3月 112009
 

考えることの科学―推論の認知心理学への招待
市川伸一,中央公論社,1997

非常に興味深く読めた.本書は,これまでに認知心理学の分野で明らかにされてきた,人間の推論の特徴を紹介している.

我々は日常生活の中で常に推論を行っているわけだが,その推論は決して論理的ではない.わざわざ逆・裏・対偶なんて考えないし,確からしさを比較するときに,瞬時にベイズの定理を利用して事後確率をはじきだすなんて芸当もしていない.だからこそ,合理的でない推論をすることも日常茶飯事だ.本書でも紹介されているウェイソンの4枚カード問題(選択課題)や三囚人問題(モンティホールジレンマ)などは,いかに我々の直観があてにならないかを思い知らせてくれる.

では,人間はどのように推論しているのだろうか.推論方法の仮説として,推論スキーマやメンタルモデルが紹介されている.推論スキーマとは,常識的な知識の体系,あるいは問題を解くためのパターンみたいなものだ.現在の状況を自分が持っているパターンにあてはめて推論すると考える.受験対策として様々な出題パターンを勉強しておくようなものだ.当然,経験したことのないパターンに遭遇することもある.そのような推論スキーマを呼び出せない状況で登場するのがメンタルモデルだ.心の中に様々なモデルを構成して,その妥当性を評価する.簡単な問題であればこれで良いのだが,状況が複雑になり,思い描くべきモデルの数が増加すると,人間の思考は破綻し,誤った判断を下してしまう.なるほど,と頷く.

さらに本書では,人間の推論は,問題に固有の知識に基づいてなされること,また,信念,感情,期待,情報,人間関係などに強く影響されることを強調している.荒っぽく言えば,人間は,自分にとって都合の良いように推論してしまうということだ.社会生活を営む上で,我々は常に推論をしている.そして,その推論は,自分に都合が良いようにねじ曲げられている.そうであるなら,より良く推論する方法を身に付けることはできるのだろうか,という疑問が浮かぶ.

著者はこう締めくくっている.

私は人間の日常的な推論には,認知的な制約や感情的な要因がはいってきて,合理的とはいえない面がたくさんあると思う.迷信,誤解,議論のすれ違い,個人的ないさかいや,果ては社会的な偏見や,国際紛争にいたるまで,さまざまな問題の背後には,人間の推論の特性がからんでいる.だからこそ,人間の推論のもつネガティブな面をそれとして認め,その姿を明らかにしようとする研究は,事態の改善の一歩になる.人間の推論の素朴な姿をひたすら肯定的に見ることが,人間の合理性に対する信頼の証なのではない.人間は自らの認知の両面を直視して改善していくことのできる存在であると考えることこそ,人間の合理性への信頼なのではないだろうか.

大変わかりやすく書かれており,示唆に富む例題が盛り沢山なので,一読をお薦めしたい.話のネタにもなるだろう.三囚人問題を理解するためのルーレット表現など,なるほど,そういう表現もあるのだと感心した.

目次

人間は論理的に推論するか

  • 形式論理と日常的推論
  • 論理的推論の認知モデル
  • 帰納的推論―一を聞いて、十を知って、三誤る

確率的な世界の推論

  • 確率・統計的な現象に対する理解と誤解
  • ベイズの定理をめぐる難問・奇問
  • 確率・統計問題での推論のしくみと学習

推論を方向づける知識、感情、他者

  • 推論は知識に誘導される
  • 因果関係を推論する
  • 自己の感情と他者の圧力