11月 012009
 

日本国内の大学院の講義を英語にすべきかどうか.

ここでは,工学系の大学院,それも研究においてトップクラスの大学院に限定して考える.このように限定すれば,ケースバイケースということにはならないだろうからだ.

京都大学の場合,一部は英語での講義が提供されているが,一部でしかない.ほとんどは日本語での講義だ.一方,工学系の研究成果は,学術雑誌や国際会議において英語で発表される.もちろん,日本語での発表もあるが,その重要性は極めて低い.英語で情報収集/情報発信できない人へのサービス/機会提供とか,学位を取るための論文数稼ぎとか,そういう面での価値はあるとしても,研究者の世界で国際的に評価されることはありえない.誰も読まないのだから当然だ.

このような現実を踏まえた上で,日本国内の大学院の講義を英語にすべきかどうかを,きちんと考える必要がある.

今回は問いの設定のみにして,今後,事実と私見を述べていくことにする.

11月 012009
 

民主党が自民党に代わって政権をとり,マスコミの偉そうな批判もあたりまえとなってきた.利権なんかも含めて,妥当性のない慣習が意味もなくはびこるので,政権交代はあったほうがよい.ただ,奇妙なのは,小選挙区で落選した大御所が,比例区で復活当選しておきながら,さも当然のように偉そうにしていることだ.高齢化社会の実態が透けて見える.若手を犠牲にしてでも利権を守る老人が跋扈する社会.そんな社会の将来はどのようなものか.

民主党政権になって,何が影響が大きいかと言えば,マニフェストの個別事項がどうこうよりも,やはり,補正予算見直しだろう.もちろん,大学への影響も避けられない.

まず,よく指摘されることだが,再確認しておきたい.それは,先進国において,日本ほど,国家として教育に投資していない国はないということだ.教育予算の対GDP比で比較されることが多いが,日本は他の先進国に比べて,圧倒的に教育投資比率が低い.国家の価値観として,教育は優先順位が低いということだ.その,ただでさえ少ない教育投資が毎年さらに削られているのが昨今の日本だ.そこには,米百俵の精神なんて全く見られない.

教育投資が削減されると何が起こるか.2年前に「国立大学倒産に向けて」に書いたことだが,少ない予算の奪い合いを文部科学省が大学に強いる結果,大学運営に必要な基礎的資金である運営費交付金が増加する大学と減少する大学とに2極化する.財務省の試算によると,増加する大学は旧帝大を中心とする13法人(15%),減少する大学は地方大学を中心とする74法人(75%)とされる.

しかし,これまでは大学が全体として獲得する予算は必ずしも減少しているわけではなかった.それは,運営費交付金は削減されても,競争的資金という名の研究費が増額されたからだ.例えば,21世紀COEプログラムとその後継のグローバルCOEプログラムというのがあり,拠点校には年間数億円が援助されてきた.Center Of Excellenceという格好良い名前のプログラムだが,有効活用されているかどうかは怪しい.ともかく,その名の通り,富めるものはますます富み,貧しいものはますます貧しくなることを是とした政策だ.勝ち組と負け組の明暗をハッキリさせたがる世相を反映させた制度ともいえよう.

さて,話を戻して,民主党政権による補正予算見直しが大学に及ぼす影響についてだが,いくつかの事業停止が既に通達されている.例えば,先述の競争的資金という名の研究費については,科研費の一部が平成22年度から募集停止となった.また,日本学術振興会による研究者の海外派遣も平成22年度から公募停止となった.民主党にとっての優先順位からすれば,科学技術なんてどうでも良さそうなので,さらに科学技術予算や高等教育予算は削減される可能性もあるだろう.

予算を削減されることの影響はもちろん大きく,崩壊していく大学も少なからず発生するだろうが,全体としての問題は,むしろ資金を有効に活用できるような制度になっているかどうかだろう.出来レースの公募ばかりやってないで,将来を見据える必要がある.研究も大切だが,根本の教育をどうするのかという問題もある.ところが,ここで思い出されるのは,日本に蔓延している社会的体質だ.若手を犠牲にしてでも利権を守る老人が跋扈する社会.日本の将来を真剣に考えないといけないね.