9月 062009
 

ひめゆりの塔をめぐる人々の手記
仲宗根政善, 角川書店, 1995

来週は研究室旅行で沖縄に行く.沖縄旅行の準備として防水デジタルカメラを購入したのは,「防水デジタルカメラ評価/比較: CANON PowerShot D10購入」に書いたとおりである.しかし,沖縄旅行の準備はそれだけではない.初めてとなる沖縄では,ひめゆりの塔と資料館を訪れたいので,行く前に,本書「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」を読み終える.

凄惨きわまりない.

10代の女の子たちが引率教師に従い,学徒隊として従軍し,兵士らの看護の任にあたる.米軍が沖縄本島へ上陸する前後のことだから,もはや日本の敗戦は決定的であったはずだが,艦隊に特攻機や人間魚雷という信じがたい手段で対抗するなか,それでも皇軍の勝利を堅く信じて,懸命に与えられた責任を果たす少女たち.

砲弾の飛び交う中,まさに決死の覚悟で,兵士を看護し,伝令に走り,水をくみ,食事の準備をする.しかし,米軍の攻撃は激しさを増し,戦火に追われ,陸軍病院を捨て,壕から壕へと移る生活を余儀なくされる.学友の戦死も多くなり,もはや傷ついた兵士を救うどころか,自分たちが生き抜くことができるかすらわからない.

従軍してから3ヶ月もたたないうちに,軍からひめゆり学徒隊へ解散命令が出される.もはや軍が軍としての機能を果たさなくなり,少女たちは敵軍が包囲する野に解き放たれた.水も食料も尽き,生への執着と決して捕虜にはなるまいという死の決意との狭間でもがき苦しみながら,いたるところに転がる無数の屍,そこに群がるハエやウジ虫,重傷を負って死ぬに死ねない人々,そして絶えることのない砲弾の雨のなかで,希望はついえようとしている.

そして6月19日,第三外科隊の壕にガス弾が投下され,学徒を含め100人を超える人々が殺された.「私の上には兵隊の屍がのしかかっていた.屍にはウジがわき,腐った肉を蚕食する音がはっきり聞きとれた...神谷さんがまだ手をしっかり握っていた.ゆり動かしても返事がない.よく見ると神谷さんの頭はなかった...」と,奇跡的に生還した女性が綴っている.第三外科隊の壕があった場所に,戦後,ひめゆりの塔は建立された.

その惨劇から数日のうちに,ひめゆり学徒隊と引率教師の幾人かは戦死し,幾人かは自決し,幾人かは捕虜となった.さらに,ひめゆり学徒隊のなかには終戦後まで身を隠し続けて生き延びた人もいる.

本書「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」は,捕虜となった引率教師の一人が,奇蹟的に生き残った生徒たちの手記を集め,自分の体験とともに真実の記録として残そうとしたものである.国防や改憲について浮ついた議論をする前に,まずこれを読めと言いたい.日本は太平洋戦争でなんという大きな犠牲を払ったことか.生き残った方々の苦悩に想いを馳せつつ,ただただ亡くなった方々の冥福を祈りたい.

目次

  • 陸軍病院の日々
  • 戦火に追われて
  • 死の解散命令
  • 浄魂を抱いて
  • ひめゆりの塔の記