5月 252010
 

日本文明の謎を解く―21世紀を考えるヒント
竹村公太郎,清流出版,2003

非常に面白い本で,自分のモノの見方を広げるのに役だった.本書「日本文明の謎を解く」の「はじめに」に,竹村公太郎氏はこう書いている.

インフラという登攀ルートから日本人や日本文明という山を目指してみたい.さらに,社会の土台を受け持ちながら批判されっぱなしの公共事業を改めて論考してみたい.

本書「日本文明の謎を解く」は文明論であるが,土木工学科修士課程終了後,建設省(現・国土交通省)に入省し,河川局長まで務めた竹村公太郎氏であるだけに,その考察の土台は社会インフラにある.至る所で,社会インフラの重要性を周知するという使命感が滲み出ている.それでも,ヒステリックに公共事業を擁護するようなことはなく,客観的なデータに基づいて仮説を検証していく.理系ならではの文明論である.

例えば,地球温暖化の原因について,大気温の上昇がこれほど早く海水温を上昇させるはずがないという感覚を手掛かりに,独自にデータを収集・分析し,次のような検討を加えている.発電所では海水を冷却に利用し,温められた排水は海に戻される.そこに着目したわけだ.

毎年毎年,日本の原子力発電所から,利根川の年間総流出量の約7倍の水量が,7℃暖められ海に排出されている!(中略)原子力・火力を合計すると,日本では利根川の年間総流出量の約16倍,世界全体では約173倍の水が,毎年7℃温められて海に排出されている.この全世界の量を熱量で換算すると,年間約12億キロリットルの石油を燃やし,海を暖めている計算となる.

また,日本で大正10年まで増加傾向にあった乳幼児死亡率が,突如として低下に転じた理由を探求し,次のように結論している.

「細菌学者」後藤新平は「シベリアで液体塩素」と出会った.彼は「東京市長」となり,東京水道の現状を目撃した.「政官界で力」を持っていた彼は,陸軍を抑えて軍事機密の液体塩素を民生へ転用することを図った.これらの条件の内,どの条件が欠けていても,大正10年に安全な水の誕生はなかった.日本はこの大正10年に,世界でもまれな長寿文明へ向けてスタートを切った.

一方,海外に目を転じて,ピラミッドの謎にも挑んでいる.ピラミッドは「何のために」建造されたのか.

私は「ピラミッドは,大きな『からみ』であった」と表現する.(中略)ピラミッドという「からみ」の周辺で洪水が澱み,そこで土砂は沈降し堆積していく.そして時間と共に堆積地形は連なり堤防となっていく.(中略)ピラミッドは計画通りの役目を果たした.後年発見された全てのピラミッドは砂に埋まり,堆積土砂は見事に連続した堤防を形成していた.

重要な社会インフラの一つは「道」である.その道については,「ローマ人の物語X −すべての道はローマに通ず−」を引用しつつ,日本の車文明の特異性を,ローマや中国と日本の文化的背景の違いに求めている.

中国から馬車や牛車が入ってきた.その際,車の動力となる馬や牛を去勢する技術も一緒に入ってきた.しかし,日本人は馬や牛の去勢を徹底しなかった.(中略)去勢しない牛を車で使うなどとは危険極まりない.(中略)中世から近世の日本で,車は進化するどころではなかった.逆に,車の動力は「牛」から「人間」に退化してしまっていた.

ローマ人や中国人は,動物を人為的にコントロールした.(中略)これを残酷だという指摘は当たらない.これは倫理の問題ではなく,あくまで文化の問題である.(中略)ローマ人が四頭立ての牛を駆使し,縦横無尽に物資運搬を行えたのは,この動物に対する文化的背景があった.

いずれも非常にユニークな視点と分析であり,とても興味を惹かれた.竹村公太郎氏が本書「日本文明の謎を解く」で強調しているのは,文明を理解するためには,その地域に固有の気象と地理を知らねばならないという点だ.気象と地理が,長い年月をかけて,そこに住む人々の気性を形作るというわけだ.日本人は,日本に特有の気象と地理によって,日本人らしさを身に付けてきた.

私は,日本人の縮み思考の原点は「島と雪によって定期的に閉じ込められたから」という仮説をたてている.

多くの識者が「日本人は確たる原理・原則を持たない」と指弾する.その通りだから誰も反論できない.しかし見方を変えれば,気ままで巨大な力の自然の支配下でしぶとく生きてきた日本人の強靱さの秘密は,この融通無碍な無原則性に潜んでいた.

日本には何でも存在する.存在するものは必ず変質し朽ち果てていく.存在するものは完全ではなく,不完全性を宿命としている.日本人はこの朽ち果てていく不完全なものに意識を凝らし,もののあわれや,わびやさびの独特の世界を作り上げていった.日本人が完璧で誤りのない「絶対」という概念への思いを馳せなかったのは当然であった.

なるほどと感心させられる.ただ,最後に引用した部分には同意しかねた.竹村氏は砂漠に永遠性と無限性を求め,それと日本人の無常観を対比させている.しかし,だから日本人が「絶対」という概念への思いを馳せることが不可能だったとは思えない.プラトンのイデア論は思索によって到達しえたのではなかろうか.

さて,河川局長としてマスコミ対策の前線にも立った竹村公太郎氏は,「第一の権力」として世論を操るマスコミの恐ろしさと重要性を認識した上で,公共事業に対するその動きも見守っている.その一例が諫早干拓だ.「ムツゴロウが殺される!」というやつだ.覚えている人も多いだろう.ところで,散々騒がれた諫早干拓はどうなったのか.

マスコミは逃亡した.とくに東京の全国ネットのマスコミはこのノリ豊作を無視した.一年前,ノリ不作の犯人は諫早干拓だとさんざん国民を煽ったが,このノリ大豊作に対してはほうかむりを通した.

熱しやすく冷めやすいにも程がある.権力に伴う責任というモノを自覚するのは大切なことだ.

ともかく,本書「日本文明の謎を解く」は実に面白い.読む価値大で,お薦めだ.

目次

  • 新・江戸開府物語―なぜ家康は江戸に戻ったか
  • ダ・ビンチの水循環トリック―なぜモナ・リザは永遠の美を獲得したか
  • 間引かれた情報のパワー ―誰が情報を作るのか
  • 女性の進化を目撃した世紀―なにが寿命を伸ばしたか
  • フーバーダムの遊び―なぜカラスは遊ぶのか
  • 地形に救われる日本―本当に海面上昇はあるのか
  • ローマ街道から見る日本―なぜ道路後進国となったのか
  • ローマ衰亡から見る命の水道―なぜ乳幼児の死亡が低下したか
  • 大地を造る知恵―なぜエジプト人はピラミッドを造ったか
  • 閉じこもる日本―なぜ日本人はロボット好きなのか
  • うっとうしい日本列島―なぜ韓国は「恨」なのか
  • 気象が決める気性―なぜ日本人は勤勉で無原則なのか
  • 情報公開は全てのインフラ―何を長良川河口堰から学ぶのか
  • 映像は感動の情報―なぜ説明はむずかしいのか
  • やるせない川―いかにして歴史と文化を失ったのか