3月 172010
 

これも,「人生論」(デール・カーネギー,創元社)に引用されていた文章だが,1人の父親として心を打たれる.

父は忘れる by リヴィングストン・ラーネッド

坊や,きいておくれ.お前は小さな手に頬をのせ,汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて,安らかに眠っているね.お父さんは,ひとりで,こっそりお前の部屋にやってきた.今しがたまで,お父さんは書斎で新聞を読んでいたが,急に,息苦しい悔恨の念にせまられた.罪の意識にさいなまれてお前のそばへやってきたのだ.

お父さんは考えた.これまでわたしはお前にずいぶんつらく当たっていたのだ.お前が学校へ行く支度をしている最中に,タオルで顔をちょっとなでただけだといって,叱った.靴を磨かないからといって,叱りつけた.また,持ち物を床の上に放り投げたといっては,どなりつけた.

今朝も食事中に小言を言った.食物をこぼすとか,丸呑みにするとか,テーブルに肘をつくとか,パンにバターをつけすぎるとかいって,叱りつけた.それから,お前は遊びに出かけるし,お父さんは停車場へ行くので,一緒に家を出たが,別れるとき,おまえは振り返って手を振りながら,「お父さん,行っていらっしゃい!」といった.すると,お父さんは,顔をしかめて,「胸を張りなさい!」といった.

同じようなことがまた夕方に繰り返された.わたしは帰ってくると,お前は地面に膝をついて,ビー玉で遊んでいた.長靴下は膝のところが穴だらけになっていた.お父さんはお前を家へ追いかえし,友達の前で恥をかかせた.「靴下は高いのだ.お前が自分で金をもうけて買うんだったら,もっと大切にするはずだ!」−−これが,お父さんの口から出た言葉だから,われながら情けない!

それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいる時,お前は,悲しげな目つきをして,おずおずと部屋に入ってきたね.うるさそうにわたしが目をあげると,お前は,入口のところで,ためらった.「何の用だ」とわたしがどなると,お前は何もいわずに,さっとわたしのそばに駆け寄ってきた.両の手をわたしの首に巻きつけて,わたしに接吻した.お前の小さな両腕には,神さまがうえつけてくださった愛情がこもっていた.どんなにないがしろにされても,決して枯れることのない愛情だ.やがて,お前は,ばたばたと足音をたてて,二階の部屋へ行ってしまった.

ところが,坊や,そのすぐ後で,お父さんは突然なんともいえない不安におそわれ,手にしていた新聞を思わず取り落としたのだ.何という習慣に,お父さんは,取りつかれていたのだろう! 叱ってばかりいる習慣−まだほんの子供にすぎないお前に,お父さんは何ということをしてきたのだろう!
決してお前を愛していないわけではない.お父さんは,まだ年端もゆかないお前に,無理なことを期待しすぎていたのだ.お前を大人と同列に考えていたのだ.

お前の中には,善良な,立派な,真実なものがいっぱいある.お前の優しい心根は,ちょうど,山の向こうからひろがってくるあけぼのを見るようだ.お前がこのお父さんにとびつき,お休みの接吻をした時,そのことが,お父さんにははっきりわかった.ほかのことは問題ではない.お父さんは,お前に詫びたくて,こうしてひざまずいているのだ.

お父さんとしては,これが,せめてものつぐないだ.昼間にこういうことを話しても,お前にはわかるまい.だが,明日からは,きっと,よいお父さんになってみせる.お前と仲よしになって,一緒に遊んだり悲しんだりしよう.小言を言いたくなったら舌をかもう.そして,お前が子供だということを常に忘れないようにしよう.

お父さんはお前を一人前の人間とみなしていたようだ.こうして,あどけない寝顔を見ていると,やはりお前はまだ赤ちゃんだ.昨日も,お母さんに抱っこされて,肩にもたれかかっていたではないか.お父さんの注文が多すぎたのだ.