9月 152009
 

沖縄県平和祈念資料館を見学した後,いよいよ,今回の沖縄旅行で最も訪れたい場所,ひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館を目指す.

ひめゆり平和祈念資料館には駐車場がないが,近隣のお土産屋を無料駐車場として利用できるので,そこに車を止めさせてもらう.ひめゆりの塔がある敷地の入口には,献花の売店があり,繁盛していた.

敷地内に入ると,正面に記念碑のようなものが見える.その周囲は木柵で囲われており,手前に献花台がある.沖縄戦に学徒隊として従軍し,戦死あるいは自決せざるをえなかった少女たちに,多くの花が手向けられている.

ひめゆりの塔があるひめゆり平和祈念資料館@沖縄
ひめゆりの塔があるひめゆり平和祈念資料館@沖縄

記念碑の手前には,澄み渡る青空に向かって大きな穴が口をぽっかりと開けている.これが沖縄陸軍病院第三外科壕だったところだ.その暗い穴の奥底をのぞき込むと,「ひめゆりの塔をめぐる人々の手記」(仲宗根政善, 角川書店)に描写されていた情景がよみがえってくる.

「私の上には兵隊の屍がのしかかっていた.屍にはウジがわき,腐った肉を蚕食する音がはっきり聞きとれた...神谷さんがまだ手をしっかり握っていた.ゆり動かしても返事がない.よく見ると神谷さんの頭はなかった...」

多くのひめゆり学徒隊が戦死した沖縄陸軍病院第三外科壕の跡
多くのひめゆり学徒隊が戦死した沖縄陸軍病院第三外科壕の跡

この沖縄陸軍病院第三外科壕にガス弾が投下されたのは6月19日のことだ.ここで,学徒を含め100名もの人命が失われた.献花台の前で,手を合わせ,黙祷を捧げる.

有名な「ひめゆりの塔」は,沖縄陸軍病院第三外科壕の脇に建てられている.小さく簡素な石碑であり,もしかすると気付かぬ人がいるかもしれない.

ひめゆりの塔@沖縄
ひめゆりの塔@沖縄

左手の小道をゆくと,ひめゆり平和祈念資料館がある.非常に立派な沖縄県平和祈念資料館と比べると,ひめゆり平和祈念資料館はいかにも素朴な平屋建てである.

ひめゆり平和祈念資料館@沖縄
ひめゆり平和祈念資料館@沖縄

入館料300円を払って中へ入ると,美しい花が咲き乱れる中庭が目に飛び込んでくる.その中庭を取り囲むようにして,5つの展示室と,平和への広場,多目的ホールがある.

第1展示室は「ひめゆりの青春」.

「ひめゆり」の愛称で親しまれていた沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校。 1930年代から、長引く戦争により学園は次第に軍事化されていきます。夢見る年頃のごく普通の明るい青春を戦時色に塗りかえた「戦争と教育」。その過程を展示しています。 1945年3月23日ついに米軍の沖縄上陸作戦開始。学園から240名が戦場へ動員されました。

第2展示室は「ひめゆりの戦場」.

動員された240名が看護要員として配置されたのは南風原の沖縄陸軍病院。ありの巣のように堀りめぐらされた横穴の壕に二段ベッドが置かれただけの施設でした。病院壕のジオラマと元ひめゆり学徒隊の生存者の証言によって、戦場でのひめゆり学徒や、負傷兵の実態を明らかにします。 40年後に発掘された医療器具や生徒が戦場に携えていった品々をエピソードとともに展示しています。

第3展示室は「解散命令と死の彷徨」.

米軍が間近にせまった1945年6月18日夜、「解散命令」が出され、生徒たちは米軍の包囲する戦場に放り出されます。「解散命令」後の数日間で、100余名のひめゆり学徒が死亡しました。この時の悲劇を、米軍のフィルムと生存者の証言で伝えます。

第4展示室は「鎮魂」.

