1月 302011
 

喜嶋先生の静かな世界
森博嗣,講談社,2010

いい話だ.自分が大学に入学してから,大学院修士課程に進学し,さらに助手として研究を本業とするようになった頃を思い出す.

昨年11月に,このブログのコメントでsuzuさんに推薦していただいた本だが,ようやく手にした.自伝的小説と言われているらしい.

ある大学の理系学部(理学部か工学部っぽい)に進学した主人公が,大学生活に失望するも,4回生のときに喜嶋先生の研究室に配属されて,研究をすることの楽しさ,素晴らしさに目覚め,修士課程,さらに博士後期課程へと進む.研究者として喜嶋先生の生き様に共感し,尊敬もし,その指導の下で,研究に生活のすべてを捧げる.順調に助教授となった主人公が,そんなかつての自分を振り返りつつ書いているのが,この小説だ.

大学で研究するとはどういうことなのか,研究者の生活とはどのようなものなのか,どうして彼らは寝食も忘れて研究に没頭するのか,そんなことの一端を知ることができるのではないか.もちろん,研究生活の他に,彼らにも現実の生活がある.人間関係もある.異性との関係もある.主人公を通して,研究者の生き様を垣間見ることができる.そんな小説だ.

研究者になりたい学生,研究者というものに興味がある人には,非常に参考になるのではないか.理系の学生は読んでおいて損はしないと思う.ただし,教授になる方法みたいなことが書かれているわけではない.そんな低俗な本ではない.そうではなくて,喜嶋先生の静かな世界,幸せに満ちた世界を見せてくれる.この世界に,そのような幸せがあることを信じられない人も多いのかもしれない.少なくとも,全く知らないままの人は多いことだろう.

しかし,研究者として生きていくことがいかに難しいかということも感じないわけにはいかない.現実の生活が,現実の世界がある.結末は悲しい.

私の方が10年ほど若いのだろうが,主人公と同じように,大学の研究室で過ごしてきたため,細かいところで,うんうんと頷くことがある.

頑張って書いた原稿が真っ赤になって,もはや原文をとどめていないとか.8時間,休憩も食事もせずに議論だとか.そして何よりも,期待に胸をふくらませて入学した大学にすぐに失望させられても,研究室に配属されて研究に触れれば,能力を発揮するに値する対象を見出せる点とか.

最後に,助教授になった主人公は今の自分を見つめる.もう純粋な研究者ではない自分を.王道から外れている自分を.

「四十代になれば,ほとんどの研究者は第一線から退いた状態になる.後進に引き継ぎ,自分は研究費を獲得するための営業に回るか,弟子を束ねて会社組織のようなものを築き上げ,トップに君臨する経営者としてアイデンティティを示すのか,それは人や分野によって様々だけれど,いずれにしても,もう研究者でなくなっていることは確かだ.」

そして,喜嶋先生のことを想う.そこに理想の研究者像を見る.

様々な共通する体験を持っているのだが,それでも,生きるということの最も深い部分で,主人公と私は価値観を異にしている.主人公はこう書いている.

「経験を積み重ねることによって,人間はだんだん立派になっていく.でも,死んでしまったら,それで終わり.フリダシにさえ戻れない.」

私はそうは考えていない.それで終わりとは思っていない.あなたはどうだろう.

目次

  • 第1章
  • 第2章
  • 第3章
  • 第4章
1月 282011
 

科学研究費補助金(科研費)の監査結果の通知書が配布されてきた.

科研費というのは,いわゆる競争的研究資金であり,大学に所属するほとんどの研究者が応募する国内最大級の研究資金である.1件あたり数百万円から数億円まで規模は様々だが,日本の大学における研究を語るには,避けては通れない資金源である.

大学に縁のない人達もニュースで耳にすることがあるように,ごく希にだが,研究費を不正使用する馬鹿がいる.そうすると,無策であることを批判されないがために,もっと規則を厳格化しましょうという保身派の意見が通り,研究費が使いにくくて仕方がない状態に陥っていく.実際,ふざけるな!と怒鳴りたくなるような規則に事欠かない.

ちょっと具体例を挙げてみよう.

