2月 222009
 

卒業研究&修士論文発表会終了後に開催された謝恩会にて,専攻長が挨拶の中で「守破離」について語られた.現専攻長は明治維新などに大変興味があるので,吉田松陰などに関連する書籍に,恐らく武術に関連づけて「守破離」について書かれていたのだと思われる.

「守破離」とは,最初は基本を忠実に守り,次にそれを応用して,最後は型から離れるという芸道の修得過程を表しているが,その原典はハッキリしないそうだ.能楽における,世阿弥の風姿花伝にある序破急が元とされる.ここでは,序破急は修得過程ではなく,能の構成をさす.その後,茶道において,千利休が歌を詠み,川上不白が「茶話集」や「不白筆記」に記したとされる.「不白筆記」には,「弟子に教るは守,弟子は守を習尽し能成候へば,おのずと自身より破る.離はこの二つを合して離れて,しかも二つを守ることなり」とある.師が守を教え,弟子がこれを破り,両者がこれを離れてあらたに合わせあうという意味だ.武術に「守破離」があらわれるのは,さらにその後のことのようだ.