5月 302010
 

「なんとかランキング」というのは,ゴシップ好きな大衆の注目を集め,話のネタを提供するのには実に有意義な代物だ.もちろん,大学にもランキングがある.ただ,「東洋経済の本当に強い大学ランキングは本当に意味のある大学ランキングか」に書いた通り,おおよそ意味のあるランキングだとは思えない.それでも,ランキングが公表されてしまえば,それが一人歩きしてしまうので無視もできない.

研究力を評価する指標として代表的なのは論文数だ.インターネットを徘徊していると,「論文数が多い大学は優秀」という暴言が目立つ.研究者の数で規格化されているのかとか,研究資金で規格化されているのかとか,そういうところに目が向かないのが嘆かわしい.研究者が多いマンモス大学なら,論文数は多くて当然であって,凄くも何ともない.被引用数も同じだ.比較するためには,公平な評価基準を用いなければならない.

こういう指摘は,誰でもできるし,誰もがしている.しかし,そんな指摘は無意味だ.負け犬の遠吠えでしかない.文句があるなら,まともなランキングを示してみろということだ.だから,ここに独自の大学ランキングを示す.

研究生産性で評価する日本の大学ランキング

量より質が大切だ!とはよく言われることだ.それなのに,どうして研究成果が量だけで,つまり論文数や被引用数だけで評価されるのか.全く不思議だ.ただ,質の評価が極めて難しいのは確かであり,私が質を評価できるわけでもない.

そこで,ここでは,研究の生産性に着目した大学ランキングを作成する.具体的には,学術論文が1回引用されるのに使用した研究費,学術論文を1報書くのに使用した研究費を評価指標として,大学ランキングを作成する.これが最良の指標とは言わないが,研究の生産性や効率性を評価する指標にはなっており,馬鹿みたいに論文数だけで評価するよりは遙かにましだろう.

私が独自に作成した,研究効率を基準とした大学ランキングがこれだ!

順位
大学名
世界
順位
被引用数
[回]
論文数
[報]
研究費
[億円]
論文
単価
[万円]
被引用
単価
[万円]
1 千葉大学 311 148,811 12,659 18.3034 145 12.3
2 金沢大学 396 108,928 9,374 14.5891 156 13.4
3 岡山大学 343 130,575 13,558 18.2988 135 14.0
4 大阪大学 37 628,365 44,707 91.3258 204 14.5
5 筑波大学 231 197,384 17,911 30.2963 169 15.3
6 広島大学 298 155,650 16,356 24.3704 149 15.7
7 東京工業大学 171 255,204 24,825 43.1963 174 16.9
8 九州大学 124 312,666 29,457 54.8825 186 17.6
9 京都大学 31 732,732 52,735 131.8299 250 18.0
10 東京大学 11 1,041,057 71,838 187.5031 261 18.0
11 名古屋大学 110 338,129 28,093 61.7893 220 18.3
12 北海道大学 146 284,189 28,809 56.1070 195 19.7
13 東北大学 65 473,014 42,509 96.8776 228 20.5
14 神戸大学 356 124,372 11,832 25.8906 219 20.8
  • 順位: 研究生産性(学術論文が1回引用されるのに必要な研究費)に基づいた順位.ただし,世界順位が400位以内の日本の国立大学のみを対象としている.
  • 世界順位: トムソン・ロイター(米国ニューヨーク)が2010年4月に発表した「論文の引用動向による日本の研究機関ランキング」における世界順位.1999〜2009年の10年間を対象としている.
  • 被引用数: トムソン・ロイター(米国ニューヨーク)が2010年4月に発表した「論文の引用動向による日本の研究機関ランキング」における被引用数.1999〜2009年の10年間を対象としている.
  • 論文数: トムソン・ロイター(米国ニューヨーク)が2010年4月に発表した「論文の引用動向による日本の研究機関ランキング」における論文数.1999〜2009年の10年間を対象としている.
  • 研究費: 東洋経済新報社が2008年10月に発表した「本当に強い大学ランキング」に記載された科学研究費補助金.文科省08年度採択(新規採択+継続分)の速報ベース(2008年4月発表).
  • 論文単価: =研究費/(論文数/10)
  • 被引用単価: =研究費/(被引用数/10)

大学の研究生産性ランキングからわかること

第一に,天下の東京大学はたかが日本国内10位にすぎないということ.投入される莫大な研究資金(断トツで第一位)を効率的に使用しているとは言えないということ.

