6月 272009
 

昨日,「大学生への質問@京都大学工学部工業化学科」と題して,私が担当する基礎情報処理演習の受講生に尋ねてみた質問を紹介した.いつも通り,演習の感想に対するコメントなどをメールで返信しようと思っていたのだが,これが最終回であるためか,気がつくと,原稿用紙10枚を軽く超えるようなメッセージになってしまっていた.そのため,メッセージをPDFファイルとして,すべての受講生に送信した.

メッセージの趣旨は,基礎情報処理演習とは何の関係もないことであり,また学科や学部はもちろん,大学生かどうかすら関係ないようなことなので,ここに全文を記載しておこう.本気モードで書いたメッセージであるため,これを読んで参考になったと感じてくれる人がいれば,このブログを更新している意味もあったと自分に言い聞かせられそうだ.

このメッセージを読む前に,「大学生への質問@京都大学工学部工業化学科」を読んでもらうとよいだろう.

なお,長文のため,ブラウザで読むのは辛いかもしれない.そこで,学生に送付したPDFファイルもそのままダウンロードできるようにしておこう.

学生へのメッセージ全文」 (PDF 190KB)

基礎情報処理演習を受講してくれた皆さんへ

縁あって,加納が担当する基礎情報処理演習を受講してくれた京都大学新入生の皆さん,約3ヶ月間ありがとうございました.これが最後のメッセージになります.

皆さんは,京都大学に入学できるほどの能力の持ち主ですから,将来,望むような職に就くこともできると思います.そういう意味では何の心配もしていません.その一方で,生き甲斐を見出せるような職,あるいは生き甲斐そのものを見出せないまま,これからの大学生活,さらには就職後の人生をも過ごすことになる危険性はあると感じています.そのような背景から生まれたのが,最後の講義でのアンケートと質問です.

クラーク博士の”Boys, be ambitious.”という言葉を知っている人は多いでしょう.でも,その後に,お金や名誉のためではなく,本来あるべき人間になるという大志を抱けと続くことを知る人は必ずしも多くないようです.

人間のあるべき姿,そして大志とは何でしょうか.将来の夢に,金持ちになることや出世することと書いてくれた学生が少なからずいましたが,それらは,ここでいう意味の大志ではなく,またそうなるのが人間のあるべき姿でもないように思います.それらは野望とは呼べても,大志と呼びたくなるようなものではありません.

人間のあるべき姿について考えてみるとき,人間と他の動物との違いを自覚することが役立ちそうです.人間である皆さんと禽獣との違いは何でしょうか.仲間うちでの意思疎通は動物もしていますから,言葉が本質的な違いではなさそうです.原始的ではあるものの,道具を使う動物もいますから,道具の利用も本質的な違いではなさそうです.

普通,人間は犬や猫になりたいとは思いません.大富豪の邸宅で何不自由なく暮らす犬や猫であってもです.何不自由ない生活は,人間的な生活を意味しないということです.

人間から見ると,この世界はなりたくないもので満ちています.そのような世界にあって,皆さんは人間として生を受けているわけです.この事実に,この幸運に感謝の念を感じるのは自然なことに思えます.ところが現実には,人間として生を受けたことを当然と思い,人間らしく生きようとしないヒトが多いわけです.

出世したいという欲望は,一介の雄ザルが抱くボスザルになりたいという欲望と大して変わらないでしょう.むしろ,サルの欲望の方が,種の存続という観点から必然的です.金持ちになるという欲望は,もはや目的と手段を混同している状態です.お金は手段であって,目的ではないでしょう.

出世することやお金持ちになることは全然悪いことではありません.それを望むことも何も悪いことではありません.その道で努力すれば,自然と出世もするし,収入も増えるでしょう.邪心を抱いたり悪行を働いたりするのはいけませんが,善く生きた結果として与えられる名誉や財産を拒む必要はありません.ましてや,人に与えられた名誉や財産を妬むことはよくありません.

人間と他の動物との違いについて考えてみるとき,例えば,社会に貢献しようなどということを禽獣が思うでしょうか.大いなる自然の体系の一要素として貢献することを生まれながらにして運命的に定められていますが,自発的にそのような生き方を選んでいるのではありません.善く生きようなどということを禽獣が思うでしょうか.思えないでしょう.だとすれば,そういうことが人間らしく生きることではないでしょうか.