研究の遂行に不可欠なソフトウェアが欲しいとする.数値流体力学(CFD)のソフトでも,汎用数値計算のソフト(MATLAB等)でも,何でもいい.これらを科研費で購入しようとすると,拒絶される.なぜか.それは,例えばソフトウェアのライセンス期間が1年であると,7月に購入したソフトウェアを年度末(3月末)に使い終われないからだというのだ.つまり,ライセンスが年度末を超えて有効だから,年度末までに使い切らないといけない予算(科研費)では購入してはならないと言われるのだ.

いやいや,そのソフトウェアを購入するために科研費を申請して(申請書にそう書いてある),しかも採択されているんですけど...

そんな理不尽なことを言うなら,4月1日から予算を執行できるようにして欲しい.そうすれば,4月1日から3月31日まででライセンス契約をするから.ところが,大学の研究予算は4月,5月頃にはほとんど使えない.特に,今のように国会が役立たず状態の時にはそうだ.

配布されている監査結果通知書には,こんな例が記載されている.

最終年度の課題で,無期限ライセンスのソフトが購入されていた.(返還)

3年間サポートされるウィルス対策ソフトが購入されていた.(返還)

最後の(返還)というのは,使用した研究費を返還させられたということだ.しかし,必要なソフトを購入して一体何が悪いというのか.まったく馬鹿馬鹿しい.

ちょっと想像してみて欲しい.例えば,実験で必要な試験管を購入するとしよう.試験管に有効期限なんて書いていない.しかし,だからと言って,購入したらダメだとは言われないだろう.7月に買って,試験管が3月末に割れる保証なんてない.それでも,今年度の予算では買えませんとは言われないだろう.どうしてソフトウェアだけが差別されるのか.

普通の常識人は,こんな規則を妥当と思うだろうか.規則を作っている人が無知としか思えないのだが...

まあ,これが大学の研究費の実態です.これで生産性を高めろと責め立てられるのだから,何のことやら.

1月 272011
 

シカゴに友人を訪ねて,遂にステーツ・クオーター・コレクションを完成させることができた.

私が集めているものが,もう1つある.マグネットだ.

海外旅行(ほとんどは海外出張)に行くたびに,その土地のマグネットを買ってくる.1年に数個だが,コツコツと何年も集めていると,かなりの数になる.

海外で入手したマグネット@冷蔵庫
海外で入手したマグネット@冷蔵庫

買ってきたマグネットは冷蔵庫に貼り付ける.数が少ないうちは問題なかったのだが,冷蔵庫がマグネットで覆われてくると,「自分が行っていないところのマグネットはいらない」と彼女が拒否権を発動するようになった.海外旅行に行く前には「マグネットはいらないよ」と釘を刺される.

しかし,それで買わないわけにはいかない.海外で始めて訪れるところでは,マグネットを買ってくる.そして,コッソリと冷蔵庫に貼り付けるのだが,いつも目敏い長男に見付けられる.

「ママ〜,またパパがマグネット買って来たで〜!」

「え〜...」

お決まりのコースだ.

シカゴでもらった手作りマグネット
シカゴでもらった手作りマグネット

そして今回.シカゴに駐在している友人を訪ねたところ,手作り(友人のではない)のマグネットを2つももらった.素晴らしく上手に作られている.

帰国後,袋からこっそりとマグネットを取り出したのを長男が見付けた.

「ママ〜,パパ,またマグネット買ってきたで〜!」

「うわ〜,2つもあるで〜!」

決して買ったのではなく,お友達にもらったのと説き伏せ,しかも手作りだと言うと,

「ママ〜,見て〜,これ手作りなんやって.凄いな〜!」

と感心した様子.とりあえず,冷蔵庫に貼り付けられた.

1月 262011
 

随分前に書いたことがあるが,アメリカで発行されている州毎にデザインが異なる25セント硬貨(ステーツ・クオーター)を収集している.オハイオ州コロンバスで1999年に収集を始めて以来,既に10年以上が経過した.昨年11月にソルトレイクシティで学生にミズーリ州のクオーターを見付けてもらい,残るはあと1つだ.