第二に,京都大学は東京大学と大差ないということ.

第三に,地方大学の健闘が素晴らしいということ.世界順位400位以下も含めてランキングをしなおせば,東京大学や京都大学はランク圏外に出てしまうのではないかということ.

第四に,神戸大学や東北大学の生産性の低さが目立つということ.

研究の生産性を上げろとはよく言われることだが,生産性を上げるためには,何がボトルネック(阻害要因)になっているのかを見極めなければならない.ここで示した大学ランキングを見ていると,研究資金がボトルネックではないという仮説が説得力を持つように思われる.つまり,東大や京大に今以上に研究資金を注ぎ込んだところで,生産性はそれほど向上しないと推測される.

もちろん,ここで用いたのは各大学を一括してまとめたデータであり,学部の構成や研究者個人の能力のバラツキなどは一切考慮されていない.このため,この研究生産性ランキングを鵜呑みにしてはいけない.しかし,そうではあっても,示唆を与える内容を含むのも確かだ.

話のネタにどうぞ.

異論・反論も大歓迎ですが,データを示して下さいね.感情論を言っても仕方がないので.

ちなみに,私のスタンスは「論文数なんて糞食らえ!」です.一人の研究者が一年間に書ける論文の数を制限しろと言いたいくらいに.

5月 292010
 

人類は科学技術を発展させて,自分たちが目にする世界の仕組みを理解し,物質的に豊かな世界を作り出した.地球上には,ますます便利なものが溢れ,お金さえ出せば大概のモノは手に入るようになった.経済的発展を実現することができた日本人は,西洋諸国と共に,その豊かさを享受している.

ところが,そんな金持ち日本人が手に入れていないものがある.時間だ.

現代文明の礎が築かれた古代ギリシアには,よく考える人達がいた.ソクラテス,プラトン,アリストテレスなどの哲学者がその代表格だろう.彼らには時間があった.余暇があった.いつの世でも,哲学者は決まって余暇の重要性を説く.アリストテレスしかり,ショーペンハウエルしかり.古代ギリシアの哲学者たちには,どうして十分な余暇があったのだろうか.現代人は仕事で忙殺されているというのに...

答えは勿論,奴隷制度だ.倫理学の始祖であるアリストテレスも,奴隷を使うのは当然と思っている.そればかりか,奴隷のような精神を持つな,人間らしくあれと言い放っている.2000年後に生きている我々からすれば,一体どんな倫理やねん!と思わなくもない.

ともかく,古代ギリシアに限らず,奴隷の犠牲の上に文明が築かれた.やらなければならない労働を奴隷が担うことで,市民は余暇を持つことができた.

科学技術を発展させた人類は,その労働を機械に肩代わりさせることで,奴隷を解放しつつ,余暇を手に入れることができたのではないのか.もっと身近なところで言えば,冷蔵庫や洗濯機や炊飯器などの普及により,女性の家事負担は激減し,女性は余暇を手に入れた.それなのに,これだけ科学技術が発展した現代に,どうして,ほとんどの人が貧困にあえいでいるのだろうか.ゆとりのない生活を強いられているのだろうか.なにか根本的に間違ってきたのだろう.それを考えることなしに,幸福な人類の未来などありはしないし,まともな教育もできはしない.

5月 292010
 

先日,直接的PID制御パラメータ調整法E-FRITのMATLABプログラムを一般公開しました.早速,いろいろな質問や要望が送られてきたのですが,その質疑応答も含めて,E-FRITに関する情報を集積・公開する場所が必要だと感じ,「直接的PID調整法 E-FRIT 公式サイト」を作成・公開しました.

URL: http://e-frit.chase-dream.com/

制御技術者の方々に活用していただければ幸いです.

“E-FRIT”って何?

Extended Fictitious Reference Iterative Tuning の略称です.イーフリットと呼びます.

E-FRITは,プラントモデルを構築することなく,日常的に取得されている閉ループデータ(フィードバック制御下での運転データ)から直接的に最適な PID制御パラメータを決定できる手法です.モデル構築の手間を省き,手軽かつ迅速に高性能なPID制御パラメータ調整を行いたいという産業界のニーズに答えるために開発されました.既に,複数の企業においてE-FRITの適用事例があり,制御性能改善および操業コスト削減に大きな成果をあげたと報告されています.

