10月 142010
 

スウェーデンはなぜ強いのか
北岡孝義,PHP研究所,2010

それにしても,だ.思うに,IKEAって,スウェーデン版の「ニトリ」みたいなものだろう.けれども,ニトリの雑貨ってお洒落だよね!なんて話は聞いたことがないし,井戸端会議?でIKEAに一緒に行こうという話は出ても,ニトリに一緒に行こうなんて話は出ない.結局,この差は何なのか...

先日,「超久しぶりにIKEAで家具や小物を見る」に,このように書いたところ,本書「スウェーデンはなぜ強いのか」を紹介していただいたので,早速,読んでみた.自分の疑問への回答は得られたので,大いに満足している.

サッサと,結論を述べてしまおう.ウェーデン企業特有の企業戦略は,スウェーデンの国家や国民の性質を反映したものだ.だから,他国が真似しようとしても簡単ではない.

スウェーデン国民の個性の強さと生活者としての意識の高さ,そして,社会民主党政権の自由と平等と共生の理念からくる個性の尊重.これらを踏まえて,スウェーデン企業特有の企業戦略が生まれる.すなわち,国民一人ひとりの個性を尊重する商品展開を行ない,すべての国民を顧客とする企業戦略である.裏を返せば,特定の層のみをターゲットとするような商品戦略をとらず,また,個性を無視した画一的な商品をつくらないことである.すべての国民を顧客にするということは,すべての国民が購入可能な低価格の商品をつくるということだ.顧客の個性の違いを尊重するということは,商品の多様化をはかるということである.

代表的なウェーデン企業として紹介されているのは,ファッションのH&Mとホームファニチャーのイケアだ.この2つの巨大企業に共通しているのは,高品質と低価格の追求だけではない.環境および労働条件への配慮でも突出している.しかも,それを否定的に捉え,後ろ向きに対応するのではなく,逆に,積極的に取り組むことで,商品の競争力を高めている.その成功は業績を見れば明らかだろう.実際,イケア創業者のカンプラードは,競争・効率・株主至上主義の米国的企業経営を痛烈に批判し,平等,個性の尊重,共生などの価値を経営の基本においている.

では,スウェーデンの国家や国民の性質は,何を基盤にしているのか.それは,「国民の家」という国家理念に見ることができる.

社会の不安定化(「伝統的な家族の崩壊」→高い自殺率,離婚率,アルコール依存症)に対して社会民主党政権が打った政策が,「国民の家」の実行である.「国民の家」は戦前からの社会民主党の党是であり,階級社会に対立する概念である.スウェーデンという国全体が家族であるとする理念である.国が父となり,子たる国民の面倒を見ようというわけだ.その「国民の家」のもとで,家族のメンバーである国民は,自由と平等が保障される.「国民の家」は,国民がともに助けあって生きていく共生の社会である.ここに,福祉国家スウェーデン,後にスウェーデン・モデルとよばれる国家のビジネス・モデルが誕生する.

本書では,「国民の家」を理念として掲げるスウェーデンの特徴がいくつも指摘されている.いくつかを列挙しておこう.

  • 国費による政治家の活動経費は1クローネから領収書を添付して公開する.
  • 国会議員は副業であり,社会奉仕として認識されている.
  • 国政選挙の投票率は80%以上である.
  • スウェーデン発祥のオンブズマン制度の活動費はすべて国費でまかなう.
  • 小学校から大学院まで,原則,授業料は無料である.しかも,留学生も.
  • 大学や研究所でも,勤務する部門が廃止されれば,そこで働く人は解雇される.
  • 失業のセイフティネットはほぼ万全である.
  • 等々...

本書で強調されているスウェーデンの強さは,国家と市場との関係性にある.「はしがき」には以下のようにまとめられている.

スウェーデン政府は,子どもの養育の責任を担うなど,社会主義的で大きな政府であることは間違いない.しかし,市場の機能に対する考え方は単純ではない.すべての領域に市場の機能を活用すればうまくいくという市場原理主義的な考えはとらないが,市場の機能を重視している.どの分野に市場の機能を使うかを見極めているのだ.市場の機能がうまく働かない分野には,国が徹底して介入する.たとえば,教育や医療サービスの分野では,市場の機能を使わない.原則として,学校や病院は国立・公立で,政府が運営している.反面,市場の機能を活用すべきところでは徹底して活用する.たとえば,労働力の低生産性部門から高生産性部門への移動のために,雇用の流動化を促進する.政府は企業のリストラを容認する.そこには市場機能が働いている.その代わりに,失業のセイフティネットはほぼ万全だ.