自分の強みを活かせる分野で社会に貢献しよう.そういう大志を抱くことが,まさに人間のあるべき姿なのかもしれません.

私は,自分の強みを活かせる分野として,教育と研究を選びました.教育と研究を通して社会貢献することを決意しました.だから今,大学で教壇に立つとともに,社会に役立つ研究にも精力的に取り組んでいます.小中高等学校ではなく,研究所でもなく,大学にいるのは,教育と研究の双方を為すためです.そのような道を選べたこと,選んだ道を歩めることに対して大変感謝しています.そうなるには多くの方々の支援が必要でした.然るべき時に然るべき人に支えられて今があります.

自分の一生をかけて歩む道を定めたなら,自分の為すべきことを明らかにするために,そして実際に為すべきことを為せるようになるために,多くのことを学ばなければならないでしょう.これが勉強する理由であり,読書する理由です.

もちろん,個人的な楽しみのためにする読書もあるでしょう.しかし,読書は,したくないならしなくてもよいという類のものではありません.小さくとも社会に貢献しようと志すなら,そのための読書が必要になるでしょう.人間としていかに生きるべきかという問題を真剣に考えたならば,そういう結論に至らないでしょうか.いや,至らないのかもしれません.それでも,人間としていかに生きるべきかという問題を真剣に考えることには,それ自体に意味があると思います.

読書は単に知識を得るためにするのでもありません.知識が増えれば善く生きられるでしょうか.そうではなさそうです.心を充実させる必要があるように思います.肉体を充実させるために,私達は食事をします.運動もします.必要な食事を取らないと病気になってしまいます.では,人間の心はどうでしょうか.普段から,心の健康を促進するために,心を成長させるために,意識して良い栄養を取っていますか.心を働かせていますか.目に見えないために,心に栄養が必要であることを,ほとんど無視してしまっていないでしょうか.良書を読むことで心は養われます.流行の小説やハウツウ本ではありません.人間のあるべき姿を教えてくれる,そのような書物を読むことで心が養われます.偉人の伝記でも良いでしょう.人類史に残る古典・名著でも良いでしょう.手にとって興味を持てるものからで構いませんから,是非,読書をして下さい.

入学後の3ヶ月間に10冊以上本を読んだ人は1割いるかどうかでした.3冊(1冊/月)以下の人がほとんどで,0冊という人も多いようです.数が多ければよいというわけではありませんが,ジャンルはともかく全く読書をしないというのでは,心が痩せ衰え,活力を失っているのではないかと心配になります.一年間で目標50冊と書きながら,実績が0冊の人も複数いました.折角立てた目標ですから,是非実現して下さい.良書を50冊,いや10冊でも読めば,人生がこれまでとは違って見えてくると思います.騙されたと思ってでも何でも構いませんから,読書してみてはいかがですか.

ほとんどの人は,体育会やサークル,アルバイトを決めたようです.最初の講義で述べたとおり,色々な人と交わり,様々な経験をすることは大切だと思います.工業化学科の学生だけでなく,他学部,他大学の学生とも知り合い,さらに年代の異なる人達とも交わるとよいでしょう.そして,様々な経験をする中で,自分の強みを見付けて下さい.自分に与えられた能力を探して下さい.強みを見付けることができたなら,それを伸ばして,活かして下さい.生き甲斐のある人生を送るために,強みに集中して下さい.弱いところで頑張ろうなんて思わず,弱いところは助けてもらえばよいのです.

自分から積極的に生きるようになると,次々と出会いが訪れると思います.その縁を大切にして下さい.機会は訪れるべくして訪れるようです.自分は機会に恵まれないと逆ギレするようでは恥ずかしいと思います.

人生の夢に,幸せになることと答えてくれた人がいます.私としても,是非,幸せになって欲しいのですが,幸せって何でしょうか.「何不自由ない生活」ではないことは既に犬猫の話で確認しました.お金持ちになることでもないでしょう.お金に人生を壊される人は少なくありません.幸せの正体がわからないのに,幸せになりたいと願ってみても,決して実現するはずがありません.

