4月 092009
 

技術経営(MOT)に意味があるか?

京都大学大学院工学研究科化学工学専攻では,化学工学特論という講義を開講している.毎年,前期と後期に1つずつ設定されており,教員が順番に担当する.他の常設科目とは異なり,担当する教員の判断で講義内容が決められる.

2009年度前期の化学工学特論第一を,私が担当することになった.昨年末に何を講義すべきか検討し,「技術経営(MOT)を勉強するぞ!」に書いたとおり,技術経営(MOT)をテーマにすることにした.

講義のテーマをどうするか色々と考えてみた.既に身に付けている知識を披露するような講義は非常に楽だが,自分にとって何かメリットがあるかと問うてみると,そうは思えない.そんなことをしても,自分が成長できる余地が極めて限定的な気がする.そうであれば,思い切って,新しい事柄にチャレンジするしかない.自分自身が興味を持てて,学生も学ぶことにメリットがあり,なおかつ大学院の講義として成立するようなテーマは何か.この問いについて猛烈に検討した結果,技術経営(MOT)をテーマにするという結論に達した.まあ,考えた時間は10分ぐらいだが...

実際,下記の技術経営(MOT)関連書籍を読んで,勉強した.

これで十分とは言わないが,おおよそ技術経営(MOT)については理解した.その結果,技術経営(MOT)は私が本当に教えたいことではないとわかった.技術経営(MOT)が無意味というのではない.確かに重要ではあるし,学生に教える価値があると思うのだが,これだけをやってもダメだと感じたのだ.

では,何が重要なのか.

結局,技術経営(MOT)も問題解決の1つにすぎない.技術を金儲けに活かすという領域での問題解決だ.だから,技術と金儲けの両方の知識が必要になる.それだけのことだ.より広い視野で,本当に身に付けなければならないのは,必要な知識を得たとして,実際に問題を解決する力だ.

化学工学特論第一を受講する大学院生は,必要になれば,いくらでも知識を身に付けるくらいのことはできる.京都大学の学生なので,当然ながら,その程度には優秀だ.このため,知識の獲得は本質ではない.それよりも,むしろ,汎用的な問題解決力が重要である.

問題解決を支える論理的思考

では,問題解決力とは何か.

詰まるところ,それは,論理的に考える力の応用である.論理的思考ができなければ,まぐれでしか問題解決ができない.度肝を抜くような奇抜な方法で問題解決ができなくても,論理的思考力が身に付いていれば,いつも確実に問題解決策を見出すことができるだろう.論理的思考力を養うためには,実際に論理的に考える経験を積まなければならない.徹底的に論理的に考える訓練をしなければならない.このことは,学生の研究指導を通して痛感している.

そこで,私が担当する2009年度前期の化学工学特論第一では,「論理的思考」をテーマの1つにすることに決めた.これまで,このような講義は全く存在しなかった.

論理的に考える力を身に付けた上で,技術経営(MOT)の基礎知識を身に付ければ,実践的な戦闘能力を効率的に向上させることができるだろう.

自分自身のマネジメント

しかし,それだけでは満足できない.論理的思考だけでは十分でない.そんな感覚が残った.

一体,本当に私がしたいこと,為すべきことは何なのか.

突き詰めて考えてみると,将来,研究者や技術者になるであろう学生が成功するための基盤を構築することが重要なのであり,論理的思考力はその必要条件であるとわかる.論理的思考力は十分条件ではない.

では,その他に必要なものは何か.

特に重要なのは,自分自身をマネジメントする能力である.自己管理ができなければ,恐らく,論理的思考力が十分にその威力を発揮することもなく,中途半端な人生を歩むことになるだろう.そうであるなら,自分自身のマネジメントを講義で取り上げることは当然のことと思われる.

そこで,私が担当する2009年度前期の化学工学特論第一では,「自分自身のマネジメント」をテーマの1つにすることに決めた.これまで,このような講義は全く存在しなかった.

研究・技術・自分のマネジメント

こうして,化学工学特論第一で取り上げるべきことが見えてきた.テーマは『研究・技術・自分のマネジメント』と決定した.

開講を前に,化学工学特論第一で,『研究・技術・自分のマネジメント』で何をしようとしているかを学生に伝えるために,配付資料を作成した.その序論に次のように書いた.

ようこそ.化学工学特論第一『研究・技術・自分のマネジメント』へ.

本講義で私が目指すのは,受講生が研究者や技術者として成功するための基盤を構築することです.諸君は今後,知識労働者として社会貢献していきます.したがって,知識が不可欠であることは疑う余地もありません.大いに勉強に励んで下さい.しかし,知識を与えることが本講義の目的ではありません.大学教員としての私が為すべきことが,知識を与えることだとは思っていないからです.

本講義では,論理的に考える力,問題を解決する力,人を説得する力,そして自分自身を律して成果をあげる力をどうすれば身につけられるか,私も含めた参加者全員で考えていきます.講義ではなく,演習や討論が中心となります.力をつけることが目的ですから,みずから積極的に取り組まなければ,講義室に来ても全く意味がありません.講義時間内の演習や討論だけでも十分ではありません.日々の実践を通して,はじめて力をつけることができるのだと思います.

本日(4/9)に第一回目の講義を行った.参考までに,初回講義で配付した資料を公開しておこう.

受講する学生の論理的思考力および問題解決力を向上させる.かつ,人間として成長することへの動機づけを与える.これが,化学工学特論第一『研究・技術・自分のマネジメント』の開講にあたっての私のコミットメントだ.

今後の予定

来週は「ハイブリッドカーに乗るべきか」,再来週は「マイ箸を使うべきか」について討論する予定だ.

受講者には,みずからの賛否を明確にし,理論武装してくるようにと促した.なお,

  • 事実を正確に把握すること
  • 正しく論理を展開すること

を強く意識して取り組むべきだ.調べていくうちに,いかに我々が軽々しく事実誤認し,誤った情報に基づいて誤った判断をしているかに気付くだろう.