今回,シカゴに駐在している友人を訪問するに際して,「ワイオミング州のクオーターがあれば残しておいて欲しい」と事前に連絡しておいたところ,その友人宅に到着すると,「はい」と,なかなか手に入らなかった最後の1つ,ワイオミング州のクオーターを渡してくれた.

最後に入手したワイオミング州のクオーター
最後に入手したワイオミング州のクオーター

帰国後,長男7歳がステーツ・クオーター収集用ボードからワイオミング州の紙片を外し,長女5歳がシカゴでもらったクオーターをその穴に填め込んだ.

遂に完成したボードを眺めて,みんなで感激.やっと揃ったね〜...

完成したステーツ・クオーター収集ボード
完成したステーツ・クオーター収集ボード

現在は,国立公園など州ごとの自然をデザインした新しいステーツ・クオーターが発行されている.確か2010年から開始されたシリーズだったと思うが,初年度はヨセミテ国立公園などが含まれている.友人の自宅にあったのは,その新シリーズ用の収集ボードだ.

そのことを話すと,長男が「もう1回集めよう!」という.しかし,集めるには物凄い時間がかかること,長男が生まれる前から集めてやっと全部集めることができたことを話すと,「え〜,そんなに〜!!」とその困難さがわかり,収集は諦めたようだ.

これ読んでる? ワイオミング州のクオーター,ありがとうね!

1月 252011
 

イリノイ州に滞在する機会を活かして,全米屈指の博物館と評されるシカゴ科学産業博物館(The Museum of Science and Industry, Chicago)を訪問した.

科学産業博物館は,シカゴのダウンタウンから少し南のハイドパーク地区にあり,ダウンタウンからは湖に面した道路を通って行く.急激に気温が低下し,1日中−10℃以下になったためか,湖も凍っているようだ.

ちなみに,シカゴ南部は全米屈指の危険地帯なので,ダウンタウンから科学産業博物館にかけて,湖に面した道路以外は通ってはいけないそうだ.アメリカの大都市につきものの「赤信号でも絶対に止まるな」と言われるエリアだ.

シカゴ科学産業博物館
シカゴ科学産業博物館

ワシントンDCのモールにあるスミソニアン博物館を筆頭に,アメリカの博物館は大概スケールが大きく,展示も充実している.シカゴには,科学産業博物館の他にも,ニューヨークのメトロポリタン美術館,ボストン美術館と並んで米国三大美術館に数えられるシカゴ美術館(The Art Institute of Chicago),スー(SUE)という名前のT-REX(Tyrannosaurus rex)の恐竜化石があることで有名なフィールド自然史博物館(The Field Museum)など,アメリカを代表する美術館や博物館がある.

シカゴ科学産業博物館は,様々な科学を体験を通して学習できる科学博物館と様々な産業を代表する展示からなる産業博物館とが合体したものだ.

飛行機や汽車の展示@シカゴ科学産業博物館
飛行機や汽車の展示@シカゴ科学産業博物館

竜巻などの原理を体験@シカゴ科学産業博物館
竜巻などの原理を体験@シカゴ科学産業博物館

不気味な人体の輪切り

午後に科学産業博物館を訪れ,最初に目指したのが,ガイドブックに大人気と書かれていた人体の輪切りコーナー.本物の人間の身体全体を薄くスライスしたもの,一部分を輪切りにしたものなど,大小様々の人体の薄切りが展示されている.

1つだけ写真を載せておくが,かなり強烈だ.

本物の人体の輪切り@シカゴ科学産業博物館
本物の人体の輪切り@シカゴ科学産業博物館

輪切りの他には,人間の体内の血管系だけを取り出したもの,脳・神経系だけを取り出したもの,消化器系(内臓)だけを取り出したものなどが展示されている.

血管・神経・内臓@シカゴ科学産業博物館
血管・神経・内臓@シカゴ科学産業博物館

身の毛がよだちそうな胎児の標本

人体の輪切りコーナーの隣にあるのが,胎児の標本コーナー.受精後数日から出産前までの胎児のホルマリン漬け(?)がズラリと並べられている.