政府の能力の高さに目眩がしそうだ.アメリカ万歳の経済学者が市場原理主義を振りかざして国民の財産を他国に売り渡すようなところとは全く違うようだ.

さらに,少子高齢化に対応するためのスウェーデンの年金改革についても言及されている.スウェーデンでは,「生活の安心は,十分な年金額によってではなく,制度の持続可能性によって得られる」という考えに基づいて年金改革が実施された.翻って日本では,子供手当などという持続可能性皆無のバラマキを目玉政策だなどと宣って不興を買っている.この落差は何なのだろうか...この疑問に本書はこう答える.

スウェーデンにあって日本にないものは,福祉政策の理念とビジョンである.理念とビジョンの欠如が,制度の信頼性を損ね,将来の不透明感を生む.

ごもっとも.日本にあってスウェーデンにないものは,国民を馬鹿にする政治家と,政治家を馬鹿にする国民だろう.ここに信頼が取り戻されることはあるのだろうか.

一言でいえば,学ぶべきことは,国民の福祉・社会保障制や政治への信頼という,無形の社会資本だ.国民の制度や政治への信頼は,一夜にして形成されるものではない.スウェーデン政府は,「国民の家」の理念のもと,長い時間をかけて,国民の信頼という無形の社会資本が充実した国づくりを行なってきたのだ.こうした政府の努力があって,スウェーデンは国民の制度と政府への信頼という大きな財産を手にしたのである.これが,スウェーデンの底にある強さだ.

本書「スウェーデンはなぜ強いのか」は,スウェーデンを盲目的に絶賛しているような感じもするので,すべてを鵜呑みにするのもどうかとは思うが,日本がスウェーデンから学ぶべきことがたくさんあることを教えてくれる.大きな政府か小さな政府かみたいな,頭の悪そうな二元論に引き籠もっていないで,日本をどのような国にしたいのか,地域社会をどのようなところにしたいのか,地に足を付けて考える必要がある.将来に向けた夢もビジョンもなく,票勘定だけしているような政治屋はいらない.市場原理主義や拝金主義の蔓延も好い加減にしてもらいたい.

最後に,マイナーなことではあるが,本書を読んで気になったことがある.それは,統計データの解釈だ.予め用意しておいた結論に合うようにデータを解釈しているという印象を受けた.学者にしては甘いと感じるが,素人向けの本なので意図的にそうしているのかもしれない.統計で人を騙し,世論を誘導するというのは,常套手段ではある.

目次

  • 今日のスウェーデン
  • 高度成長期の苦悩とスウェーデン・モデルの誕生
  • スウェーデンの企業─H&Mとイケアに見るスウェーデンの企業戦略
  • 新しい福祉政策と年金改革─持続可能な制度の構築に向けて
  • 成長戦略としての福祉
  • スウェーデンから何を学ぶか

  3 Responses to “スウェーデンはなぜ強いのか”

  1. こんばんは.
    スウェーデンは麻薬汚染などの問題もあり,記事で議論されていたように盲目的に「いい国」だと信じるのはまずいと思います.ただ,民主主義というシステムを輸入したものの,機能不全に陥っているわが国にとって彼らは重要な示唆を与えてくれていると考えています.今からでも「主義」や「理念」を考察無くしてコピーするのでは無く,国民全体で建設的な議論をしていかなければならないでしょう.少なくとも将来世代にただ乗りすることだけは醜いので避けたいところです.

  2. この本,面白かったです.また面白そうな本があれば,教えて下さい.

    他人に変われというのは不毛なので,自分が変わることにします.

    ほとんどの議論も,おおよそ何も生産しない会議と同様に不毛に思えるので,自分とは異なる人,考え方,文化などを理解できるようになることを目指します.

    それもできないで何を言ってもやっても駄目そうです.

  3. 有益なコメントありがとうございました.
    経験が少ない分,他の方の考え方や行動原理を聞くと非常に勉強になります.異なる文化を背景に持つ方々の考え方を理解するのは容易ではありませんが,自分も努力していこうと思います.

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