることの困難とナショナリズム
  • 「超不安定」時代を生き抜く

  One Response to “「生きづらさ」について 貧困,アイデンティティ,ナショナリズム”

  1. [...] Chase Your Dream ! ? 「生きづらさ」について 貧困,アイデンティティ … [...]

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