最初の方は非常に小さい.数ミリメートルくらいだ.それが徐々に大きくなり,人間の形をしてくる.小さな手足が伸びてきて,臓器が形成されていく.数ヶ月くらいになると,ハッキリと人間の形をしており,かなり大きいので,気味が悪い.

双子の胎児の標本@シカゴ科学産業博物館
双子の胎児の標本@シカゴ科学産業博物館

生まれたての赤ちゃんは可愛いと思えるが,この胎児の標本はダメだ.悪夢に出てきそうだ.それでも,1つ1つじっくりと観察する.

展示を眺めていて気付いたことがある.それは,圧倒的に男の胎児が多いということだ.2〜3倍というレベルではなく,7〜8倍くらいの印象だ.胎児をランダムに取り出せば,男女比はおよそ1対1になるはずなのだから,それだけ男は胎児で死亡しやすいということなのか.

かなり成長した胎児の標本@シカゴ科学産業博物館
かなり成長した胎児の標本@シカゴ科学産業博物館

フーコーの振り子

人類に衝撃を与えた実験の1つ.それがフーコーの振り子だ.「世界でもっとも美しい10の科学実験」(ロバート・P・クリース,日経BP社)にも選ばれている.

ただ振り子を振らすだけの実験で,実に地味だ.地面に対して振り子が少しずつ角度を変えていく.ただそれだけのことだが,その変化が地球が自転していることを目に見える形で人類に示した.史上最高のデモンストレーションだと言える.

フーコーの振り子で自転を見る@シカゴ科学産業博物館
フーコーの振り子で自転を見る@シカゴ科学産業博物館

元素をぶつけて化学反応を起こす

あまり目立たない奥の方に,反応実験室(Reaction Lab)がある.これが良くできている.

テーブルの上に,アイスホッケーのパックを小さくしたような黒いものが10個ほどあり,中央に元素の周期表が描かれている.そのパックを周期表の元素のところへ持っていくと,そのパックがその元素になる.

種も仕掛けもある元素の周期表@シカゴ科学産業博物館
種も仕掛けもある元素の周期表@シカゴ科学産業博物館

何が起こるのかも知らないまま,とりあえず,ナトリウム(Na)のパックを2つ,塩素(Cl2)のパックを1つ作り,3つのパックをガシャンとぶつけてみる.

ナトリウム(Na:紫)と塩素(Cl2:緑)@シカゴ科学産業博物館
ナトリウム(Na:紫)と塩素(Cl2:緑)@シカゴ科学産業博物館

すると,パックから稲妻(というよりプラズマか)が出ているかのようにテーブルが輝き,化学反応が起こる.ナトリウム(Na)と塩素(Cl2)をぶつけたのだから,できるのは塩化ナトリウム(NaCl)だ.稲妻の後,大量の塩(もちろん画像)がテーブルを埋め尽くす.

ナトリウムと塩素をぶつければ塩が誕生@シカゴ科学産業博物館
ナトリウムと塩素をぶつければ塩が誕生@シカゴ科学産業博物館

なかなか面白いので,次に,水素(H2)のパックと酸素(O2)のパックをぶつけてみた.水(H2O)ができると予想していたら,なんと過酸化水素水(H2O2)ができた.テーブル上には”BLEACH”(漂白)という文字が表示された.なるほど,確かに量論関係からは過酸化水素水(H2O2)ができるに決まっている.

アメリカ流の勧善懲悪物語

とても展示内容を紹介しきれるものではないが,シカゴ科学産業博物館の展示物の目玉の1つが,第一次・第二次世界大戦で活躍したドイツ軍の潜水艦U-Boatだ.全長76mほどの巨大な潜水艦がそのまま展示されており,チケットを入手できれば艦内も見学できる.

展示されているU-Boatは,アメリカが仕掛けた捕獲作戦で見事に捕らえたものだ.ドイツの敵国はU-Boatに苦しめられていたため,捕獲作戦のメンバーはヒーロー扱いで,捕獲作戦がいかに凄いものであったかが喧伝されている.

正義の味方が悪者をやっつけたという勧善懲悪の物語がそこにある.そして,それしかない.水戸黄門かウルトラマン並みに単純化された図式だ.あるいはハリウッド映画と同じだ.相手が何であろうが,それこそ宇宙人であろうが,アメリカが地球を救う.この発想で,イラクやアフガニスタンをやっつけているのだろう.恐れ入るほかない.

