4月 142009
 

研究開発の組織行動―研究開発技術者の業績をいかに向上させるか
開本浩矢,中央経済社,2006

研究開発成果をいかにして向上させるかをテーマに,研究開発技術者に焦点を当てた実証的分析を試みている.具体的には,モチベーション,エンパワーメント,リーダーシップという3つの組織行動変数が研究開発成果に与える影響力を,サーベイ調査結果に基づいて分析している.本書は,その分析結果をまとめたものであるため,読み物ではなく,研究報告書あるいは論文という印象を受ける.つまり,かなり堅苦しく書いてあり,分析の手順やその正当性の説明に多くの紙面が割かれている.この分野の研究者にとっては,そのような情報は必要不可欠であろうが,一般読者には辛気くさい話だ.このことは著者も了解していて,まえがきには,研究者向けであり,結章だけを読んでも概要は掴めると書かれている.

また,「実証的分析」を実施することに価値を見出している研究であるため,本書を読んで多くの「気付き」が得られるわけではない.既にそうだろうと思われていること,つまり仮説を,サーベイ調査結果に基づいて確認したという内容になっている.もちろん,仮説が正しいとは限らず,本書でも予想外の結果が得られている項目などもあるが,総じて,予想通りの結果だと言えるだろう.したがって,著者の勧めに従い,最後の章だけを読めばよい.その上で,さらに詳細を知りたければ,各章に戻るのが良いだろう.

いくつか,本書の結論を引用しておこう.

ストレスや仕事のやりにくさによって,後ろ向きの感情を抱く上司のもとで働く部下の感情は,上司の影響でネガティブな方向へと流れる傾向にある.これは,同時に部下の自信や挑戦意欲をも阻害する傾向にある.一方,上司の有能感は,部下のエンパワーメントに有意な影響を及ぼすことはない.上司の元気さが部下に好影響を与えることもないが,上司の自信過剰が部下にネガティブな影響を及ぼすこともないのである.

リーダーが「やれる!」という自信を持っていないなら,組織の士気が高まるはずもない.上司は自信過剰なくらいでちょうどよいということだ.

周りの職場環境が自分にとって不利でない(いやな仕事ではない,必要なサポートが得られる,周囲に働きかければ,それなりの反応があるなど)という認識が,目標達成にポジティブな影響を及ぼすことが示されている.

研究成果をあげるためには,とにかく「やる気」が重要になるが,企業の研究開発技術者は「必要なサポートが得られる」と感じていない人も多いのではないだろうか.もしそうなら,成果は出にくいということになる.

研究技術者にとって,専門分野での成果を公正に評価することが重要であるため,実績に基づく評価に応じた経済的報酬が与えられるべきである.特に,事務系職員との相対的な処遇格差をなくすことが必要である.こうした処遇体系は,全社的に導入するよりも,専門職制度の導入によることが現実的で,効果的であると考えられる.

「やる気」を高めるために,動機づけするために,実績に基づく評価に応じた経済的報酬が与えられるべきであるという.本書にまとめられた結果からは,研究開発技術者が「やり甲斐があれば報酬なんて気にしない」という仙人みたいな存在ではないことが明らかにされている.自分の成果に見合った報酬を与えられるべきだと考えているのだ.日本が科学技術立国を標榜するなら,企業が技術競争力に活路を見出すなら,技術者はもっと高く評価され,それに見合う報酬を得るようになるべきだろう.

人材開発にあたっては,失敗から学ぶパターンではなく,成功体験から学ぶパターンの有効性が示唆された.研究開発活動に失敗はつきものであるが,仕事に対する満足の観点からは,失敗による学習よりも成功体験の方が効果的なのである.

当然だろう.同じことが学べるなら,失敗して学ぶよりも,成功して学ぶ方が良いに決まっている.成功は有能感に結びつく.しかし問題は,失敗と成功から同じことが学べるのかだ.

このように,敢えて指摘されなくても,そうだろうなと思っていることが多い.研究書としての本書の価値は高いと思うが,自分や部下,あるいは組織の研究開発成果を向上させたい人にとって必読書にはならない.

最後に,経済的報酬が与えられるべきであるという本書の結論について再検討しておきたい.経済的報酬は必要なものとみなせるが,果たして,研究開発技術者の能力を最大限に引き出す手段として適切なのだろうか.

先日,「自律,自由,動機: ハーバードvs東大の続き」において参照した「人を伸ばす力―内発と自律のすすめ」(エドワード・L. デシ,リチャード・フラスト,新曜社,1999)には,次のように書かれている.

一連の研究の結果は,このような成果に見合った報酬という考え方の有効性に疑問を投げかけている.確かに,このようなシステムは人々を動機づけることができる.しかしそのプロセスで,彼らは手っ取り早い方法を探し出し,自らの内発的動機づけを低めてしまうのである.同時に人々の注意を仕事そのものから遠ざけ,成果である報酬に注目させる.その結果として,創造性の欠けたあまり有効でない問題解決にとどまってしまうことは明らかである.ビジネス界が重大な問題に直面し,思慮深く創造性に富んだ問題解決が必要とされている現在,人の心を惑わすこのような誘因に頼るという安易な道をあまりにも多くの会社が選んでいるのではないだろうか.むしろ,仕事に専念し,会社に深く関心を寄せるように励ますことこそ検討すべきなのではないだろうか.

経済的報酬に頼らない,デシ博士のいう励ます方法が容易であるとは思えない.しかし,経済的報酬を与えれば動機づけできるというのは,安易に過ぎるという指摘は説得力がある.

目次

  • 研究開発技術者のとらえ方
  • モチベーションのとらえ方
  • エンパワーメント(心的活力)のとらえ方
  • リーダーシップのとらえ方
  • 研究開発技術者のモチベーションプロセスに関する実証分析
  • 研究開発技術者のモチベーションと業績に関する実証分析
  • 研究開発技術者のエンパワーメントに関する実証分析
  • 研究開発部門におけるリーダーシップ行動に関する実証分析 1:職務満足との関連を中心に
  • 研究開発部門におけるリーダーシップ行動に関する実証分析 2:リーダーシップと社会的勢力の関連を中心に
  • 本書のインプリケーションと課題