9月 112010
 

横浜で開催された IEEE Multi-Conference on Systems and Control (IEEE MSC) に参加した.名称が示す通り,複数の会議を合併させた国際会議で,IEEE Conference on Control Applications (CCA),IEEE International Symposium on Computer-Aided Control System Design (CACSD),IEEE International Symposium on Intelligent Control (ISIC) が同時開催された.

参加者数は550人程度?(記憶が怪しい).3日間にわたって,並行して10セッションがあった.Plenary Lecturesは下記の4件.別の学会と重複し,途中から参加したため,すべては聞いていないが,面白かった.

  • Modeling and Coping with Extremely Rare or Adverse Events
    Mathukumalli Vidyasagar, The University of Texas at Dallas
  • Extremum Seeking for Nash Games in Financial and Energy Markets
    Miroslav Krstic, University of California, San Diego
  • Computation: the emerging bottleneck in integrated circuit design and manufacture
    Kameshwar Poolla, University of California, Berkeley
  • From Sampled-Data Control to Signal Processing: Beyond the Shannon Paradigm
    Yutaka Yamamoto, Kyoto University

運営はさすが.参加費が米ドル建てのため,急激な円高で資金繰りが大変になったという話も耳にしたが,素晴らしい運営だったと思う.バンケットは,インターコンチネンタルホテルで催され,三味線と尺八の演奏があった.

私自身の発表は,先日プラハで開催されたECCE 7 & CHISA 2010に引き続き,最終日.しかも,最後の最後の夕方のセッションだった.テーマは”PID Control”.凄く地味だ.もう皆さん帰ってしまうのでは?などと思っていたのだが,そのセッションは部屋いっぱいだった.本当に熱心な研究者が多いものだと感心した.

来年はデンバーで開催される.

9月 112010
 

学会で経験したことに関連して,やはりメモしておこうと思ったので...

企業内で目の前の問題を手っ取り早く解決する.これは意味がある.その解決策に新規性など不要だろう.問題を解決したという事実が重い.

大学で目の前に問題を手っ取り早く作成して解決する.これは意味がない.その解決策に新規性があれば救われるが,そもそも解く価値がある問題なのかが問われる.

学部4回生の卒業研究なら,指導教員から研究テーマを問題の形で与えられて,とにかくその問題を解くという作業になるだろう.

修士課程の研究なら,テーマを与えられるのかもしれないし,自分で考えるのかもしれないが,卒業研究の経験をふまえて,さらに高いレベルでの研究活動が要求される.学会発表や論文投稿も経験するだろう.私が所属する研究室の場合,修士課程の間に一度は海外に行って国際会議で発表しろと励ましている.脅しているのかもしれないが,学生のためを思ってのことであり,費用も全額研究室が出す.

博士課程にもなれば,問題解決能力だけでなく,問題設定能力も問われるだろう.解く価値のある問題を自分で見出す必要がある.これができないと研究者や技術者として生きていくのは難しいだろう.

色々と考えて,解く価値のありそうな問題を自分で見出したとしても,少し調べてみれば,大概の場合,そのような問題は既に誰かが解いているという現実にぶつかる.誰かがやったことを改めてやってみても,それは研究とは見なされない.だから,誰が何をしてきたかを調べておくことが不可欠だ.その上で,まだ誰もやっていなかったとして,それはどういうことか.とんでもなく難しい問題か,あるいは解く価値のない問題か,である恐れがある.難しい問題にチャレンジする価値はあるが,解く価値のない問題を解いても仕方がない.実際,新規性と有用性を高いレベルで兼ね備えた研究をするというのは,それほど簡単なものではない.

全くサーベイもせずに,既に解かれた問題や解く価値のない問題を解いてみても,それは研究と言えない.少なくとも,博士課程にもなれば,そのように認識しなければいけないし,それができないなら博士号を持つ資格もないだろう.最近,どこの大学院にも社会人に博士号を取ってもらうコースがあるが,まともな博士をきちんと育成できているのだろうか.博士号の叩き売りをしているとしたら,自滅しかねない.「博士なのにこんなことしかできないの?」と思われてしまうような博士を世に送りだすことが引き起こすであろう悪影響を真剣に考えないと.年金問題みたいに,将来の世代にツケを払わせることになる.

ん〜,話が逸れてきたが,いや逸れていないのかもしれないが,博士号を取るなら,それなりの覚悟でやらないと.取らせる方も.