5月 272009
 

代表的日本人
内村鑑三,岩波書店,1995

本書は,明治41年(1908年)に刊行された,内村鑑三の”Representative Men in Japan”の翻訳書である.

キリスト教信者である内村鑑三が,おごる西洋人に対して,日本には非常に優れた人物がいたことを紹介しようとした書物であり,西郷隆盛,上杉鷹山,二宮尊徳,中江藤樹,日蓮上人の5名の登場人物にキリスト教徒の立場から見た解釈が与えられている.一方で,西洋の近代文明を吸収する過程で,武士道や道徳が失われ,頽廃してゆく日本文明への批判にもなっている.

「代表的日本人」は,「日本及び日本人」を大幅に改訂したものであるが,「日本及び日本人」の序文には,「日本語をもって世界語にしようとした太閤の高い志は,なお実現をはかられなくてはなりません」とある.日清戦争に勝利した翌日に書かれたという歴史的背景もあるのだろう.豊臣秀吉の朝鮮出兵や西郷隆盛の征韓論といった他国侵略を肯定しているところは気になる.その後,大幅に見直された「代表的日本人」では,ナショナリズムが多少緩和されているらしい.

「代表的日本人」の価値は,明治時代に日本人が英語で西洋人を啓蒙しよう(日本人の良さをアピールしよう)としたところにあると思う.そのような観点から非常に素晴らしい本だと思うが,本書で紹介される西郷隆盛,上杉鷹山,二宮尊徳,中江藤樹,日蓮上人の5名について知りたければ,それぞれの偉人伝でも読めば十分であり,今,必ずしも本書を読む必要はないのかもしれない.本書には,内村鑑三の目に映った代表的日本人の姿が宗教的に描かれているので,そこが気に入る人には良いだろう.同じ逆輸入本として,新渡戸稲造の「武士道」に比べれば,浅学非才な者にも読みやすい.

蛇足かも知れないが,日本人の偉人というのは,誰しも四書に通じているものだ.「大学」,「論語」,「孟子」,「中庸」の4つの書物すべてとは言わないが,入門書とされる「大学」くらいは知らないと,「代表的日本人」を読んでも浅い理解に終わると思う.

西郷隆盛

西郷隆盛を地味で簡素な生活や慎み深い性格などで特徴付けた上で,内村鑑三は,「敬天愛人」の言葉が西郷の人生観をよく要約しているという.「代表的日本人」では,以下のような西郷隆盛の言葉が引用されている.

文明とは正義のひろく行われることである,豪壮な邸宅,衣服の華美,外観の壮麗ではない.

天はあらゆる人を同一に愛する.ゆえに我々も自分を愛するように人を愛さなければならない.

正道を歩み,正義のためなら国家と共に倒れる精神がなければ,外国と満足できる交際は期待できない.

とにかく国家の名誉が損なわれるならば,たとえ国家の存在が危うくなろうとも,政府は正義と大義の道にしたがうのが明らかな本務である.

徳に励む者には,財は求めなくても生じる.したがって,世の人が損と呼ぶものは損ではなく,得と呼ぶものは得ではない.いにしえの聖人は,民を恵み,与えることを得とみて,民から取ることを損とみた.今は,まるで反対だ.

上杉鷹山

財政破綻の危機に瀕する米沢の藩主として行財政改革に成功した実績でよく知られている上杉鷹山.内村鑑三は,鷹山の産業改革の特に優れている点として,産業改革の目的の中心に家臣を有徳な人間に育てることを置いたことを挙げている.徳を重んじ,民を慈しんで善政を敷いた上杉鷹山であるが,改革を始めて数年経った頃,重臣が新体制の撤回を求めたとき,それが家臣や民の声ではないと決まると,首謀者に切腹を,その他の者には所領減封と無期幽閉を命じた.そのような厳しい面もあった.

「代表的日本人」では,「民の幸福は治者の幸福である」という言葉も残している上杉鷹山が娘に宛てた手紙を引用している.

年若い女性である以上,着物のことに心がとらわれやすいのは当然である.しかし教えられた倹約の習慣を忘れるではない.養蚕をはじめ女の仕事に励み,同時に和歌や歌書に接して,心を磨くがよい.文化や教養は,それだけを目的にしてはならない.すべての学問の目的は徳を修めることに通じている.そのため,善を勧め悪を避けるように教えてくれる学問を選ぶがよい.和歌は心を慰めるものだ.それにより月や花が人の心の糧となり,情操を高める.

二宮尊徳

いわずと知れた,大変な勤勉家であり勤労者である二宮金治郎.「キュウリを植えればキュウリとは別のものが収穫できると思うな.人は自分の植えたものを収穫するのである.」という二宮尊徳の言葉は,いかにも農民らしい比喩を用いながら,現在でいう原因と結果の法則,あるいは宇宙の法則を彼が会得していたことを示している.

荒廃した村々の復興を依頼した小田原藩主への報告書において,二宮尊徳は次のように記している.

仁愛,勤勉,自助−これらの徳を徹底して励行してこそ,村に希望がみられるのです.もしも誠心誠意,忍耐強く仕事に励むならば,この日から10年後には,昔の繁栄を回復できるのではないかと考えます.

さらに,利根川下流の大沼の排水に関する徳川幕府への報告書においては,二宮尊徳は次のように記している.

私は運河を掘る地域の民の堕落ぶりを知っています.まず「仁術」によってその精神を正さなくてはなりません.それが仕事に着手する前の用意として,最初に必要な処置であります.(中略)いったん人々が誠実の念を取り戻しさえすれば,あとは山をうがち岩をくだくことも望みのままになるでありましょう.たとえ廻り道のようにみえても,それが最短にしてもっとも効果的な道であります.植物の根には,花も実もことごとく含まれているではありませんか.最初に道徳があり,事業はその後にあるのであります.

中江藤樹

近江の聖人と言われる中江藤樹は,11歳で「大学」を読み,「聖人になる」という死ぬまで変わることのない大志を抱き,17歳で四書を入手し,ますます学問に打ち込み,28歳で村に学校を開いたとされる.

「代表的日本人」では,以下のような中江藤樹の言葉が引用されている.

学者とは,徳によって与えられる名であって,学識によるのではない.学識は学才であって,生まれつきその才能を持つ人が,学者になることは困難ではない.しかし,いかに学識に秀でていても,徳を欠くなら学者ではない.学識があるだけではただの人である.無学の人でも徳を具えた人は,ただの人ではない.学識はないが学者である.

徳を持つことを望むなら,毎日善をしなければならない.一善すると一悪が去る.日々善をなせば,日々悪は去る.昼が長くなれば夜が短くなるように,善をつとめるならばすべての悪は消え去る.

日蓮上人

妙法蓮華経を重んじ,仏僧として激しい人生を歩んだ日蓮.その説法では,「浄土は地獄におちる道,禅は天魔の輩,真言は亡国の邪教,律は国賊であることを知らなければなりません」と宣言し,さらに「立正安国論」を著して,他宗に宣戦布告をした.仏教界や鎌倉幕府を含めて敵は多く,伊豆と佐渡への流刑に処せられている.しかし不屈の精神により,日蓮宗の確固たる地位を築き上げた.日蓮の覚悟は,「我が奉ずる経のために死ぬことができるなら,命は惜しくない.」という言葉にも表れている.

内村鑑三は,こう締めくくっている.闘争好きを除いた日蓮,これが私どもの理想とする宗教者であります.

目次

  • 西郷隆盛−新日本の創設者
  • 上杉鷹山−封建領主
  • 二宮尊徳−農民聖者
  • 中江藤樹−村の先生
  • 日蓮上人−仏僧