5月 282010
 

一生モノの勉強法―京大理系人気教授の戦略とノウハウ
鎌田浩毅,東洋経済新報社,2009

勉強ができる人の勉強法を知るのは非常に役立つ.最終的には,自分オリジナルの方法を実践し続けなければならないが,試行錯誤のみに頼るのではなく,勉強の達人の秘訣を学べば,より早く自分オリジナルの方法を確立できるようになるだろう.このような観点で勉強指南書を読んだことがない人は,本書「一生モノの勉強法」を1冊目に選んでも良いと思う.時間,整理,読書,人脈など様々な観点を網羅しており,読みやすいので,読書慣れしていなくても大丈夫だ.大いに参考になるだろう.

私も本書「一生モノの勉強法」から色々と学んだが,書かれている勉強法については目新しいものはなかった.そもそも,勉強法は既に身に付けているのだから.では,なぜ,本書を読むことにしたかというと,それは,著者が「京大理系人気教授」らしいから.大学教授,しかも京都大学の教授として,本を沢山書き,テレビにも出て,勉強法を指南している人がどのような人物であるか,どのような人生戦略を持っているかを窺い知るためだ.勉強法を学ぶためではない.

一度,鎌田教授の講義に潜り込みに行くつもりだ.百聞は一見に如かず.

目次

  • 面白くてためになる「戦略的」な勉強法とは
  • 勉強の時間を作り出すテクニック
  • 効率的に勉強するための情報整理術
  • すべての基本「読む力」をつける方法
  • 理系的試験突破の技術
  • 人から上手に教わると学びが加速する
5月 272010
 

読書の方法について触れたついでに,もう一つ,メモしておこう.本の読み方についてだ.

「本は買いなさい」という勉強法指南書の脅迫に負けず,大量の本を図書館などで借りて読み,その上で必要な本だけを買う.さらに,手元に本を置かずとも,重要と感じた部分はメモするなりスキャンするなりして,パソコンに放り込み,後から検索できるようにしておく.「勉強のために本を買うか,買わないか」に,そういう方法でもよいのではないかと書いた.勉強インフラ(ツール)は確実に進化している.20年前には,Google Desktopのような驚異的な高速検索が自分のノートパソコンで無料でできるとは想像もしていなかった.書庫はAmazon KindleやApple iPadが務めてくれる(まだ課題も多いが).過去の読書法に拘る必要はない.自分に適した方法を自分なりに見付けることが大切だ.

さて,書店で購入した本であれ,図書館で借りてきた本であれ,本は読んで,自分の成長に役立てないと意味がない.紆余曲折を経て行き着いた,私の読み方を紹介しよう.

  1. 本を手に取り,くるりと回して,装丁を見る.人を読む気にさせる装丁とはどのようなものか,と考える.
  2. 奥付の著者紹介を読む.どのような人が執筆したのか,いつ頃書かれたのか,本の背景を知る.
  3. 「まえがき」や「はじめに」を読む.何のために書かれた本であるのか,著者の意図を確認する.
  4. 「目次」を読む.「まえがき」や「はじめに」に書かれた目的を達成するために,著者が何を書いたのか,全体をどのように構成したのかを確認する.
  5. 「あとがき」や「おわりに」を読む.著者による本のまとめや将来の展望が書かれているので,著者が主張したことや主張しきれなかったことを把握する.
  6. もしあれば,「解説」を読む.古典などの場合,訳者等の解説がある.本文以上に充実していることもあり,読むために必要な知識も得られるので,本文よりも解説を先に読む.
  7. 本文を読む.図書館で借りた本なら,決して何も書き込まない.代わりに,何かを感じたら付箋(ポストイット)を貼り付ける.
  8. 読了後,付箋(ポストイット)を貼り付けたところだけを読み返し,重要だと判断したら,パソコンにメモする.重要でなければ,何もしない.
  9. メモを活用しつつ,読書感想を書く.
  10. 読書感想をブログにアップロードする.

おおよそ,こんなところだ.

本を読むのは,通勤のバスの中とバス停.出張時の電車の中と駅のホーム,飛行機の中と空港.自宅ではほとんど読まない.他にしたいことが色々とあるから.ハッキリ言って,読むのは非常に遅い.恐ろしく遅い.このような状況下で,「読書の記録(書評)」に表示される程度のペースで本を読んでいる.年初からの約5ヵ月で32冊.目標の年間100冊には遠く及ばないのが悲しいところだ...