凄い剣幕で追い出される

艦内には入っていないが,U-Boatを見学している最中に,「もうすぐ閉館だから出ていけ!」と展示室から追い出される.午後3:55頃のことだ.閉館時間は午後4:00.それ以上は仕事なんかしていられるかということだ.これもまたアメリカらしい.

博物館内の至る処にロープが張られ,立入禁止状態になる.うかうかしていると閉じ込められてしまいそうだ.一斉に追い出すものだから,駐車場へ行くための出口は大混雑,駐車場の出口も大混雑だ.

焼き肉屋さんへ

午後4時過ぎだと外はまだ明るい.シカゴのダウンタウンを通過して,北の方にある焼き肉屋へと向かう.普通に日本語が通じる店で,有名人の写真とサインが所狭しと飾ってある.イチローらのサインボールもあった.日本人駐在員が多いシカゴで評判の店だけあって,確かに美味しい.

1月 242011
 

バルティモアで開催されたQbD/PAT/RTRtを主テーマとする国際会議IFPACが終了した後,別件でイリノイ州を訪問.奇遇にも,石山高校時代からの友人夫婦がシカゴに駐在しているため,この機会に友人宅を訪問する.

バルティモアもシカゴも寒いのは寒いのだが,シカゴを訪問する日から,猛烈に気温が下がり,最低気温は−20℃以下,最高気温ですら−10℃以下という状態.シカゴオヘア空港まで迎えに来てもらったが,ターミナルビルから外に出ると,凍えるほど寒い.オハイオ州コロンバスに住んでいた頃を思い出す.

シカゴのダウンタウン
シカゴのダウンタウン

シカゴオヘア空港から自宅まで,セカンドカーのホンダ・オデッセイに乗せてもらう.アメリカらしい閑静な住宅街で,白色系の大きな家が,実にゆったりとした間隔で建ち並んでいる.玄関や庭(写真は玄関だけで広大な庭が裏にある)に雪は積もったままだが,道路は完璧に除雪されている.

ゴージャスな友人宅@シカゴ近郊の街
ゴージャスな友人宅@シカゴ近郊の街

アメリカの間取りは独特だが,日本風に換算すると10LDKくらいだろうか.目視確認した範囲でバスルームは2つ.滞在中,家の半分くらいにしか立ち入っていないので,正確なことはよくわからない.とにかくゴージャスということだ.

束の間,久しぶりの再会を喜ぶ.

ちなみに,友人一家がアメリカへ来てまだ半年程だが,小学校から幼稚園の三姉妹の英語の発音は既にカタカナではなかった.やはり子供は凄い.

1月 222011
 

バルティモアで開催された国際会議 IFPAC Annual Meeting, Jan. 17-21, 2011, Baltimore, MD, USA の参加報告です.

IFPACの正式名称は,”25th INTERNATIONAL FORUM AND EXHIBITION PROCESS ANALYTICAL TECHNOLOGY (Process Analysis & Control)”のようです.主要テーマはQbD(Quality by Design)とPAT(Process Analytical Technology)ですが,荒っぽく言うと,NIR(近赤外分光)などの分光分析技術を用いて,医薬品製造装置内部の製品の状態をリアルタイムで管理できるようにし,製造後の品質検査による品質保証ではなく,製造中の工程管理による品質保証によって,RTRt(Real-Time Release testing)を実現しようというものです.うまくいくと,製造リードタイムと検査コストが激減します.製剤のパラダイムシフトと言われています.日本では動きが鈍いようですが,欧米の規制当局(FDAなど)とメガファーマは速いです.

IFPAC会場@Baltimore Marriott Waterfront
IFPAC会場@Baltimore Marriott Waterfront

さて,今回初めて参加した国際会議IFPACの規模ですが,IFPACでの発表論文数が288件,同時開催しているOnSiteの件数が51件で,合計300件を超えます.未確認(参加者リストで数えていない)ですが,参加者数も300人程度でしょうか.投稿論文は査読なしで,全部発表させているようです.少しだけポスターもありますが,これは遅れて投稿されたもののような気がします.

