6月 082010
 

クリシュナムルティの教育原論―心の砂漠化を防ぐために
ジッドウ・クリシュナムルティ(Jiddu Krishnamurti),大野純一(訳),コスモスライブラリー,2007

衝撃を受けた.一教育者として,改めて自分の不明を恥じるばかりだ.自分なんかが教師を名乗っていてよいのかと憂慮せざるをえない.いや,教師の務めを果たすべく,精進するほかないだろう.

本書「クリシュナムルティの教育原論」において,クリシュナムルティは現代の教育を全否定する.それは完全に失敗したと.確かに,科学技術は大いに発展し,先進国では高等教育を受けた人々が贅沢な暮らしを謳歌し,地球を破壊し尽くして余りある兵器を作り出した.しかし,争いや戦争が絶えず,貧困がはびこっている.別に遠い外国に思いを馳せるまでもない.すぐ近くに,悲惨な現実に直面している人達がいる.そのような現実にまるで気付かないかのように振る舞う利己主義な人間を大量生産する教育.そんな教育が正しいはずがない.学校教育だけではない.家庭での教育も,社会での教育も,同じことだ.

そもそも人間はどのように生きるべきなのか.人間が人間らしくあるための自由とは何なのか.

人間が生きるとき,教育が果たすべき役割は何であるのか,教師が果たすべき役割は何であるのか.

「勉強しなさい」と子供に説く親や教師.「良い大学に入りなさい」と子供に説く親や教師.なぜ勉強しないといけないのか.なぜ良い大学に入らないといけないのか.結局,すべては安穏とした人生を手に入れるためではないか.なぜ,安穏とした人生を手に入れたいのか.安定や安心を求める心は,恐怖や不安に突き動かされ,天下り的な社会の規則に自分を縛り付ける.無自覚にせよ,親や教師,なんとか教徒やなんとか民族,そういったものが縛り付けられているのと同じものに,子供たちを縛り付ける.そうしておけば安全だからだ.属する集団や社会から批判されないからだ.それが自由な人間だろうか.そんなわけはない.心が鎖に繋がれた奴隷だろう.現代の教育は,そんな奴隷を量産しているにすぎない.

そのような状態から解放され,真に自由な人間になるためには,まず,自分を縛り付けているものを自覚しなければならない.自分の内面に向き合って,自分が何者であるのかを知らなければならない.自分自身を知れとはそういうことなのだろう.そして,その手助けをするのが教育なのだろう.

クリシュナムルティは,インド独立の前後に,インドのみならず世界中で活躍した宗教家であり,教育者である.数多くの講演や著作を通して,人間の覚醒を促し続けた.さらに,理想とする教育を実現するために,各国に多くの学校を設立してもいる.

本書「クリシュナムルティの教育原論」は,スラスラと読めるような本ではない.巷に溢れる軽薄な教育本や勉強本とは次元が異なる.

目次

  • 教育と人生の意義
  • 正しい教育のあり方
  • 知性、権威、英知
  • 教育と世界平和
  • 学校
  • 親と教師
  • 性と結婚
  • 芸術、美、創造
  • 付録 高度技術文明を超えて―インド工科大学での講話
  • 解説