10月 092010
 

教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化
竹内洋,中央公論新社,2003

著者の趣味なのか,文学の話に偏っている.特に前半は,石原慎太郎の小説がどうとかいうことに紙面が割かれており,著者の懐古趣味に付き合わされているようで,文学がわからない私には退屈だった.要するに,私に教養がないということだが...

教養主義とは何か.これは自明ではない.そこで,まず,本書「教養主義の没落」でいう教養主義とは何であるのかを明らかにしておく必要がある.

教養主義というのは哲学・歴史・文学など人文学の読書を中心にした人格の完成を目指す態度である.(中略)『三太郎の日記』や『善の研究』が刊行されることによって,旧制高等学校を主な舞台に,教養主義は大正教養主義として定着する.

教養主義の別名は岩波文庫主義でもあった.わたしのようなプチ教養主義者は,大学生のとき岩波文庫を何冊読むかで,自分の教養の目安にしたものである.

この定義によれば,文学を除外して,岩波文庫に拘らなければ,少なくとも,私もプチ教養主義者ではあるだろう.

本書が対象としているのは,西洋文明の輸入を主とした,開国から敗戦に至るまでの大正および昭和前期に旧制高等学校や帝国大学で隆盛を極めた教養主義である.その古い教養が打ち捨てられ,教養主義が没落した証拠として,大学生が定期購読している月刊誌や週刊誌,大学生の書籍購入費などの統計データが示されてる.昔の帝大生は「中央公論」や「世界」のような雑誌を定期購読していたが,最近の大学生が定期購読するのはマンガ週刊誌が中心といった傾向が指摘されている.

本書の本題は,教養主義の正体を突き止め,教養主義が没落した理由を明らかにすることである.経緯を省いて結論のみを荒っぽく述べると,教養主義の正体とは,農村出身の田舎者が「自分の優位性」を誇示するために西洋の知識を身に付けるという手段に訴えることだ.かなり荒っぽいまとめだが,そういうことだと解釈できる.

教養主義は西洋文化の崇拝を核にしたからバタ臭くはあったが,修養主義と同じく勤勉を底礎にした鍛錬主義だった.したがって,教養主義は,必ずしも成熟した都市中流階級のハイカラ文化とはいえなかった.むしろ田舎式ハイカラ文化とでもいうべきものだった.

勤勉を底礎にしたところに偉さを感じるが,自分への自信のなさを西洋知識で隠すという点だけ見れば,ヴィトンを持って街を闊歩する今時の日本人と何ら変わるところがないようにも思える.岩波文庫が鞄に化けただけのことだ.

教養がその程度のものなら,生き延びられなくて当然ではある.

教養主義の没落を促した要因として,産業界の動きがある.

1970年代から日本の企業は大卒の大量採用をおこなった.71年には,大卒を900人採用する企業があらわれた.大量採用だから,大卒だからといっても専門職種につくわけではない.将来の幹部要員でもない.ただのサラリーマン予備軍には専門知や教養知を必要としないのである.

大学で身に付けた教養知と専門知を職場で活用するという筋書きの崩壊である.そうすると,大学紛争というのも,既得権益を失った大学生の乱心ではないか.そのように考えられなくもない.

大学紛争後の大学生たちはこう悟った.学歴エリート文化である特権的教養主義は知識人と大学教授の自己維持や自己拡張にのせられるだけのこと,大衆的サラリーマンが未来であるわれわれが収益を見込んで投資する文化資本ではない,と.

所詮はサラリーマンになるだけなのだから教養なんて身に付けてられるか,というわけだ.しかし,本当にそういう理屈だとしたら,幼稚にもほどがある.「どうして勉強しないといけないの?」と子供に聞かれて答えに窮するパターンに違いない.答えを捻り出したところで,「お金を稼ぐためには必要なの!」とか,「パパみたいにならないようによ!」というのが関の山だろう.

なぜ教養主義は没落したのか.本書の結論はこうだ.

新中間大衆文化は,隣人と同じ振る舞いを目指し,すべて高貴なものを引きずりおろそうとするフリードリッヒ・ニーチェのいう「畜群」(衆愚)道徳に近いものではなかろうか.(中略)あるいは,ホセ・オルテガ・イ・ガセットがいった凡俗に居直る−「凡俗な人間が,自分が凡俗であるのを知りながら,敢然と凡俗であることの権利を主張し,それをあらゆる所で押し通そうとする」(『大衆の反逆』)−大衆平均人の文化といったほうが実態に即している.「サラリーマン」型人間像つまり大衆平均人間にむけて強力な鑢をかける文化である.こうした意味での「サラリーマン」文化の蔓延と覇権こそ教養主義の終わりをもたらした最大の社会構造と文化である.