興味深いのは,大学からの発表がほとんどなく,欧米企業からの発表がほとんどだという点です.ファイザー,メルク,GSK,ノバルティス,エリリリーなど大手製薬メーカーがズラリと並び,そこに分析機器メーカーやソフトウェアメーカー,制御機器メーカー,さらに規制当局であるFDAが加わります.面白いのは,FBIの発表もあることで,自分が参加する会議のトピックに”counterterrorism”があるなんて不思議な気がします.

IFPACは,実際にQbD/PAT/RTRtに取り組んでいる企業からの発表がほとんどであり,その技術開発状況や課題,規制当局の方針が発表・議論される場という位置づけです.このため,現状を把握するのには非常に役立ちました.大学で研究を進めている立場としては,この分野で国際的に重要な課題は何なのかを理解できたのは極めて有益でした.

ちなみに,日本の製薬企業からの発表はありませんでした.私のグループからの発表が,第一三共との共同研究なので,これを含めて1件です.ファイザーやメルクが研究開発部隊を引き連れてやってきているのとは対照的ですね.大丈夫なんでしょうか.

会議が正式に始まる日の前日午後に,2つのワークショップがパラレルで開催されました.

  • Pharma Workshop – I: The Role of Modeling in QbD – Technical and Regulatory Considerations
  • HPI Workshop – II: Multi-Variate Statistics for Plant-Wide Monitoring and Optimization: Mature Tools for New Uses

ワークショップは盛況で,終了後にWelcome Dinnerがありました.

IFPACでは,会議参加費(約2000ドル)にホテル代と食事代もすべて含まれています.このため,朝から夜までホテルに缶詰で,発表を聴いたり,議論をしたりとなります.初日午前のプレナリーセッションを除くと,8会場でパラレルセッションであり,セッションによって前後しますが,朝7:25開始,夜9:30終了というプログラムです.時差ボケの体には厳しい会議です.

日本からの参加者は,京都大学の他に,横河電機,アステラス,第一三共,パウレックといったところです.

まとめると,少なくとも私のようにデータ解析手法そのものを開発しているような大学の研究者が研究成果の発表を主たる目的として参加するような会議ではありません.企業でQbD/PAT/RTRtに携わっている研究者や技術者が,規制当局や他社の研究者や技術者との情報交換を目的にして参加する会議です.缶詰で議論しますから,密な情報交換が可能です.そういう観点から,日本からの参加者がこんなに少なくて本当に大丈夫なのかというのが正直な感想です.

研究発表という観点からは,私自身が継続的に参加・発表すべき学会とは必ずしも思いませんが,産業界の現状を把握するという意味ではベストな学会だと思います.今回は参加して大正解でした.メガファーマなどが何をしようとしているのか,どのような課題を抱えているのかが明確になりました.

なお,講演申込をすれば誰でも講演できるという会議なので,当然ながら,玉石混淆になります.大学の研究者の視点からは,概念ばかりで具体性がないと思える講演も少なからずありました.概念が素晴らしければ良いのですが,そんなこと言われなくても分かってるぞみたいなのも.また,数頁の論文を書かせることもなく,酷いのは,要旨(abstract)すらないような発表もありました.そういう観点からは,オーガナイズがいまいちで,改善すべき点は色々あると思います.

1月 212011
 

バルティモアに到着した翌日,会議は午後からのため,午前中はBaltimore Marriott Waterfrontの周囲を散策する.

前回,2009年4月にバルティモアに来たときには,インナーハーバーを挟んで今回とは反対側にあるシェラトン・インナーハーバー・ホテル(Sheraton Inner Harbor Hotel)に宿泊した.そのときは,メジャーリーグのオリオールズ対エンジェルス戦を観戦したりしたが,こちら側には来ていない.そこで,まだ行っていないFell’s Pointまで出掛けることにした.

ヨットハーバーも凍てつく寒さ@バルティモア
ヨットハーバーも凍てつく寒さ@バルティモア

ホテルを出て,ハーバー沿いの遊歩道に出ると,港の水が凍っている.そりゃ,寒いはずだ.

