12月 272010
 

アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ
モフセン・マフマルバフ(Mohsen Makhmalbaf)(著),武井みゆき(訳),渡部良子(訳),現代企画室,2001

印象的なタイトルだが,一体,何を恥じて石仏は崩れ落ちたのか?

それは,アフガニスタンに対する国際社会の無関心である.何百万もの人々が餓死の危機に瀕しているときに,国際社会は手をさしのべなかった.それどころか,911の後,食料の代わりに爆弾を彼らの頭上に降らせた.敵はタリバンとされたが,苦しんだのは一般の市民だった.

では,タリバンとは何者なのか.難民となってパキスタンへ逃れたアフガニスタンの人々は,飢えをしのぐために食べ物を与えてくれる神学校に惹きつけられた.そこでは,パキスタンの国益にそうかたちでアフガニスタンを支配するために,原理主義の下で人々が育成された.しかし,パキスタンも豊かな国ではない.膨大な数の難民を食べさせ,教育するための資金はどこから来たのか.それは,イランに対抗する宗教勢力を作りたい中東の産油国だとされる.

遠くから見れば,ターリバーンは,非合理的で危険な原理主義の潮流に見える.しかし近くからその一人一人を見れば,それは神学生であることを職業とし,空腹を満たすために学校へ行く飢えたパシュトゥン人の孤児であることがわかる.そして,ターリバーン出現の動機についてよく考えてみれば,そこにはパキスタンが持つさまざまな国益があることがわかる.

誰がタリバンをつくったのか.アフガニスタンの人々か.食料と安全を手に入れることだけを考えていた彼らに他に選択肢があったのか.バーミヤンの石仏が破壊されるまで,いや破壊されてからすら,彼らを無視し続けた国際社会が彼らを非難することができるのか.

ここに約2000万人の飢えた国民がいる.そのうち30%は飢餓と政情不安のために難民となり,10%は死に,あるいは殺され,残りの60%は餓死寸前の状況にある.(中略)飢えで動く体力もなく,戦うための武器も持たず,あの過酷な刑罰を恐れて犯罪を犯す勇気も残っていない.唯一の救済案は,そのままそこで死ぬことだ.それは,世界を覆い尽くしたこの人類の無関心の中で起こっている.私たちの時代は,「人類は互いが互いの一部」であったサアディーの時代ではない.

まだ心が石になっていなかった唯一の人は,あのバーミヤンの仏像だった.あれほどの威厳を持ちながら,この悲劇の壮絶さに自分の身の卑小さを感じ,恥じて崩れ落ちたのだ.仏陀の清貧と安寧の哲学は,パンを求める国民の前に恥じ入り,力つき,砕け散った.仏陀は世界に,このすべての貧困,無知,抑圧,大量死を伝えるために崩れ落ちた.しかし,怠惰な人類は,仏像が崩れたということしか耳に入らない.こんな中国の諺がある.「あなたが月を指差せば,愚か者はその指を見ている」

誰も,崩れ落ちた仏像が指さしていた,死に瀕している国民を見なかった.

著者のモフセン・マフマルバフ氏は作家・映画監督であり,その作品を通してアフガニスタンの現状を世界に伝えている.

世界で消費される麻薬の50%を生産しながら,その莫大な利益の1/800しか手にしていないアフガニスタン.各国政府も含め,国際麻薬市場のプレーヤーはその利益を維持するために,アフガニスタンを貧しく不安定な状態にとどめておきたいと考えているのではないか.そして,内戦を終わらせないために,麻薬で儲けた資金の一部で各部族に武器を供与しているのではないか.そんな指摘もなされている.

いかに我々が浅薄な知識しか持っていないか,マスコミの報道が偏向しているか,など考えさせられる.

目次

  • 神にさえ見放されたアフガニスタン
  • アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない恥辱のあまり崩れ落ちたのだ
  • アフガニスタンからの客人の追放に反対する