6月 252010
 

「やりたい研究をやる自由がない」とか,「やりたい研究をやる研究費がない」とか,そういう信念が幸福な研究者になることを自分自身で妨げているのではないか.「幸福な研究者になる条件」で指摘したのは,そういうことだった.もちろん,研究だけでなく,あらゆることについて言える.「能力がないから」,「お金がないから」と言い訳するのが日課になっていないか.そのような人は,そのような現実を引き寄せている.いずれにせよ,結局,そのような人を支配しているのは欠乏感であり,不安や恐怖である.

このことに気付くのは重要だ.なぜなら,不安や恐怖に基づいて生きていると,我々は幸せになれそうにないから.では,この不安や恐怖は一体どこから侵入してきて,心に住み着くようになったのだろうか.

クリシュナムルティの言葉に耳を傾けてみよう.以下,「クリシュナムルティの教育原論―心の砂漠化を防ぐために」より抜粋.

成功がわれわれの目標であるかぎり,われわれは恐怖を免れることはできない.なぜなら,成功願望は必然的に失敗の恐怖を生み出すからである.

安泰でありたい,安全無事でありたいというわれわれの願望の結果である恐怖は,われわれを適合させ,模倣させ,支配に従わせ,ゆえにそれは創造的な生き方を妨げる.創造的に生きることは自由の中で生きることであり,それは恐怖なしにあることである.

あなた方は精神的,感情的,身体的に慰安を求めており,そしてこの慰安への願いから恐怖が起こるのです.精神的慰安を求めるやいなや,あなた方は何の葛藤もない静かな一隅を生の中に確保しようという願いを生み出すのです.あなた方はその閑居から踏み出すことを恐れるようになりますが,しかし生はあなた方が独りきりで閑居していることを許しません.

学校や大学で何が起こっているでしょう? 幼少の頃から家庭で,それから学校で,恐れ−両親へ恐れ,伝統への恐れ,試験に合格しないことへの恐れ,職にありつけないこと等々への恐れ−が教え込まれていることに私たちは気づきます.そのように,幼い頃からずっと,教育の全背景が恐怖なのであり,そして恐怖があるところでは,すべての進取の気象は圧殺されてしまうのです.結局,教育の真の目的は機械を生み出すことではなく,進取の気象を持ち,自分の力で充分に考え,それによって自発的に自己表現できる人々を生み出すことです.

不安や恐怖の原因に気付き,それに対応することは,個人的に大変重要である.しかし,教育に携わる者にとっては,さらに大きな課題になる.