出世や金儲けを夢だと答えてくれた人達も,幸せになりたいのだと思います.幸せを具体的にしたものが,会社での高い地位やお金を持つことだったのだと思います.でも,会社での高い地位やお金を持つことが,幸せそのものでしょうか.そうではなさそうです.では,幸せになるための手段が出世や金儲けだとして,なぜ出世や金儲けで幸せになれるのでしょうか.もっと掘り下げて考えてみる必要がありそうです.

なぜ大学生をしているのか.なぜを繰り返して,その根源的な理由を問う設問がありました.その意味が理解できなかった人もいたようですが,どうでしょうか,設問の意図が理解できてきましたか.

自分が一生をかけて歩むと決めた道を切り開いていくために,大学生として勉強すると決めたのであれば,全力で勉強するほかありません.一生をかける覚悟があるのですから,中途半端な態度にはなりえないでしょう.大志を抱かないと,そういう覚悟ができません.勉強にも仕事にも身が入りません.試験前に詰めこみ,期限前にやっつける.そんなことになってしまい,どうしても努力が長続きしません.

大学生になると人生の可能性が広がると考えている人もいるようですが,必ずしもそうとは言えません.とても広い,何もない部屋で,あなたが椅子に座って壁を見ているとします.大きな壁が目の前に広がっています.それが,あなたの可能性です.両手を顔の左右に添えて,視野を徐々に狭くしてみましょう.見える壁の範囲が小さくなっていきます.つまり,視野が狭くなると,可能性が小さくなるわけです.では,椅子を壁に近づけましょう.どんどん近づけてみて下さい.見える壁の範囲がどんどん小さくなります.椅子の位置は時間です.壁までの距離は,人生に残された時間です.

可能性を広げるためには,視野を広くする必要があります.先に,自分から積極的に生きることで訪れる縁を大切にして欲しいと述べました.きっと,人や本との出会いが人生の可能性を広げてくれることでしょう.そして,時が経てば,自然と可能性が狭まることを自覚しないといけません.

大学生になれば人生の可能性が広がるという考えの甘さがわかるでしょうか.自分と似たような友達とだけ付き合い,享楽のために時間を費やせば,人生の可能性は凄い勢いで小さくなっていきます.このことを自覚するとき,もはや無為に過ごすことはできないと思うのです.

幸せになりたいという自然な気持ちを掘り下げて考えてもよいでしょう.人間はなぜ人間なのかという哲学的な問いから迫ってもよいでしょう.本を読むのでも,人に聞くのでもよいでしょう.どのような方法でも構いませんから,自分の生きるべき道を求めてみませんか.そういうことができることこそが,まさに人間の特権ではありませんか.

これが私から皆さんへの最後のメッセージです.自分自身が人生の主役であることを意識して,大学生活を送ってもらえたらと思っています.

メッセージを終えるにあたり,演習の感想に書いてもらった質問に答えておきます.

「空をぼんやり眺める人とじっくり本を読む人とどちらがいい人生と呼べるのでしょうか」と書いてくれた人がいました.空だけに限りません.自然を眺め,その美しさに驚き,人間として生きていることの素晴らしさに想いを馳せ,感謝することは素晴らしいことです.また,じっくりと良書を読み,自分らしく生きられる力を身に付けていくことも大切です.私は,良書を読むことを心掛けると共に,自然を眺める余裕も大切にしたいと思います.どちらの人生がいいかを断じることで私がよりよく生きられるようになるとは思いません.

「マイペースな人とてきぱきしている人どっちが得なのでしょうか」と書いてくれた人がいました.申し訳ありませんが,「得」の意味がわかりませんでした.「楽して儲ける」という意味でしょうか.そうだとすると,私にとっては,どちらが得かを判断することに意味はありません.楽して儲けることで私の人生が素晴らしいものになるとは思えませんし,判断を誰かに伝えることがその人の役に立つとも思えません.さらに言えば,大志を抱き,自分の道を歩む人にとって,マイペースというのは,自分に与えられた能力をもって何事にも一生懸命に取り組むことになるでしょう.それは,てきぱきとしていることと同じように思えます.ですから,二つを比較することの意味が見出せません.なお,「マイペース」が「ダラダラと無為に過ごす」という意味で使われているなら,得かどうかは知りませんが,そういう人になりたいとは思いません.

