4月 092010
 

昨日から新学期が始まり,いきなり,担当する基礎情報処理演習の講義もあった.

基礎情報処理演習というのは,情報リテラシーを身に付けることを目的とした科目で,要するにパソコンやソフトの使い方を教える演習科目だ.京都大学工学部工業化学科の新入生約250人の半分を担当する.大学一回生の春というのは,人生において,かなり重要な時期だと思う.もちろん,どの大学に進学するか,どの学部に所属するか,ということも重要だろうが,それよりもむしろ,どのような人生を目指すかを自分で考えるべき時期という意味で大切である.大学入試までは,親であったり,学校の先生であったり,塾や予備校の先生であったり,彼らが敷いてくれたレールの上を進んでいればよかったわけだが,大学生にもなれば自分で考えなければならないし,これからの時間の使い方が人生を大きく左右するからだ.

そのような大切な時期を迎えた大学新入生に,彼らが大学の実態に触れて向学心を失ってしまう前に,何らかのメッセージを伝えておく必要がある.それをしないようであれば,自分が大学教員として存在している価値はない.そんな想いで,今年もメッセージを送った.もちろん,第1回目の講義から,あまりにも濃いメッセージを送ることは控えて,いかにも新入生向けの軽い,だが重要なメッセージだ.

いつものように,ここに要点をメモしておこう.

  • 体育会,クラブ,サークル,何でもいい.何かに所属して交友関係を拡げろ.すぐに動け.
  • 社会経験&学費+遊興費稼ぎのアルバイトもしたらいい.ただし,自分の生き様を意識して,そのメリットとデメリットを分析しろ.月数万円の小銭に目が眩んで,大学時代に自己投資をしない(自分の能力を磨かない)ようではダメだ.
  • 雑学じゃない,教養を身に付けろ.本を読め.くだらない本ではなく,古典や良書を読め.教養のない理系なんて,社会に出て馬鹿にされるだけだ.
  • 京大なんて極東の一大学にすぎない.視野を広げて,世界を見ろ.相手は世界だ.

なお,私が講義においてメッセージを伝えるという行為をするとき,いつも念頭にあるのは,マックス・ウェーバー(Max Weber)の次の言葉だ.

彼の批判者ではなく彼の傾聴者にだけ面して立つ教室では,予言者や煽動家としての彼は沈黙し,これにかわって教師としての彼が語るのでなければならない.もし教師たる者がこうした事情,つまり学生たちが定められた課程を修了するためには彼の講義に出席しなければならないということや,また教室には批判者の目を持って彼に対する何人もいないということなどを利用して,それが教師の使命であるにもかかわらず,自分の知識や学問上の経験を聴講者らに役立たせる代わりに,自分の政治的見解を彼らに押し付けようとしたならば,私はそれは教師として無責任きわまることだと思う.

「職業としての学問」,マックス・ウェーバー(Max Weber),岩波書店,1993

これは常に弁えておかなければならない.そうでないなら,私塾でも起こすべきだろう.

新入生が素晴らしい大学生活を満喫できますように.

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