3月 102009
 

もう3月も半ばだ.卒業論文や修士論文の執筆と提出も,ほぼ片付いただろうか.

「文章を書く能力」については,このブログや他所でも散々書いてきた.

まともな論文やレポートを書くためには,どうしても自分で自分の書いた文章をチェックする必要がある.誤字や脱字を訂正し,間違いや論理の飛躍をなくすのはもちろん,読みやすい文章にするためには,自分の書いた文章を客観的に読めなければならない.ところが,これができない学生が非常に多い.

研究室に配属された学生に対しては,彼らがゼミ資料や論文原稿を作成する機会に,赤ペン先生になって徹底的に添削するようにしている.そういう経験が一度は必要だと思うからだ.そして,その添削をきっかけに,自力で文章を書けるようになってくれることを期待している.

なぜ,自分の文章を自分で添削するのは難しいのだろうか.そのような人は推論能力が極めて優れているという仮説を立てることができる.我々は,文章を読むときに,推論しながら読む.多少文字が欠落していても,推測して,補完して,読むことができる.推論が高度であれば,誤字や脱字を修正しつつ,論理の飛躍を補いながら,読むことができる.

しかし,それではダメだ.自分の文章を客観的に批判できなければならない.惰性で推論するのではなく,推論するしないを自分で切り換えられなければならない.