ちなみに,1)読書時間を確保するため,2)運動不足を抑制するため,3)運転で苛々しないため,4)彼女が使えるようにするため,5)環境(資源エネルギー)保全のために,自動車通勤をバス通勤に変えた.通勤時間は約2倍になったが,読書量の増加は顕著であり,帰宅時間のバラツキも非常に小さくなった.一石何鳥だろうか.素晴らしい判断だった.

仮に1日10分だけ今より余計に読書するとしよう.平日だけとしても,10分/日×20日/月×12月/年=2400分/年=40時間/年となる.読書する時間がない?ないのは自分の工夫だろう.

5月 262010
 

「勉強しなければ」と思う人は多いようで,勉強法に関する書籍が溢れている.そんな勉強本の多くが,読書について言及している.どのような本を,どのように読むべきかというようなことが書かれている.さすがに勉強の達人が披露する秘訣だけあって,「なるほど」と感心することも多い.

そんな勉強本に書かれていることで,「必ずしもそうではないよ」と思うことがある.それは,「本は買いなさい」という主張だ.

これまでに,「本は買うな」と書いてある本を読んだ記憶はない.「買わなくてもいい」と書いてある本も読んだ記憶はない.「勉強のためには,お金を惜しまずに,本を買いなさい」と書いてあるものしか記憶にない.

達人たちのこの主張に,加えて達人たちが誇る蔵書の量に,怖じ気づいてしまった人はいないだろうか.

果たして,勉強のために,本は買わないといけないのだろうか.そうだとしたら,なぜ.

本の購入を勧める多くの勉強本で,何が根拠にされていたかを思い出してみると,「身銭を切れば勉強に真剣になる」ということだったと思う.図書館でタダで借りてきても本は読めるが,それでは「元を取ってやろう」という気迫に欠けるため,読書しても効果が低いというわけだ.

しかし,私はそうは思わない.実体験として,購入した本と借りてきた本とで学習効果が違う気は全くしない.結局,勉強法が人それぞれであるように,本を買うべきかどうかも人それぞれである.「元を取ってやろう」という気迫が必要なら買えばいいし,そんなことをしなくても粛々と勉強を進められる人は借りてもいい.大量の本を図書館などで借りて読み,その上で,必要な本だけを買うのもいいだろう.私のスタイルが,これだ.

もちろん,手元に良書があるという利点は重要だ.そう言えば,どこかに書いてあったとか,あの本に書いてあったとか,そういうときに,本が手元にあるというのは心強い.時間の節約にもなる.だから,自宅の蔵書には大いに価値がある.

そうは言っても,本のための空間がない人もいるだろう.買うお金がない人もいるだろう.でも,それを嘆く必要はない.本は図書館で借りてくればいい.重要だと感じたところはメモしてしまえばいい.部分的にスキャンしてしまうという手もある.こうして作成した情報をパソコンに放り込んでおけば,今や一瞬で検索できる.「本は買いなさい」という主張に脅迫される必要はない.

ショウペンハウエルは「読書について」において,人生は短く,時間と力には限りがあるため,良書を読むためには悪書を読んではならないと説いている.買いたくないのに買わない決断ができないなら,こう読み替えよう.良書を買うためには悪書を買ってはならない.ここまで言うと極論か.まあ,いずれにせよ,自分の勉強スタイルを身に付ければいいだけのことだ.

!!!

いや,違う.ここまで書いて,やっと気付いた.ん〜,頭の回転が遅すぎる...

達人たちは自分が書いた本を出版社に売ってもらわないといけない.どうして,「本を買うな」と言えようか.どうして,「本を買わなくていい」と言えようか.あぁ,それだけのことだ...

5月 252010
 

日本文明の謎を解く―21世紀を考えるヒント
竹村公太郎,清流出版,2003

非常に面白い本で,自分のモノの見方を広げるのに役だった.本書「日本文明の謎を解く」の「はじめに」に,竹村公太郎氏はこう書いている.

インフラという登攀ルートから日本人や日本文明という山を目指してみたい.さらに,社会の土台を受け持ちながら批判されっぱなしの公共事業を改めて論考してみたい.

本書「日本文明の謎を解く」は文明論であるが,土木工学科修士課程終了後,建設省(現・国土交通省)に入省し,河川局長まで務めた竹村公太郎氏であるだけに,その考察の土台は社会インフラにある.至る所で,社会インフラの重要性を周知するという使命感が滲み出ている.それでも,ヒステリックに公共事業を擁護するようなことはなく,客観的なデータに基づいて仮説を検証していく.理系ならではの文明論である.