ホテルからFell's Pointへ@バルティモア
ホテルからFell’s Pointへ@バルティモア

Fell’s Pointまでの道も雪が残っており,滑りやすい.恐る恐る歩道を歩く.平日の朝だからなのか,人気が少ない.

寒々としているFell's Point@バルティモア
寒々としているFell’s Point@バルティモア

Fell’s PointはHistoric Districtで昔戦争があったところのようだ.ショップやレストランはあるが,特に見るべきものもなさそうなので,というか寒いので,インナーハーバーへ移動する.

インナーハーバー@バルティモア
インナーハーバー@バルティモア

とりあえず,バーンズアンドノーブルに入り,ブラブラと書棚を眺めながら暖まる.

アメリカの本はでかいので,KindleやiPadが流行るのも頷ける.そこそこ読書はするので欲しい気もするが,いつもノートパソコン(VAIO Z)を持ち歩いている者としては,さらにもう1つ持つのは嫌だなと思ってしまう.

インナーハーバー@バルティモア
インナーハーバー@バルティモア

11時過ぎ,クラブ・サンドイッチを食べて,ホテルに戻る.

1月 202011
 

バルティモアに到着した日,夕食は美味しいシーフードにしようということで,宿泊しているBaltimore Marriott Waterfrontにも近いMcCormick & Schmick’sへ.

無茶苦茶に寒いハーバー沿いの道をレストランに向かいながら,「どこかでMcCormick and Schmicksに行ったはず」と考えていたのだが,結局,思い出せなかった.ホテルに戻ってから調べてみると,2008年にフィラデルフィアのMcCormick & Schmick’sで食事をしていた.

McCormick & Schmick's@バルティモア
McCormick & Schmick’s@バルティモア

まだ5時過ぎで,Happy Hourをしていたので,メインダイニングには行かず,バーで食事をすることに.とりあえずビールと生牡蠣などを注文する.オイスターに,レモンだけでなく,梅肉ソースみたいなのがついてきて新鮮だった.

Crab Tower@バルティモアのMcCormick & Schmick's
Crab Tower@バルティモアのMcCormick & Schmick’s

バルティモアといえばカニでしょうということで,Crab Towerを注文.確かにタワーだ.

Sushi Roll Tenpura@バルティモアのMcCormick & Schmick's
Sushi Roll Tenpura@バルティモアのMcCormick & Schmick’s

こちらは,寿司ロール天ぷら.巻き寿司を天ぷらにするとは...なかなか美味しかった.

ワインもボトルを1本あけて,3人で110ドルくらい.

1月 192011
 

経営を見る眼 日々の仕事の意味を知るための経営入門
伊丹敬之,東洋経済新報社,2007

副題に「経営入門」とあるように,初心者向けの内容だ.私は経営について大した勉強はしていない門外漢だが,財務諸表の読み方や企業分析のイロハについては昔に本を読んだことがあり,特に技術経営については数年前に10冊ほど読んだので,本書に書かれていることの大部分は一度はどこかで読んだことがあるものだった.

ただ,本書「経営を見る眼」は普通の教科書的な経営学の入門書とは異なる.何が異なるかと言えば,人に着目している点だ.もちろん,経営だから人が大切であるのは言うまでもないが,普通の経営学の本なら,人の感情まで立ち入らない.あくまで,カネとモノの流れを扱おうとする.ところが本書は,人の感情を大きく取り上げる.このことは,著者が経営の三つの基本論理として

  1. カネの論理(経済の論理)
  2. 情報の論理(見えざる資産の論理)
  3. 感情の論理(人間力学の論理)

を挙げていることからもわかる.また,「リーダーのあり方」を大々的に論じていることからもわかる.私が興味を持ったのも,このリーダー論だ.

リーダーがリーダーであるためには,誰かがリーダーに従わなければならない.どういう人になら従おうと思えるのか.それは正当性と信頼感を持ち合わせた人だという.

人があるリーダーに従おうと思えるには,二つの基礎条件があるように思われる.正当性と信頼感である.

