8月 222009
 

神曲 地獄篇
ダンテ(著),平川祐弘(訳),河出書房新社,2008

人類史上最高の文学作品とも謳われる「神曲」の主人公は,作者のダンテ・アリギエーリ本人である.「神曲」はダンテの旅行記であるが,最初の旅先が地獄であるという点が普通でない.ダンテの旅は,地獄の後,煉獄,そして天国へと続く.本書「神曲 地獄篇」には,このような奇妙な旅をすることになった経緯に始まり,地獄の門をくぐって,地獄の深淵にて悪魔大王(サタン)を見物するところまでが描かれている.

1265年生まれのダンテが地獄へ旅立つことになったのは,西暦1300年の春,ダンテが35歳の時である.旅行記が書けるわけであるから,死んで地獄に行ったわけではなく,生きたまま,地獄を旅したのである.もちろん,地獄は生身の人間が無事に旅することができるような生易しい場所ではない.ダンテを導いたのは,古代ローマの大詩人ウェルギリウスである.ダンテはウェルギリウスを師と仰ぎ,その助けを得て,永劫の責め苦にあう亡者たちと出会いながら,2人で地獄の谷を降りて行く.

地獄は9つの圏谷(たに)に分かれており,地底の奥深くに進むほど,重い罪を犯した亡者が因果応報の原則により罰せられている.当然ながら,9番目の圏谷の,さらに最奥に,悪魔大王(サタン)がいる.そこはユダの国ジュデッカと呼ばれ,キリストを裏切ったユダと,カエサルを殺したブルトゥス(ブルータス)とカシウスの3人が悪魔大王(サタン)に噛み砕かれている.

「神曲 地獄篇」は,確かに興味深い.ダンテの話の進め方が上手く,比喩も巧みなだけでなく,中世のキリスト教信者の地獄観がわかる.古典で堅苦しいなんて先入観は捨てて,とにかく一度読んでみたらいい.意外にも面白いと感じられるだろう.

「神曲」によって,ダンテを正義の人と判断する向きもあるようだが,キリストの教えを守るという観点からは,この「神曲」の作者は失格ではないだろうか.というのは,古代の人から同時代の人までを含めて,あまりに多くの人を,作者の独断で地獄に落として裁いているからだ.聖書には「人を裁くな.あなたが裁かれないためである.」とある.このマタイ伝にある言葉を聞いたことがある人も多いだろう.ところが,本書「神曲 地獄篇」において,ダンテは人を裁きまくっている.気にくわない人は片っ端から地獄に落として永劫の責め苦を与えている.そんなことをして許されるのか,というのが率直な読後感想だ.第7歌の訳註に紹介されている西田幾多郎の指摘はもっともだと思う.ただ,そう言う私も人を裁いているわけで,「人を裁くな.あなたが裁かれないためである.」は私が守るのが最も難しいと感じている警句の1つである.

ちなみに,本書の日本語タイトルである「神曲」は,森鴎外が訳したアンデルセンの「即興詩人」の中で,本書が「神曲」と題して紹介されたことに始まるらしい.「神曲」は”La Divina Commedia”(神々しい喜劇)の巧妙な訳であるが,ダンテ・アリギエーリの手による原著タイトルは単に”Commedia”(喜劇)だったそうだ.このような事柄も含めて,本書には多くの訳註が付されており,これも大変参考になる.

目次

  • 第一歌から第三十四歌まで
  • 解説: ダンテは良心的な詩人か
  • 解説: 「喜劇」という名の大叙事詩