例えば,地球温暖化の原因について,大気温の上昇がこれほど早く海水温を上昇させるはずがないという感覚を手掛かりに,独自にデータを収集・分析し,次のような検討を加えている.発電所では海水を冷却に利用し,温められた排水は海に戻される.そこに着目したわけだ.

毎年毎年,日本の原子力発電所から,利根川の年間総流出量の約7倍の水量が,7℃暖められ海に排出されている!(中略)原子力・火力を合計すると,日本では利根川の年間総流出量の約16倍,世界全体では約173倍の水が,毎年7℃温められて海に排出されている.この全世界の量を熱量で換算すると,年間約12億キロリットルの石油を燃やし,海を暖めている計算となる.

また,日本で大正10年まで増加傾向にあった乳幼児死亡率が,突如として低下に転じた理由を探求し,次のように結論している.

「細菌学者」後藤新平は「シベリアで液体塩素」と出会った.彼は「東京市長」となり,東京水道の現状を目撃した.「政官界で力」を持っていた彼は,陸軍を抑えて軍事機密の液体塩素を民生へ転用することを図った.これらの条件の内,どの条件が欠けていても,大正10年に安全な水の誕生はなかった.日本はこの大正10年に,世界でもまれな長寿文明へ向けてスタートを切った.

一方,海外に目を転じて,ピラミッドの謎にも挑んでいる.ピラミッドは「何のために」建造されたのか.

私は「ピラミッドは,大きな『からみ』であった」と表現する.(中略)ピラミッドという「からみ」の周辺で洪水が澱み,そこで土砂は沈降し堆積していく.そして時間と共に堆積地形は連なり堤防となっていく.(中略)ピラミッドは計画通りの役目を果たした.後年発見された全てのピラミッドは砂に埋まり,堆積土砂は見事に連続した堤防を形成していた.

重要な社会インフラの一つは「道」である.その道については,「ローマ人の物語X −すべての道はローマに通ず−」を引用しつつ,日本の車文明の特異性を,ローマや中国と日本の文化的背景の違いに求めている.

中国から馬車や牛車が入ってきた.その際,車の動力となる馬や牛を去勢する技術も一緒に入ってきた.しかし,日本人は馬や牛の去勢を徹底しなかった.(中略)去勢しない牛を車で使うなどとは危険極まりない.(中略)中世から近世の日本で,車は進化するどころではなかった.逆に,車の動力は「牛」から「人間」に退化してしまっていた.

ローマ人や中国人は,動物を人為的にコントロールした.(中略)これを残酷だという指摘は当たらない.これは倫理の問題ではなく,あくまで文化の問題である.(中略)ローマ人が四頭立ての牛を駆使し,縦横無尽に物資運搬を行えたのは,この動物に対する文化的背景があった.

いずれも非常にユニークな視点と分析であり,とても興味を惹かれた.竹村公太郎氏が本書「日本文明の謎を解く」で強調しているのは,文明を理解するためには,その地域に固有の気象と地理を知らねばならないという点だ.気象と地理が,長い年月をかけて,そこに住む人々の気性を形作るというわけだ.日本人は,日本に特有の気象と地理によって,日本人らしさを身に付けてきた.

私は,日本人の縮み思考の原点は「島と雪によって定期的に閉じ込められたから」という仮説をたてている.

多くの識者が「日本人は確たる原理・原則を持たない」と指弾する.その通りだから誰も反論できない.しかし見方を変えれば,気ままで巨大な力の自然の支配下でしぶとく生きてきた日本人の強靱さの秘密は,この融通無碍な無原則性に潜んでいた.

日本には何でも存在する.存在するものは必ず変質し朽ち果てていく.存在するものは完全ではなく,不完全性を宿命としている.日本人はこの朽ち果てていく不完全なものに意識を凝らし,もののあわれや,わびやさびの独特の世界を作り上げていった.日本人が完璧で誤りのない「絶対」という概念への思いを馳せなかったのは当然であった.

なるほどと感心させられる.ただ,最後に引用した部分には同意しかねた.竹村氏は砂漠に永遠性と無限性を求め,それと日本人の無常観を対比させている.しかし,だから日本人が「絶対」という概念への思いを馳せることが不可能だったとは思えない.プラトンのイデア論は思索によって到達しえたのではなかろうか.