教養主義の没落を歎く著者だが,教養主義の復活を望むのは時代錯誤であるとも指摘している.その通りだろう.21世紀の今,大正時代の西洋崇拝型教養を復権させる理由など見当たらない.

著者は,教養主義が「教師や友人などの人的媒体を介しながら培われたものであったこと」を強調している.

戦後の大衆教養主義は,こうした教養の人的媒体をいちじるしく希薄化させたのではなかろうか.教養の培われる場としての対面的人格関係は,これからの教養を考えるうえで大事にしたい視点である.教養教育を含めて新しい時代の教養を考えることは,人間における矜持と高貴さ,文化における自省と超越機能の回復の道の探索であることを強調して,結びとしたい.

大学紛争後の大学生たちは経済的見返りのない教養を打ち捨てたようだが,私が考える教養とは,人生をよく生きるのに役立つものである.人間が生きるとき,世のため人のために生きようとするのが自然であり,その一助とならないようなものは教養と呼ぶに値しない.例えば,背景にある宗教や文化などの違いを超えて他人を理解しようとする態度.このような態度が必要だと思うとき,その態度を養ってくれるようなものは教養といえる.

目次

  • 教養主義が輝いたとき
  • エリート学生文化のうねり
  • 50年代キャンパス文化と石原慎太郎
  • 帝大文学士とノルマリアン
  • 岩波書店という文化装置
  • 文化戦略と覇権
  • アンティ・クライマックス
  • あとがき
10月 092010
 

台北で開催されている国際会議APCChEについて,もう1つ,衝撃的だったことをメモしておこう.

国際会議にはバンケット(宴会)がつきもので,ほとんどの参加者が出席して親睦を深める.オーガナイザー(会議準備の実務担当)は国外からの参加者に楽しんでもらおうと趣向を凝らすことも多い.このブログに書いた例だと,オペラ座の怪人(IFAC MMM 2007,ケベックシティ)蛇遣いがキングコブラを操るパフォーマンス(IEEE MSC 2007,シンガポール)ボスポラス海峡のディナークルーズ(IFAC ADCHEM 2009,イスタンブール)マレーダンス(PSE Asia 2010,シンガポール)等々.2010年3月に京都で開催した国際会議IMRETでは,京都らしく芸妓さんと舞妓さんの舞,記念撮影,お酌でもてなした.

さて,今回の国際会議APCChEでもバンケットが開催されたのだが,なんと,アルコール飲料がなかった.テーブルに座ると,各自で飲み物を取りに行くようにと言われたのだが,しかし,その飲み物というのが,会場兼ホテルの朝食時に提供されるジュースとお茶,コーヒーのみ.

これには驚いた.普通,ビールやワインを飲むものと決まっている.これまでの私の経験では,台湾の人達はあまりお酒を飲まないようだ.少なくとも,中国人や韓国人,日本人の「乾杯!」の勢いは台湾にはない.ドイツ人のように昼からビールを飲んだりも,イタリア人のように昼からワインを飲んだりもしない.それが極まって,バンケットでお酒を出さないことになってしまったのだろうか.他の人達がどう思っていたかは知らないが,私の座ったテーブルでは,ビールくらい出して欲しいよねということで意見は一致していた.

ビュッフェスタイルの食事も半ばにさしかかった頃,瓶ビールを搭載したカートがテーブル近くにやってきた.なんと,これが有料だという.とりあえず,3本置いてもらって,429台湾ドル(約1100円).瓶ビール1本が400円弱だから,日本人感覚では高くないが,店で売っているビールなら,台湾ビールで35台湾ドル(約90円)程度,サントリーのプレミアムモルツ500ml缶でも65台湾ドル(約170円)程度だから,かなり高い.

圓山大飯店で開催されたSICE Annual Conferenceのようには会場利用料が高いと思えないし,バンケットでワインが出るわけでもないし,物価が日本よりも遙かに安い台湾で,学会参加費500US$は一体何に使われたのだろうか.不思議だ.