12月 032010
 

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて
佐藤優,新潮社,2007

物凄く面白かった.しかし,自分が政治をワイドショーや週刊誌レベルでしか見ていないことを痛烈に自覚させられるため,自分の浅薄さが嫌になる.それでも,本書を読まなければ,ワイドショーや週刊誌レベルのままなわけだから,本当に読んで良かったと思う.

もはや過去の話となりつつあるが,著者の佐藤優氏は鈴木宗男氏の共犯として,俗悪な外務省ノンキャリとして,世論に厳しく糾弾された人物だ.しかし,本書「国家の罠」を読む限り,佐藤優氏も鈴木宗男氏も北方領土問題の解決と日露平和条約締結のために全力を尽くした日露外交のプロであり,およそ罪を問われなければならないようなことはしていない.むしろ,何よりも国益を優先する愛国者である.

では,なぜ,佐藤優氏は逮捕されなければならなかったのか.有罪とされなければならなかったのか.これは佐藤優氏が自身に問うた疑問であり,本書「国家の罠」がその回答である.理由は次の会話に端的に表現されている.

西村検事:「これは国策捜査なんだから.あなたが捕まった理由は簡単.あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため.国策捜査は「時代のけじめ」をつけるために必要なんです.時代を転換するために,何か象徴的な事件を作り出して,それを断罪するのです」

佐藤氏:「見事僕はそれに当たってしまったわけだ」

西村検事:「そういうこと.運が悪かったとしかいえない」

この「時代のけじめ」とは何であるのか.佐藤優氏が行き着いた解釈は次の通り.

鈴木宗男氏は,ひとことで言えば,「政治権力をカネに替える腐敗政治家」として断罪された.これは,ケインズ型の公平配分の論理からハイエク型の傾斜配分の論理への転換を実現する上で極めて好都合な「物語」なのである.鈴木氏の機能は,構造的に経済的に弱い地域の声を汲み上げ,それを政治に反映させ,公平配分を担保することだった.ポピュリズムを権力基盤とする小泉政権としても,「地方を大切にすると経済が弱体化する」とか「公平配分をやめて金持ちを優遇する傾斜配分に転換するのが国益だ」とは公言できない.しかし,鈴木宗男型の「腐敗・汚職政治と断絶する」というスローガンならば国民全体の拍手喝采を受け,腐敗・汚職政治を根絶した結果として,ハイエク型新自由主義,露骨な形での傾斜配分への路線転換ができる.結果からみると鈴木疑惑はそのような機能を果たしていたといえよう.

鈴木宗男氏の事件に対する世論の熱狂が去り,小泉劇場が閉幕して自民党が野に下った今であれば,佐藤優氏の解釈は理解しやすいのではないだろうか.確かに,小泉・竹中コンビが目指したものは,徹底した米国追従であり,弱肉強食の社会だった.自己責任という言葉も流行した.それを熱烈に歓迎した国民は,今,その社会に生きている.国民が選択したとおりの国になっているということであり,日本の政治システムは正常に機能していると言える.

もちろん,国策捜査のターゲットになったと言われて,はいそうですかと納得できるはずもない.佐藤優氏は検察の正義を質す.

佐藤氏:「あなたたち(検察)が恣意的に適用基準を下げて事件を作り出しているのではないだろうか」

西村検事:「そうじゃない.実のところ,僕たちは適用基準を決められない.時々の一般国民の基準で適用基準は決めなくてはならない.僕たちは,法律専門家であっても,感覚は一般国民の正義と同じで,その基準で事件に対処しなくてはならない.(中略)」

佐藤氏:「一般国民の目線で判断するならば,それは結局,ワイドショーと週刊誌の論調で事件ができていくことになるよ」

西村検事:「そういうことなのだと思う.それが今の日本の現実なんだよ」

佐藤氏:「それじゃ外交はできない.ましてや日本のために特殊情報を活用することなどできやしない」

西村検事:「そういうことはできない国なんだよ.日本は.あなたはやりすぎたんだ.」

ここに,検察の正義とは何であるかが表現されている.そして,日本の外交の現実も表現されている.

では,この事件に関して,外務省はどのような立場をとったのか.ワイドショーや週刊誌の論調に組みせず,日本の外交を守るために,また有能な外交官を守るために,最大限の努力をしたのだろうか.

本書「国家の罠」に書かれている限りにおいては,外務省は最大限の努力をした.しかし,それは,日本の外交を守るためでも,有能な外交官を守るためでもなかった.単なる自己保身のためであった.佐藤優氏は淡々と事実を指摘している.

竹内行夫外務事務次官を中心とする外務省執行部は,鈴木氏を追い落とすために,ありとあらゆる画策を行った.特に悪質だったのが外交秘密文書の日本共産党への流出である.

こんなことをしている国がまともに外交できるわけないだろうと,素人ながら思う.極めて遺憾だ.「汚ねぇー.何て汚ねぇー組織なんだ.外務省は」と検事が漏らすのも頷ける.

本書「国家の罠」には,こんな人間にはなりたくないなと感じる人達が大勢登場する.その多くは外務官僚だが,外交に関わる大学教授も登場する.

西村検事:「そもそも大学教授といった連中は,普段はエラそうなことを言っているんだけれど,警察や検察にはとっても弱いんだよ.特に昔,学生運動で捕まったことのある連中にその傾向が強い.あんたの関係でもみんな全面協力だったな」

(中略)

佐藤氏:「袴田さん(青山学院大学教授)はどうだったかい」

西村検事:「はじめ,えらく口が重いんだ.(中略)蓋を開けてみてよくわかったけれど,袴田はこの件に深く関与している.だからこんなに気にしていたんだ」

佐藤氏:「自分のことしか考えていないんだ」

西村検事:「そういうこと.嫌な奴らだね.大学教授って」

(中略)

佐藤氏:「ああいう人たちとはもう極力付き合いたくない」

西村検事:「わかるよ.袴田なんか(中略)君と鈴木宗男にひどい目に遭わされたので,あの二人は徹底的にやっつけてくださいという話しだったぜ」

この会話に登場する袴田教授は,イスラエルで国際会議を開催するために,佐藤優氏から多大な支援を受けている.それが,ひどい目に遭わされたので徹底的にやっつけてください,という話になるのだから,もはや人間として信用できない.しかし,外務省のブレーンでありつづけているということだ.類は友を呼ぶというわけか.

本書「国家の罠」には,このような汚い人間の暗部も綴られているが,そんなことよりも,日露外交の歴史が非常に簡明にまとめられているのが素晴らしい.これ一冊を読めば,普通の社会人としては十分に日露外交について詳しくなれる.日本およびロシアの政治体制や政治家の特徴もわかる.鈴木宗男事件に興味が全くなくても,日露外交の入門書として強くお勧めできる内容だ.

目次

  • 「わが家」にて
  • 逮捕前夜
  • 田中真紀子と鈴木宗男の闘い
  • 作られた疑惑
  • 「国策捜査」開始
  • 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
  • 獄中から保釈、そして裁判闘争へ

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