さて,河川局長としてマスコミ対策の前線にも立った竹村公太郎氏は,「第一の権力」として世論を操るマスコミの恐ろしさと重要性を認識した上で,公共事業に対するその動きも見守っている.その一例が諫早干拓だ.「ムツゴロウが殺される!」というやつだ.覚えている人も多いだろう.ところで,散々騒がれた諫早干拓はどうなったのか.

マスコミは逃亡した.とくに東京の全国ネットのマスコミはこのノリ豊作を無視した.一年前,ノリ不作の犯人は諫早干拓だとさんざん国民を煽ったが,このノリ大豊作に対してはほうかむりを通した.

熱しやすく冷めやすいにも程がある.権力に伴う責任というモノを自覚するのは大切なことだ.

ともかく,本書「日本文明の謎を解く」は実に面白い.読む価値大で,お薦めだ.

目次

  • 新・江戸開府物語―なぜ家康は江戸に戻ったか
  • ダ・ビンチの水循環トリック―なぜモナ・リザは永遠の美を獲得したか
  • 間引かれた情報のパワー ―誰が情報を作るのか
  • 女性の進化を目撃した世紀―なにが寿命を伸ばしたか
  • フーバーダムの遊び―なぜカラスは遊ぶのか
  • 地形に救われる日本―本当に海面上昇はあるのか
  • ローマ街道から見る日本―なぜ道路後進国となったのか
  • ローマ衰亡から見る命の水道―なぜ乳幼児の死亡が低下したか
  • 大地を造る知恵―なぜエジプト人はピラミッドを造ったか
  • 閉じこもる日本―なぜ日本人はロボット好きなのか
  • うっとうしい日本列島―なぜ韓国は「恨」なのか
  • 気象が決める気性―なぜ日本人は勤勉で無原則なのか
  • 情報公開は全てのインフラ―何を長良川河口堰から学ぶのか
  • 映像は感動の情報―なぜ説明はむずかしいのか
  • やるせない川―いかにして歴史と文化を失ったのか
5月 242010
 

ニコマコス倫理学
アリストテレス(Aristotelis),朴一功(訳),京都大学学術出版会,2002

人類の倫理学への第一歩となったニコマコス倫理学.アリストテレスの講義録とされる本書が人類の思想に与えた影響は甚大である.

師プラトンの影響を強く受けてはいるが,生を重んじるアリストテレスは魂の不滅性や死後の世界を考慮に入れないため,その主張はソクラテスやプラトンとは随分と異なる.

拷問にかけられたり,大きな不運に見舞われたりしている人であっても,もしその人が善き人であるなら,その人は幸福である,などと主張するような人たちは,その主張が本意であるにせよそうでないにせよ,たわごとを言っているのである.

本書「ニコマコス倫理学」全体を通して同意しかねる点は少なくない.現状を分析し,説明するという態度で書かれており,「えっ,そんなことを認めるの?」と感じる点がある.そういう意味では,天下り的な是認を忌避するという点で,後生の著作は確かに進歩していると感じる.もちろん,著者や読者が人間として優れているかどうかは別問題ではあるが...

善とは何かということを人間は語りうるのだろうか.アリストテレスはこう書いている.

あらゆるものにとって善と思われているものは,実際に善である,とわれわれは主張するからである.しかるにこのような確信を無効にする人は,これ以上に確信しうるものを何かほかに語ることは決してできないであろう.

恐らく,そうであるがゆえに,徹底した論理思考の末に,ウィトゲンシュタインは「論理哲学論考」でこう結論づけたのだろう.

倫理学は超越的である.

倫理が言い表しえぬものであることは明らかである.

そのような倫理について,アリストテレスは何を語ったのか.いくつかを引用しておこう.

金儲けをする人の生活はやむをえず行われるものであり,また富は明らかに,われわれの求めている善ではない.なぜなら富が有用なのは,富以外のことのためだからである.それゆえむしろ,先に述べられた名誉や徳を人は目的とみなすかもしれない.すなわち,名誉や徳はそれら自体のゆえに愛好されるからである.しかし,名誉や徳でさえ目的でないのは,明らかである.

かくして幸福が,究極的で自足的なものであり,行為において追求されるところの目的であることは明らかである.

