5月 052010
 

シリーズでお伝えしている「学生に座右の銘を聞いてみた」.いかがでしょうか.ここまでは著名人の言葉を取り上げてきましたが,数名の学生は,身近な人の言葉を挙げてくれました.その1つが「自分の行動の価値を高めなさい」です.尊敬する,バイト先の塾の先生の言葉だそうです.その意味するところも詳しく書いてもらい,なるほどと思いましたが,ここでは詳述しません.

ここで言いたいことは,生きていく中で尊敬できる人物に出会うというのは,本当に素晴らしいということです.

教養は必要か?ある卒業生からのメッセージ」や「研究室に配属された学生へのメッセージ」にも引用しましたが,東洋思想家の安岡正篤氏は,「青年の大成―青年は是の如く」(致知出版社)において,人間として自己を錬成するために必要なものは3つある,寸暇を惜しむこと,私淑する師と良い友人を持つこと,そして,愛読書を持つことだと述べています.

第一に,寸陰を惜しむということです.

その次に心得べきことは,やはり「良き師・良き友」を持つということであります.

平生からおよそ善い物・善い人・真理・善い教・善い書物,何でも善いもの・勝れているもの・尊いものには,できるだけ縁を結んでおくことです.これを勝縁といい,善縁といいます.

なるべく精神的価値の高い,人間的真理を豊かに持っておるような書がよい.

ということは,たえず心にわが理想像を持つ,私淑する人物を持つ,生きた哲学を抱くということであります.これは,我々が人間として生きてゆく上に最も大切なことです.

現代人の一般的缺陥(けっかん)は,あまりに雑書を読み,雑学になって,愛読書,座右の書,私淑する人を持たない.一様に雑駁・横着になっている.自由だ,民主だということを誤解して,己をもって足れりとして,人に心から学ぼうとしない.これは大成するのに,最も禁物であります.

この安岡正篤氏を私淑する師と仰ぐ北尾吉孝氏は,その著「何のために働くのか」(致知出版社)において,次のように書いています.

一所懸命に働けば,その見返りとして人間的に成長できるのです.これこそ仕事の対価です.それとともに,仕事にはもう1つの対価があります.それは「ご縁」というものです.

勝縁,善縁,ご縁.このようなものを疎かにしてはならないわけです.生きていれば,縁はあちこちに転がっていると思います.ただ,人生を意識して生きている人と,そうでない人とでは,縁の感じ方,活かし方に雲泥の差があることでしょう.安岡正篤氏は,「知命と立命―人間学講話」(プレジデント社)において,縁についてさらに次のように述べています.

諸君はこれからだんだん世の中に出て,複雑煩瑣な多忙な世の中に活動してゆかねばならない.よほどこの自主独立の信念・哲学を持たないと,いつの間にか魂は裳抜けの殻,自分というものを失ってしまって,わけのわからぬことになりやすい.よって常にこういう学問を怠らないように,この得難い縁,勝縁というものを大切にして,これを遠い道の因,ありがたき因,勝因として,そして勝果を結ぶよう絶えず心掛けていただきたいと思う.

振り返ると,私は学校の先生には大変恵まれてきたと感じます.こちらに選択権がないだけに,実に有り難いことです.そして,大学で教育と研究に従事している今の私があるのは,大学院修士課程から助手にかけて面倒を見ていただいた恩師のおかげです.そのことについては,「老人の跋扈:若者を大切にしない社会」に書いてありますので,ここでは繰り返し述べませんが.

ともかく,今までに私淑する人物に出会えているなら大変素晴らしいことですし,まだそういう人物がいないということであれば,もっと人生を意識して生きてみましょう.感謝して生きてみましょう.そうすれば,ご縁に気付く,あるいはご縁を引き寄せられることでしょう.