4月 062010
 

なぜ理系は馬鹿にされるのか?

「それは,教養がないから.哲学も,歴史も,文学も,何も知らないから.」

その真偽はさておき,プロセスシステム工学研究室のある卒業生が学生にメッセージを寄せてくれた.彼が読んだ本の一節なのだが,大変気に入ったので,ここに引用させてもらおう.私は不勉強でまだ読んではいないが,「経営戦略を問いなおす」(三品和広,筑摩書房)からだ.

学生時代にしかできないこと、それは一般教養を体系的に身につけることです。英語ではリベラル・アーツ、すなわち自由人にふさわしい教養と言いますが、具体的には、語学、文学、自然科学、哲学、歴史などを含むとされています。

(中略)

会社の中で重要な意思決定を委ねられる人となると、大学を出てから二〇年以上の熟年者ばかりです。経験を通して身につけられる事柄は、誰しも身につけています。実務知識や専門知識で大きな差がつく状況にはありません。差がつくとしたら、二〇年以上も前に身につけた一般教養の深さだけではないでしょうか。しかも、それが勝負のポイントとなるのです。見えない未来に向かって、時代の趨勢を読み、世界の動向を捉え、技術と市場の進化を予見し、大きな投資判断をするとなると、求められるのは専門知識の深さではありません。実務能力の確かさでもありません。視野の広さこそ、モノを言うのです。まさに歴史観や世界観、そして人間観が問われます。それこそシェークスピアの出番です。

問われるのがオセロかマクベスかは知らないが,歴史観や世界観,そして人間観が問われるというのは,まさにその通りに違いない.

2008年4月の「研究室に配属された学生へのメッセージ」にも書いたが,教養のない奴に重要な意思決定など任せられない.それは情けない政治屋を見ていれば明らかだろう.安岡正篤の指摘を再掲しておく.

現代人の一般的缺陥(けっかん)は,あまりに雑書を読み,雑学になって,愛読書,座右の書,私淑する人を持たない.一様に雑駁・横着になっている.自由だ,民主だということを誤解して,己をもって足れりとして,人に心から学ぼうとしない.これは大成するのに,最も禁物であります.

安岡正篤,「青年の大成―青年は是の如く」

桜も美しい新年度.心機一転できる良い機会でもある.今年度の目標を掲げてみよう.

  4 Responses to “教養は必要か?ある卒業生からのメッセージ”

  1. 私のしごと館検索から飛んで来ました。

    そもそも、教養の定義は何でしょうか。

  2. 広辞苑第五版によれば:
    単なる学殖・多識とは異なり,一定の文化理想を体得し,それによって個人が身につけた創造的な理解力や知識.その内容は時代や民族の文化理念の変遷に応じて異なる.「―のある人」「―を高める」「人文主義的―」

    おさえておくべきは,「雑学 ≠ 教養」であるということと,時代や民族により異なるということだと思います.恐らく,教養のない人は,教養とはこういうものだと説明されても,理解できない.理解できる素養をもった人が教養人.

  3. 綾紫です。

    教養について考え始めると、矛盾にたどり着きます。

    「経営戦略を問いなおす」では、教養を重要な意思決定に必要なものとして、要するに結局は実用的な知識の一種として解釈していますが、教養≠How to 物とするとこうした発想は成立しないのではないか、と考えた次第です。

    >恐らく,教養のない人は,教養とはこういうものだと説明されても,理解できない.理解できる素養をもった人が教養人.

    とあるので私は教養の無い人ですが、突然の質問にご回答頂き、ありがとうございました。

  4. 綾紫さん,指摘されている点は,矛盾ではないと思います.

    教養は重要な意思決定に必要なものである.
     ↓
    教養は実用的な知識の一種である.
     ↓
    教養はHow to物である.
     ↓
    「教養≠How to物」という考えに矛盾する.

    というのが綾紫さんの思考の流れですが,教養は重要な意思決定に必要なものであるとは言っても,状況Aの下では行動Xをとるべきであり,状況Bの下では行動Yをとるべきであるという類の知識ではないことは明らかです.ところで,How to物の知識というのは,まさにこのような知識です.要するに,マニュアルです.

    教養に歴史が数えられるのも,未来を洞察するためには過去を知るべきであるからでしょうが,歴史は繰り返すと言っても,全く同じ状況が出現するわけではありません.その時代,その場所に応じた解釈や判断が必要とされるのは当然で,マニュアルに従えば十分とはならないでしょう.

    教養は確かに意思決定に役立つものですが,こうしなさいと教えてくれるものではなく,自分でものを考えるときの土台になるものだと思います.

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

    もう一点.自称教養人で本当の教養人はいないと思います.ソクラテスを引き合いに出すまでもないでしょう.

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