しかしながら,最も善きものは幸福である,と言明するのは,おそらく一般に意見の一致をみているところであろうが,ここで望まれているのは,さらに幸福が何であるかをより明確に語ることである.

要するに一言でいえば,同じような活動の反復から,人の性格の状態が生まれるのである.(中略)したがって,若い頃からただちにどのように習慣づけられるかは,些細な違いを生むのではなく,きわめて大きな,いやむしろ全面的な違いを生む,と言ってよいであろう.

かくして,正しい行為をすることから正しい人が生まれ,節制ある行為をすることから節制ある人が生まれると言えば適切なのである.そうした行為を行わなければ,だれも善き人になる見込みすらないであろう.しかるに,多くの人々は,このようなことをしないで議論に逃げ込み,議論することが哲学することであり,議論によってすぐれた人間になれるだろうと,そんなふうに思っているけれども,実際には彼らは,まるで医者の言うことには注意深く耳を傾けはするが,処方されたことについては何も実行しない患者と似たり寄ったりのことをしているだけなのである.だから,そのようなやり方で治療を受けても,その患者たちの身体がいっこうに善い状態にならないのと同様,そのようなやり方で哲学をしても,多くの人々の魂のあり方が善くなることはないのである.

低劣な人は,愛すべきところが何もないために,自分自身に対してさえ友好的な状態にはないように思われる.だから,もしこのようなあり方が,あまりにもみじめであるなら,われわれは邪悪を全力で避け,品位ある人間になるよう務めなくてはならない.実際,そのようにしてこそ,われわれは自分自身に対しても,他の人に対しても,友愛関係を結ぶことができ,そして友となることができるであろう.

品位ある人はだれよりも自己を愛する人であると言ってよいが,しかし非難されるたぐいの「自己愛者」とは別種の人であり,両者の異なりの程度は,理性に基づいて生きることと,情念に基づいて生きることとの相違,あるいはまた美しいものを欲求することと,利益になると思われるものを欲求することとの相違に対応している.

知性に基づく生活こそ,まさに最も幸福な生活なのである.

弁論術」もそうだが,ニコマコス倫理学はアリストテレスが自分の考えを綴ったものであり,現代の意味で多くの読者を想定して書かれた書物ではない(2000年以上前に印刷術はない)ため,冗長に思われるところも多く,必ずしも読みやすくはない.また,分析的にじっくり考えるアリストテレスが用いた言葉は,現代の言葉と一対一に対応するわけでないため,言葉の定義に注意して読まないと混乱する.

多くの優れた人々に読まれ,引用されてきた著作であるから,一度読んでみる価値はある.だが,それほど面白い本でもないというのが正直な感想だ.

目次

  • 人生の目的
  • “性格の徳”と中庸説
  • “性格の徳”の構造分析、および勇気と節制
  • その他の“性格の徳”および悪徳
  • 正義と不正
  • 思考の徳と正しい道理
  • 抑制のなさと快楽の本性
  • 友愛
  • 快楽の諸問題と幸福の生
5月 222010
 

一部の方々には大変長らくお待たせしてしまいましたが,日本学術振興会プロセスシステム工学第143委員会ワークショップNo.27で開発した,直接的PID制御パラメータ調整法”E-FRIT (Extended Fictitious Reference Iterative Tuning)”のMATLABプログラムを一般公開いたします.

E-FRITは,プラントモデルを構築することなく,日常的に取得されている閉ループデータ(フィードバック制御下での運転データ)から直接的に最適なPID制御パラメータを決定できる手法です.第143委員会研究会および計測自動制御学会制御部門大会にて,昭和電工の蒸留プロセスおよび出光興産のボイラープロセスにおけるE-FRITの適用事例を報告していますが,それらを含めた様々な検証結果をふまえて,さらにアルゴリズムを改善しました.

ユーザが事前に決定しなければならないパラメータはほとんどありません.運転データ(設定値SV, 制御変数PV, 操作変数MV)と既存コントローラの設定情報があれば,希望する整定時間を与えるだけで,PID制御パラメータが最適化されます.

なお,E-FRITは化学プロセス制御(主な対象は石油化学プロセス)での利用に最適化されています.このため,例えば,PID制御に代えてPI-D制御およびI-PD制御が実装されており,参照モデルには振動のない二項係数標準型を採用しています.さらに,操作変数の変動をできるだけ抑制するような調整がなされています.標準設定で望ましい結果が得られない場合には,適用対象に応じて設定を変更して下さい.

