10月 182009
 

ソクラテスの弁明・クリトン
プラトン (著),三嶋輝夫 (訳),田中享英 (訳),講談社,1998

プラトン「ソクラテスの弁明」

国家の信じない神々を導入し,また青少年を堕落させたという罪で告発されたソクラテスが,その裁判で行った弁明を,プラトンがまとめたもの.この裁判において,投票が2度行われた.ソクラテスの最初の弁明の後に行われた投票で,有罪が確定し,続く弁明の後に行われた投票で,死刑が確定した.最後に,有罪に投票した人達と無罪に投票した人達とにソクラテスが語りかけ,ソクラテスの弁明は終わる.

この弁明は衝撃的だ.ニーチェの「この人を見よ」にも衝撃を受けたが,そんな感覚だ.自分は神によって最も知恵のある者と認められたのだと告白しているのだから.この弁明においてソクラテスは,一切の言い訳をしていない.そればかりか,自分は裁判にかけられるような悪いことをしていないだけでなく,賞賛されるべき良いことをしているのだと言い切っている.裁判官の心証は悪かったことだろう.そのため,死刑になったのだろう.ソクラテスは死ぬことを全く恐れず,善く生きることのみを貫いた.それだからこそ,その名を人類史に残すことになった.

プラトンの「ソクラテスの弁明」において,ソクラテスは次のように語っている.

私は自分が知らないことについては,それを知っていると思ってもいないという点で,知恵があるように思われたのです.

死を恐れることは,実は知者ではないのに知者であると思いこむこと以外の何ものでもないからです.

知らないことを知っていると思いこんでいることが,どうして無知,それも最も恥ずべき無知でないことがありましょう.

有名な「無知の知」だ.では,ソクラテスはその生涯において何を為したのか.

だれか知恵があると私が思う者があれば,神に従って探し出しては問いただしているわけなのです.そして知恵があると私に見えない時にはいつでも,神のお手伝いをして,その人が実は知者ではないということを明らかにしているのです.

皆さんの一人一人に対して,自分が最も優れた思慮に満ちた人間となるように自分そのもののあり方に配慮するよりも前に,自分に付随するような利益を顧慮することがないように,また国家そのもののあり方に関心を寄せるよりも先に現にある国家の利益を図ることのないように,さらにはそれ以外のことに対してもそれと同様の仕方で配慮すべきであると説得することに私は務めてきたのです.

この後,ソクラテスの死刑が評決される.

プラトン「クリトン」

裁判でソクラテスに死刑の判決が言い渡された後,獄中のソクラテスに友人のクリトンが会いに来る.ソクラテスを脱獄させることに同意するよう,ソクラテスを説得するためだ.今日明日中にも死刑が執行されるかもしれないという切迫した状況において,クリトンが最後の説得を試みる.ソクラテスは次のように答える.

ぼくたちはよく考察してみなければならない.そういった行動をなすべきか,それともなすべきではないかということを.というのも,これは今に始まったことではなくていつもそうだったことだが,ぼくという人間は,ぼくの中にある他の何ものにも従わず,ただ論理的に考えてみていちばんよいと思われる言論にのみ従う,そういう人間なのだ.だから,前にぼくが言っていた言論を,今になって,こういう運命がやってきたからといって放棄することは,ぼくにはできない.

こうして,ソクラテスとクリトンとの対話,問答が始まる.人の意見には尊重すべきものとそうすべきではないものとがある.この言論は正しいか.これが最初の問いだ.

しばらくの対話によって,大衆の意見ではなく,真理が大切であることが確認された後,ソクラテスは問いかける.

いちばん大事にしなければならないのは生きることではなくて,よく生きることだ,という言論はどうだろう.これは依然として動かないだろうか,それともどうだろうか.

この後,ソクラテスが他国へ逃れるという行為を,擬人化された国家や国法がどのように見なすかという議論になる.最終的に,ソクラテスに対して国家と国法はこう告げる.

とにかく,お前が私たちの説得よりもクリトンの説得に従い,かれの言うとおりのことをするということは,あってはならない.

これがソクラテスの結論だ.この結論に対して打ち勝てるかと尋ねられたクリトンは答える.

いや,ソクラテス,言うことはない.

こうして脱獄を是としなかったソクラテスは死ぬことになる.明らかに不当な判決であったとしても,国法を破り,国家に背くことを許さなかった.正義を貫くことにおいて,ソクラテスには例外はなかった.凄い生き方だ.

「ソクラテスの弁明」と「クリトン」が対として扱われる理由がよくわかる.この2つを読むことで,ソクラテスの生き様がより明らかになる.

クセノポン「ソクラテスの弁明」

ソクラテスの弟子とされるクセノポンが,ソクラテスが弁明ならびに人生の終わり方についてどのように思索したかを書き残したもので,プラトンの「ソクラテスの弁明」とは異なる観点からソクラテスを知ることができる.ソクラテスの言葉を引用しておこう.

神様にもぼくがもう生を終えたほうがよいと思われるということを,はたしてきみはびっくりするようなことだと思うのかね.今にいたるまで,ぼくはだれに対しても,その人がぼくよりも善く生きたということは認めたことがないということをきみは知らないのかね.というのもまさにこのこと,つまり自分が全人生にわたって敬虔に正しく生きてきたことを自覚しているということこそ,いちばん心楽しいことだからだ.

ソクラテスを告発したメレトスが,若者たちを親よりもあなたに従うようにさせたとしてソクラテスを非難すると,健康については人々は両親よりも医者に従うことなどを指摘した上で,ソクラテスはこう答えた.

それでは,つぎのこともまた驚くべきことだとはきみには思われないかね.つまり,これ以外の行いに関しては,最も有能な者は平等な分け前にあずかるだけでなく,さらに顕彰されもするというのに,ぼくはと言えば,人間にとって最大の善,すなわち教育に関して最も優れているとある人々によって評価されているという,まさにその事実のゆえに,きみによって死刑を求められているとはね.

裁判が終わった後,つまり死刑の判決が言い渡された後,退場する前にソクラテスは次のように言った.

また私にはわかっているのですが,きたるべき時代と過ぎ去った時代の両方によって,まさに私のためにつぎのような証言がなされることでしょう.すなわち,私は一度として人に不正を加えたこともなければ,前より邪悪にしたこともなく,私と対話を交わす者たちに対して,私が与えることのできる有益なことをただで教えることによって恩恵を与え続けたという証言が.

最後に,クセノポンはこう記している.

もし徳を得ようと務めている人々のうちに,だれかソクラテスよりも有益な人物と交際したことがある人がいるとするならば,私はその人物を最も幸福な人と呼ぶにふさわしい人と見なすのである.

正真正銘,ソクラテスは善く生きたのだろう.プラトンの「ソクラテスの弁明」と「クリトン」,そしてクセノポンの「ソクラテスの弁明」.古典中の古典であり,数千年にわたって読み継がれているだけのことはある.

目次

  • ソクラテスの弁明
  • クリトン
  • 関連資料
  • クセノポン「ソクラテスの弁明」

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