11月 182009
 

悪童日記
アゴタ・クリストフ(著),Agota Kristof (原著),堀茂樹(訳),早川書房,2001

戦争を題材とした実に興味深い作品だ.小学生の双子が共同で書いた日記という設定になっており,彼らが見たもの・聞いたもの・匂ったもの・食べたもの・行ったことなどが簡潔に書き留められている.感じたこと・思ったことは一つも書かれていない.この日記に記されているのは真実のみだ.

ぼくらには,きわめて単純なルールがある.作文の内容は真実でなければならない,というルールだ.

日記は,「ぼくら」が「おかあさん」に連れられて,「大きな町」から「おばあちゃん」のいる「小さな町」に疎開してくるところから始まる.おばあちゃんはぼくらを牝犬の子と呼び,罵り,虐げる.ぼくらはまだ小さいが,戦時下に生き抜いていくために,貪欲に必要な能力を身に付けていく.お互いに殴り合って痛みに耐えられるようにし,断食の練習をして飢えに耐えられようにする.その他,不動の術の練習,乞食の練習など,とにかく徹底している.とりわけ感心させられるのは,極めて熱心に学習することだ.日記をつけるのも学習の一環だ.母国語はもちろん,辞書を使って外国語まで習得してしてしまう.大人たちが商店で食べ物を奪い合うのを横目に,文房具屋で学習のための百科事典,ノート,鉛筆を奪う.そこまで徹底している.このように書くと,とても真面目な子供たちという印象を受けるかもしれないが,どうしても必要であれば人を殺しもする.死に対して平然としていられるようになるために,動物を使っての殺しの練習も怠らない.ぼくらの中では,倫理は完結しているのだろう.飢えで死にそうな隣人を助けるために,司祭をゆすりもするが,必要以上のお金は決して受け取らない.どうしても必要かどうか.これがぼくらの行動の基準になっている.

敢えて時代や場所は特定されていないが,ぼくらが疎開してきたのは,オーストリアとの国境に近いハンガリーの田舎町だ.疎開してきたときには,ドイツの支配下にあり,おばあちゃんの家にはドイツ軍の将校が住んでいた.日記の後半では,ユダヤ人の強制収容所送りや大量虐殺が書き留められている.しかし,そこでも感情は一切吐露されていない.真実のみが記されている.そして,その後,「解放者たち」としてロシア軍が進駐してくる.町はドイツの支配から解放されるが,それと同時に,ロシアの支配下に入る.ユダヤ人は虐殺されないが,あらゆるものが略奪され,女は強姦され,捕虜はシベリアへ送り込まれ,反体制派は密告により抹殺され,解放の現実が突きつけられる.

戦後しばらくして,行方知れずだった「おとうさん」がおばあちゃんの家を訪ねてくる.おかあさんを探しに来たのだ.その数年後,おとうさんが再訪してきたときのエピソードで,この日記は終わっている.その結末は衝撃的だ.言葉を失うとともに,残忍なまでに抜け目のないぼくらの未来に一体何があるのかと,頭がグルグル回転する.

続編も読もうかな.