今回一般公開するのは,E-FRITのMATLABプログラムです.ソースファイルを公開しますので,アルゴリズムの詳細を確認していただけます.

E-FRITのMATLABプログラムは,日本学術振興会プロセスシステム工学第143委員会ワークショップNo.27のウェブサイトからダウンロードしていただけます.多くのプロセス制御技術者の方々にE-FRITを活用していただき,その結果を作成者にフィードバックしていただけますことを心より期待しております.

5月 212010
 

しょうもないことだが,いつも目にするたびに気になることがある.それは,社員(組織構成員)が起こした不始末の責任は企業(組織)にあるのか,という疑問だ.もちろん,その企業の業務に関わる不正の場合,企業が糾弾されるのは当然だろう.内部統制はどうなってるんだ?ということになる.

昨日のくだらないニュースに,以下のようなものがあった.

女装し女湯脱衣所に… 防衛省キャリア、侵入容疑で逮捕

asahi.com

犯人が防衛省キャリアだからマスコミにとっては格好のネタだろうが,事件そのものには全く興味がない.気になるのは,この事態を受けての防衛省のコメントだ.

(防衛省)本部人事管理室は「職員が不祥事を起こしたことは誠に遺憾。再発防止のため身上把握に努め、指導教育に努める」としている。

「誠に遺憾」なのはわかる.気になるのは,「再発防止のため身上把握に努め,指導教育に努める」というところだ.

身上把握に務めるといって,具体的に何をするのだろうか.指導教育に努めるといって,具体的に何をするのだろうか.官庁だろうが,企業だろうが,いい年した大人が働いているわけで,誰かが業務とは無関係な個人的な犯罪を犯したときに,構成員の身上把握や指導教育を強化する必要なんてあるのだろうか.まともな職員にとっては,あまりに迷惑な話ではないか.

2010年1月に,日本ブランド戦略研究所が「企業社員による不祥事に対する意識調査」を実施している.その結果によると,「社員の不祥事についてあなたはどのように思いますか」という問いに対して,「基本的には個人の問題であると知りつつ、所属する企業の印象が悪くなるのは避けられない」という回答が78%で最多だったそうだ.

「企業の印象が悪くなる」のは企業にとっては致命傷になりかねないので,そのような事態を回避するために,ありとあらゆる策を講じる必要があるだろう.恐らく,その結果として,謝罪と「再発防止に努めます」という決まり文句が登場することになるのだろう.このような対応をせざるをえないことは理解できる.そうだとすると,問題は,個人が業務に無関係な不祥事を起こしたときに,それが属する組織を袋叩きにしようとする人々にあるのではないか.本当にその組織に責任があり,その組織が謝罪し,その組織が対策を講じる必要があるのだろうか.疑問に思う.

もちろん,社員の社会人としての振る舞いに企業が無関心であることが良いとは考えていない.例えば,伊那食品工業株式会社の社員教育が好例だろう.「リストラなしの「年輪経営」」(塚越寛,光文社)において,「会社は教育機関,経営者は教育者でなければならない,というのが私の持論です」という塚越寛会長が,教育目的は「立派な社会人をつくること」だと述べている.氏がいう立派とは,人に迷惑をかけないということである.さらに,小さな立派は,人に迷惑をかけないこと.中くらいの立派は,少しでも人の役に立つこと.そして,大きな立派は,社会の役に立つことだと書かれている.

その伊那食品工業株式会社において,社員はどのようなことをしているのか.

当社の社員たちは,自ら徹底的に掃除をしているので,掃除に対する目が肥えています.それは,取りも直さず,会社に対する目,社員に対する目,経営者に対する目が肥えているということです.

当社では,社員が素手で,毎日便器を磨きます.

伊那食品工業株式会社の社員の生活態度は,「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司,あさ出版)でも絶賛されている.このような経営者と社員があって,素晴らしい業績が実現されている.

この事例が示すように,経営者が社員を教育することはできる.それは素晴らしいことだと思う.しかし,だからと言って,社員の個人的な不祥事が会社の責任だということにはならないだろう.

なぜ,こんなことが気になるかと言えば,どこかの大学で研究費の不正使用などがあるたびに,しょうもない規則が作られて,どんどん不自由になるからかもしれない.そのうち,大学生に「道徳」の受講が課されるのはもちろん,教職員にも「道徳」の受講が課されるのではないだろうか.あぁ〜,やだやだ.