5月 212010
 

しょうもないことだが,いつも目にするたびに気になることがある.それは,社員(組織構成員)が起こした不始末の責任は企業(組織)にあるのか,という疑問だ.もちろん,その企業の業務に関わる不正の場合,企業が糾弾されるのは当然だろう.内部統制はどうなってるんだ?ということになる.

昨日のくだらないニュースに,以下のようなものがあった.

女装し女湯脱衣所に… 防衛省キャリア、侵入容疑で逮捕

asahi.com

犯人が防衛省キャリアだからマスコミにとっては格好のネタだろうが,事件そのものには全く興味がない.気になるのは,この事態を受けての防衛省のコメントだ.

(防衛省)本部人事管理室は「職員が不祥事を起こしたことは誠に遺憾。再発防止のため身上把握に努め、指導教育に努める」としている。

「誠に遺憾」なのはわかる.気になるのは,「再発防止のため身上把握に努め,指導教育に努める」というところだ.

身上把握に務めるといって,具体的に何をするのだろうか.指導教育に努めるといって,具体的に何をするのだろうか.官庁だろうが,企業だろうが,いい年した大人が働いているわけで,誰かが業務とは無関係な個人的な犯罪を犯したときに,構成員の身上把握や指導教育を強化する必要なんてあるのだろうか.まともな職員にとっては,あまりに迷惑な話ではないか.

2010年1月に,日本ブランド戦略研究所が「企業社員による不祥事に対する意識調査」を実施している.その結果によると,「社員の不祥事についてあなたはどのように思いますか」という問いに対して,「基本的には個人の問題であると知りつつ、所属する企業の印象が悪くなるのは避けられない」という回答が78%で最多だったそうだ.

「企業の印象が悪くなる」のは企業にとっては致命傷になりかねないので,そのような事態を回避するために,ありとあらゆる策を講じる必要があるだろう.恐らく,その結果として,謝罪と「再発防止に努めます」という決まり文句が登場することになるのだろう.このような対応をせざるをえないことは理解できる.そうだとすると,問題は,個人が業務に無関係な不祥事を起こしたときに,それが属する組織を袋叩きにしようとする人々にあるのではないか.本当にその組織に責任があり,その組織が謝罪し,その組織が対策を講じる必要があるのだろうか.疑問に思う.

もちろん,社員の社会人としての振る舞いに企業が無関心であることが良いとは考えていない.例えば,伊那食品工業株式会社の社員教育が好例だろう.「リストラなしの「年輪経営」」(塚越寛,光文社)において,「会社は教育機関,経営者は教育者でなければならない,というのが私の持論です」という塚越寛会長が,教育目的は「立派な社会人をつくること」だと述べている.氏がいう立派とは,人に迷惑をかけないということである.さらに,小さな立派は,人に迷惑をかけないこと.中くらいの立派は,少しでも人の役に立つこと.そして,大きな立派は,社会の役に立つことだと書かれている.

その伊那食品工業株式会社において,社員はどのようなことをしているのか.

当社の社員たちは,自ら徹底的に掃除をしているので,掃除に対する目が肥えています.それは,取りも直さず,会社に対する目,社員に対する目,経営者に対する目が肥えているということです.

当社では,社員が素手で,毎日便器を磨きます.

伊那食品工業株式会社の社員の生活態度は,「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司,あさ出版)でも絶賛されている.このような経営者と社員があって,素晴らしい業績が実現されている.

この事例が示すように,経営者が社員を教育することはできる.それは素晴らしいことだと思う.しかし,だからと言って,社員の個人的な不祥事が会社の責任だということにはならないだろう.

なぜ,こんなことが気になるかと言えば,どこかの大学で研究費の不正使用などがあるたびに,しょうもない規則が作られて,どんどん不自由になるからかもしれない.そのうち,大学生に「道徳」の受講が課されるのはもちろん,教職員にも「道徳」の受講が課されるのではないだろうか.あぁ〜,やだやだ.

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