正当性とは,この人がリーダーとなることが正当であると思えることで,なぜこの人に従うのかと他人に問われたときに,単に自分がそれが好きだからというだけでなく,「それが正当と思えるから」と申し開きができることである.

信頼感とは,この人についていっても大丈夫と思える感覚である.その感覚をなぜフォロワーがもてるかを素朴に考えてみると,信頼感を生み出す基礎要件が二つありそうだ.人格的魅力とぶれない決断,である.

その上で,信頼されるためにリーダーが備えておくべきは器量だと指摘する.

信頼感というのは,フォロワーから見たリーダーの条件である.では,リーダーたろうとする人がその信頼感を勝ち得るために,どんな条件を備えておくべきと思われるか.それが,「器量」という言葉でしばしば言われるものであろう.器量を磨く,器量を大きくすることが,リーダーたりうる条件になる.

三つのものから器量は構成されているように思う.

  1. 考えることのスケールの大きさと深さ
  2. 異質な人を受け入れる度量
  3. 想定外の出来事を呑み込む力

逆に,リーダーとして不適な性質も指摘されている.

少なくとも次の三点の性癖を持っている人はリーダーとしてふさわしくないと思われる.

  1. 私心が強い
  2. 人の心の襞がわからない
  3. 責任を回避する

さらに,リーダーにとどまらず,経営者として大成した人達が兼ね備えていた条件を挙げている.

経営者として大きく育った人々を観察すると,三つの条件を兼ね備えた人が多い.「一つの志,二つの場」,という三つの条件である.

まず第一の条件は,「志の高さ」である.単に自分の私利私欲を追うのではない公の心をもち,結果として何を人生で達成したいのかについて目的を高くもつ.

第二の条件は,「仕事の場の大きさ」である.それも,若い頃に経験する仕事の場の大きさである.

第三の条件は,「思索の場の広さと深さ」である.思索とは,さまざまな刺激を受けて人がものを考えるプロセスである.読書を糧として古人の思索から受ける刺激でもいい.生身の他者との対話を通じて内省的に自らに思いをはせる刺激でもいい.その思索のスケールと深さが大切なのである.

ここまで読んで,私は「なるほどな〜!」と唸った.一体,何に感心したのか.開陳されているリーダー像か,それとも経営者像か.

実は,そのいずれでもない.私が感心したのは,「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則」(カーマイン・ガロ,日経BP社)で強調されていた「3点ルールを守る」という原則が徹底されていることだ.ここまでに引用した箇条書きを見てみよう.すべて3つだ.

こんなところに感心する読者は希だろうから,本題に戻ろう.

企業の戦略について,次のような厳しい指摘がなされている.

戦術ばかりで戦略なし,という企業が案外多い.それは,現場の戦略はあるが,事業全体,企業全体の戦略がまっとうにつくられていない企業である.

実は,このような指摘をしているのは伊丹氏だけではない.聞きかじった経営学を振り回すだけの人は別だろうが,技術が分かっている人,現場が分かっている人は,日本の製造業の現場の強さを知っているが故に,問題は本社の戦略の拙さにあると考えているようだ.もちろん,すべての企業がそうだというわけではないが.

最後に,本書のタイトルである「経営を見る眼」について引用しておこう.

経営を見るときのキーワード

  1. 当たり前スタンダード
  2. 神は細部に宿る
  3. 人は性善なれども弱し
  4. 六割で優良企業

おっと,最後は4つだった.

目次

働く人と会社

  • 人はなぜ働くか
  • 仕事の場で何が起きているか
  • 雇用関係を絶つとき

企業とは何か

  • 企業は何をしている存在か
  • 株主はなぜカネを出すのか
  • 利益とは何か
  • 企業は誰のものか

リーダーのあり方

  • 人を動かす
  • リーダーの条件
  • リーダーの仕事
  • 上司をマネジする―逆向きのリーダーシップ

経営の全体像

  • 経営をマクロに考える
  • 戦略とは何か
  • 競争優位の戦略
  • ビジネスシステムの戦略
  • 企業戦略と資源・能力
  • 組織構造
  • 管理システム
  • 場のマネジメント

経営を見る眼を養う

  • キーワードで考える
  • 経営の論理と方程式で考える