9月 152010
 

ある理論やアイディア,方法の妥当性なんかについて検討する必要があるとき,闇雲にただ考えてみても埒が明かない.こんなときに有効な思考のテクニックとして,極端な場合を想定してみるというのがある.例えば,大きさをどんどん大きく(あるいは小さく)してゆき,無限に大きな(あるいは小さな)状態を考える,といった具合だ.このような極限で成り立たなければ,そのアイディアに普遍性はないということがわかる.

この極限を考えるという思考のテクニックは,まあ,ありふれたものだ.頭を使うことに多少とも慣れた人なら,何気なく使っていることだろう.そうではあるのだが,「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎,岩波書店)に,なるほどと感心した例があったので,メモしておく.

それは,ニュートンの林檎だ.

木から林檎が落ちたのを見て,ニュートンは万有引力の法則を発見した.これは,あまりに有名な伝説だが,実際のところ,ニュートンはどのように思考したのだろうか.「君たちはどう生きるか」において,コペル君の叔父さんが語る.

もちろん,林檎が突然に落ちたとき,まず,ある考えがひらめいたには相違なかろうというんだ.しかし,肝心なのはそれからなんだ.

林檎は,まあ三メートルか四メートルの高さから落ちたのだろうが,ニュートンは,それが十メートルだったらどうだろう,と考えて見た.もちろん,四メートルが十メートルになったって変りはない.林檎は落ちるにきまっているね.では十五メートルだったら? やっぱり落ちて来るね.二十メートルだったら? 同じだね.百メートル,二百メートルと,高さをだんだん高くしていって,何百メートルという高さを考えて見たって,やはり,林檎は重力の法則に従って落ちて来る.

だが,その高さを,もっともっと増していって,何千メートル,何万メートルという高さを超し,とうとう月の高さまでいったと考える.それでも林檎は落ちて来るだろうか.重力が働いている限り,無論,落ちて来るはずだね.林檎には限らない,なんだって落ちて来なければならないはずだ.しかし,月はどうだろう.月は落ちて来ないじゃないか.

確かに...でも,これは,ニュートンの時代にも当たり前のことだった.星と星の間に引力が働いているために,星が一定の軌道を周回運動することはケプラーが示していたし,地上でモノが落ちることはガリレオが示していた.

じゃあ,ニュートンの発見というのは何かというと,地球上の物体に働く重力と,天体の間に働く引力と,この二つを結びつけて,それが同じ性質のものだということを実証したところにあるんだ.だから,この二つの力が,ニュートンの頭の中で,どうして結びついたか,それが問題だというわけだね.

結びつけたものは何だったか.それは,極端なことを考えてみるという思考のテクニックだ.

なるほど,と思った.

当たり前のことを当たり前だとして無視するのではなく,さらに突っ込んで考えてみる.そんな姿勢が大切だというのは当たり前のことだよね.

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