ここは沖縄戦で亡くなったひめゆり学徒と教師の鎮魂の空間です。壁面にかけられた200余名の犠牲者の遺影は、一人ひとりの生きた証です。 生存者の証言本を読むことができるほか、ガス弾攻撃によって多くの犠牲者がでた伊原第三外科壕(ひめゆりの洞くつ)が実物大で再現されています。

第5展示室は「回想」.

四季の色とりどりの花園が窓に広がります。これまでの展示を回想し、来館者の皆様の思いを記していただく空間です。

ひめゆりの塔を訪れたのであれば,「ひめゆり」の由来くらいは知っておかなくてはなるまい.

沖縄師範学校女子部と沖縄県立第一高等女学校には、それぞれ校友会誌があり、一高女は「乙姫」、師範は「白百合」と名づけられていました。両校が併置された際、校友会誌もひとつになり、両方の名前を合わせて「姫百合」と名づけられました。ひらがなで「ひめゆり」と使うようになったのは戦後です。

この由来も含めて,ひめゆり平和祈念資料館のウェブサイトには,「ひめゆりを学ぶ」というコーナーが設けられており,ひめゆり学徒隊について詳しく解説されている.一読をお勧めしたい.

関係者の尽力により,戦後,ひめゆり学徒隊は沖縄戦の象徴的存在となったが,凄惨な沖縄戦に学徒隊として従軍したのはひめゆり学徒隊だけではない.200名を超えるひめゆり学徒を含め,沖縄戦では合計1998名の学徒が戦死した.一般人の死者は10万人を超え,軍人も含めると20万人以上が沖縄戦で命を落とした.

改めて黙祷を捧げ,ひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館を後にした.

  2 Responses to “ひめゆりの塔とひめゆり平和祈念資料館(研究室沖縄旅行)”

  1. 学校は、デタラメが過ぎます。
    私は、県内の学校に、「阿吽正望先生の『おバカ教育の構造』を読まれましたでしょうか」と、お電話を差し上げています。
    脅迫電話ではありません。読書を薦めているのです。
    立派な先生方が、石で打たれたり、顔に本を投げつけられたりしたら、とても気の毒ですものね!
    「『おバカ教育』は、おやめになってください。」「テスト教育は、よしましょうね。」と、やさしい声でお願いする上品な母親、それが私です。
    デタラメな教育を許しては置けません。「『おバカ教育』の構造」(阿吽正望著 日新報道社)を読まない教員は、即刻クビにすべきです

  2. さて,この「怒る母」のような人を見掛けたとき,共感してあげるのがよいか,見て見ぬ振りをするのがよいか,優しく諭してあげるのがよいか,激しく批判してあげるのがよいか,どうだろう.

    恐らく,モンスターペアレンツの一味であろうことは察しがつく.批判されると逆ギレするタイプだろう.正論を吐くのが常に正しいとは限らない.正しい行動が伴ってこそ,はじめて正しいと言える.モンスターペアレンツの言い分にも理はあるだろうから,まずは話を聞いてあげるゆとりが必要だろう.ただ,それを孤軍奮闘する教員に押し付けるのは制度的に間違っていると思う.

    人に注意を与えたいときに,「サンドイッチ」という方法がある.人は批判されるのを嫌い,批判するのを好む生物だから,いきなり批判してはいけない.まず,良いところを褒めてあげる.それから,悪い点を指摘する.決して感情的になってはいけない.そして,最後は,その人に期待していることを述べる.本題である批判を,耳障りのよい言葉でサンドイッチにするわけだ.

    以下,返信例.

    そうですよね.最近の学校はデタラメが過ぎますよね.お薦めの本のタイトルにもあるように,構造的な問題があるのでしょう.良くしようと頑張られる先生がおられても,個人ではどうにもならないこともあるのでしょう.親がしっかりしないといけませんね.モンスターペアレンツとかが社会的に問題になる昨今ですが,内でも外でも優しく上品な母親がいると思えば慰められます.そこに自分への厳しさが加わると,さらに良いですね.学校のデタラメが過ぎるとしても,あちこちのブログに関係ないコメントを書き込むと,その書き込みを批判する人もいるでしょう.良いことを言っておられるのだから,然るべきところで主張されるのがよいと思いますよ.

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