基礎情報処理演習の担当教員として皆さんに会うことはもうありません.それでも,化学プロセス工学コースを選択したり,さらにプロセスシステム工学研究室を志望したりする人達とは今後も会いますね.それぞれの大切な選択に際して,自分の進むべき道が思い描けているならば,何も迷うことはありません.有意義な大学生活を満喫して下さい.

縁があれば,一生付き合うことにもなるでしょう.そこまで考えなくても,何か私で役に立てることがあれば,いつでもメールを送って下さい.電話で捕まえるのは超困難ですが,メールなら大丈夫ですので.

いつも通りのメッセージにするつもりが,小論文みたいになってしまいましたね.最後まで読んでもらって,ありがとう.何か参考になることを見付けてもらえれば嬉しいです.

補足

メッセージにおいて読書を勧めていますので,その責任上,いくつか本も紹介しておきます.これまでに私が読んだ少数の本の中からの推薦ですので,ベストである自信はありません.それでも,あまり読書したことがない学生諸君にとっては,参考になるでしょう.様々な観点から本を推薦することができますが,ここでは,大学に進学し,人生の基盤を形作る大切な時期に差し掛かった皆さんに読んで欲しい本を挙げておきます.

まず,このメッセージを読んでもピンと来なかったという人で,出世や金儲けに興味がある人は,
P.F. ドラッカー,「ドラッカーの遺言」,講談社
を読むとよいでしょう.ドラッカー氏は経営学の始祖とも言われ,ビジネスの世界では世界で最も有名な一人です.ビジネスの世界で名を挙げるために必要なことを,本書から学べるでしょう.

ドラッカー氏の考えに共鳴できたなら,その著作をさらに紐解くとよいでしょう.例えば,
P.F. ドラッカー,「経営者の条件」,ダイヤモンド社
も名著として知られています.なお,本書でいう経営者とは,いわゆる社長だけではなく,組織において意志決定を行う知識労働者を指します.ですから,経営に興味がなくても,研究者や技術者として成果をあげたい人は誰でも読んでおくとよいでしょう.

もっと手軽な本をということであれば,
北尾吉孝,「何のために働くのか」,致知出版社
を勧めます.北尾氏はSBIホールディングス代表取締役CEOですから,出世や金儲けに興味がある人なら,読んでみたくなる著者と書名ではないでしょうか.

上記「何のために働くのか」において,北尾氏が尊敬する人物として挙げているのが,安岡正篤氏です.安岡氏は東洋思想家ですが,吉田茂以降,日本の歴代総理大臣の指南役として,政財界に大きな影響を与えた人物です.その安岡氏が,どのように生きるべきかということを,多くの実例を交えながら,わかりやすく説明しているのが,
安岡正篤,「青年の大成」,致知出版社
です.若者向けですので,きっと心に響く言葉が見付かると思います.

逆に,私からのメッセージに素直に頷けたという人で,もっと深く知りたいという人は,
森信三,「修身教授録」,致知出版社
を読むとよいでしょう.感動できると思います.

よい人生を送るという観点では,私達は一人で生きているわけではありませんから,どのように人に接するべきかということも大切な問題です.そこで,
D. カーネギー,「人を動かす」,創元社
を勧めます.人を味方にし,友を増やし,心豊かな人生を送るために,どのように人に接するべきかという人心掌握の原則が,豊富な具体例とともに書かれています.

ここまでにしておきます.これらの本をきっかけにして,自分の生き方について考えるようになれば,読むべき本に巡り会うでしょうから.

もちろん,自分の進むべき道が研究者や技術者であるなら,その分野の知識を身に付けるための教科書も徹底的に読んで下さい.試験で点を取ることが大切なのではないことは,もはや明らかですよね.そのために浅薄な知識を身に付けても,どうなるものでもありませんし,そのような重要性を切実に感じられない目標を掲げたところで,真剣に勉強しようと思えるはずもありません.