8月 182010
 

生まれてから,今この瞬間に至るまで,我々は実に多くのことを学ぶ.家族や親戚,隣人,先生,友達から,テレビや新聞から,インターネットから.学校での勉強のように,明確に学ぶことを目的として学ぶこともあれば,近しい人から受ける影響のように,意識していなくても互いに学びあうこともある.

ところで,人間が生きていく上で,肝心要の事柄については,いつ誰から教えてもらうのだろうか.例えば,「人間はなぜ生まれてくるのか?」,「人生の目的は何か?」といった問いについて,我々は誰かから教えてもらうことを期待すべきなのだろうか.それとも,自分で答えを見付けなければならないのだろうか.そして,これを読んでいるあなたは,教えてもらったか自分で見つけ出したかはともかく,自分なりの答えを持っているだろうか.

その是非は別として,「あの大学に絶対合格してやる!」と決意すれば,受験生はそのための勉強に精一杯取り組むことができるだろう.勉強は楽しいことだけではないが,それでも前向きに頑張れる.「絶対に成功してやる」と決意すれば,起業家は全力を投入して事業の成功を目指すだろう.それが茨の道であったとしても.

目的が明確であり,その価値を本人が認めるとき,我々は頑張ることができる.逆に,我々が頑張ることができるのは,目的が明確であり,その価値を本人が認めるときである.もしこれが正しいとしたら,人生の目的や生まれてきた理由がわからなければ,人生を精一杯に生きることができない恐れがあることになるだろう.

人生を精一杯に生きるというのは,私には極めて重要なことに思えるのだが,その前提となる人生の目的や生まれてきた理由について知ることの重要性が現在の社会ではほとんど無視されてしまっていないだろうか.家庭や学校で誰かが教えているのだろうか.あるいは,誰も特別に意識していなくても,社会が教え込むようになっているのだろうか.そのようには思われない.だからこそ,人生の目的がわからない人達がこんなにも多いわけだ.

ともかく,今この瞬間に,「人間はなぜ生まれてくるのか?」,「人生の目的は何か?」といった問いに対して自分なりの答えを持っていないようであれば,その答えを求める努力は必要なのではないだろうか.

幸いなことに,私自身は自分なりの回答を持っている.あなたはどうだろう?

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