1月 152010
 

低炭素エコノミー―温暖化対策目標と国民負担
茅陽一,永田豊,秋元圭吾,日本経済新聞出版社,2008

「不都合な真実」(アル・ゴア,ランダムハウス講談社)が衝撃をもって迎えられ,地球環境問題はもはや待ったなしの状況にあるという認識が国際的に共有されている.そのような状況下にあって,本書「低炭素エコノミー」は,地球温暖化対策に要する費用に焦点を合わせ,現実的な目標を掲げることの重要性を訴えている.

本書は,温暖化抑制を実現するためにどの程度の努力がいるのか,またどの程度のコストがかかるのか,をできる限りきちんと評価し,バランスのとれた抑制目標の設定の重要性を読者に理解してもらうことを目標として書いた.

地球温暖化抑制に関して,EUは積極的な提案を行い,日本でも最近の首相が大胆な目標を示している.地球を愛する我々としては,人類は一致団結して環境を守るべきだと思う.しかし,各種原理主義が非常識で手に負えないように,あまりに理想主義的な環境保護目標も厄介なものであるかもしれない.この点について,本書では以下のように指摘されている.

大気温度の上昇を産業革命以前の自然のレベルにくらべて2度以内に抑える,というEUの提案は,世界的にも広く知られており,環境団体の多くはこれを支持しているのだが,その実現にはとてつもない努力を必要とする.

それを実現するシナリオを調べてみると,21世紀の後半にはエネルギーの大部分をバイオマスに転換し,これを消費するときに発生するCO2をすべて地中貯留で処理して,大気中のCO2濃度を下げることになっている.現在のエネルギーの8割以上が化石燃料であること,地中貯留はまだ世界の数カ所でしか実施されておらず,今後拡大するとしても安全性を十分に考慮しながら推進すべきとされていること,などを考えると,このシナリオはほとんどSFとしかいいようがない.

では,そのSF的な対策を講じるためにはどれほどの負担が必要になるのだろうか.本書では,大規模な定量モデルを用いて,主要な温暖化物質である二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するために必要となる費用を算出した結果が示されている.

世界の削減費用最小で(CO2の)世界排出量を半減する場合,先進国の削減費用は一人当たり年間8万円程度,途上国は3万円程度となる.(中略)これは年間の負担額であって,毎年負担し続ける必要がある.しかもこれは,想定した技術進展がすべてうまくいって,加えて国際社会が完全に一致してもっとも理想的に削減できた場合の費用である.現実には,もっと大きな負担が必要と考えなければならない.

途上国で一人当たり年間3万円の負担は無理だろう.GDPが日本よりも遙かに小さい国々についてであるから,負担感は我々にとっての3万円どころではない.途上国が先進国に対して責任を果たせと要求するのも頷ける.日本についてはどうだろうか.日本で大胆なCO2排出量削減を実現するために,どれほどのコストを我々は負担する必要があるだろうか.このことについては,以下のようなデータが示されている.

全くありえないような話になるが,仮に1990年比で40%削減を国内対策のみで実施しようとすれば,理想的に算定しても年間13兆円ほどの費用負担が発生する.

ここでの試算はすべて,他国もこれとほぼ等しい限界削減費用に相当する削減目標を受けるという条件での話である.さきにみてきたように,他国の削減費用は日本よりも安価であるから,たとえば日本が1990年比25%減を行うのであれば,他国は1990年比25%減を大幅に上回る削減目標を受けた場合である.

逆に,削減目標は先進国一律で1990年比25%というような状況では,日本の削減費用は大幅に高いため,日本のエネルギー多消費産業は海外に移転せざるを得なくなる.そうなってしまうと,産業や雇用,税収の喪失という形でさらに大きな負担を負うことになる.

現在までの国際的な議論を見てきて不安に感じるのは,最後の点だ.つまり,既に世界トップの省エネを実現している日本において,日本よりも省エネ化で劣る国々と同等のCO2排出量削減を達成しようとすれば,しかもその削減が大胆なものであればあるほど,日本の負担は相対的に莫大なものとなる.もちろん地球温暖化対策は大切であるが,日本の製造業が壊滅してしまうようなシナリオを後生に残すわけにもいかないだろう.そうでなくとも,莫大な財政赤字を残すことは確実なのだから.

多大な地球温暖化対策コストを課されれば,エネルギー多消費産業は国際競争力を失うため,海外に出て行く.これは日本にとってだけの問題ではない.海外に移転したエネルギー多消費産業は,地球温暖化対策コストが低い国で,CO2を排出し続ける.つまり,世界的に見れば,地球温暖化対策の効果が発揮されないことになる.これでは何のための地球温暖化対策なのかわからない.

環境税の導入についても同様の問題が指摘されている.

環境税は世界各国で同じ率のものを導入できれば,国際競争力の低下を緩和するための減免措置を導入する必要がなく,もっとも効率的に機能する.しかし,環境税を導入する国としない国があり,導入する国がおしなべて輸出産業に減免措置を設けてしまうと,環境税によってCO2の削減が最も期待できる製造業での削減が大きく損なわれてしまうのである.

このように,無暗に地球温暖化対策を講じても実効性はない.効果的な地球温暖化対策はどのようなものであるかを科学的に明らかにし,国際政治に反映させる努力が必要であろう.当然,本書が指摘しているような費用対効果の観点も疎かにしてはならない.ただ,本書の議論は,莫大な対策コストに怯み,あまりにも後ろ向きになっているようにも思える.科学技術立国を標榜する日本であるならば,この状況を利用して,国際社会における日本のプレゼンスを高める方策を追求して然るべきだろう.

いや,科学技術予算を闇雲に削ってしまうような見境のない政府与党の下では無理か...

目次

本書のポイント

温暖化問題への対応姿勢

  • 温暖化対応の基本姿勢
  • 温室効果ガス排出抑制目標とその評価

温暖化抑制方策とそのコスト評価

  • 日本の温暖化抑制目標は達成できるか
  • 温暖化対策にとの程度のコストが必要か

経済的手段による温暖化抑制効果 −専門的分析−

  • 経済的手段による温暖化抑制シミュレーション