1月 302011
 

喜嶋先生の静かな世界
森博嗣,講談社,2010

いい話だ.自分が大学に入学してから,大学院修士課程に進学し,さらに助手として研究を本業とするようになった頃を思い出す.

昨年11月に,このブログのコメントでsuzuさんに推薦していただいた本だが,ようやく手にした.自伝的小説と言われているらしい.

ある大学の理系学部(理学部か工学部っぽい)に進学した主人公が,大学生活に失望するも,4回生のときに喜嶋先生の研究室に配属されて,研究をすることの楽しさ,素晴らしさに目覚め,修士課程,さらに博士後期課程へと進む.研究者として喜嶋先生の生き様に共感し,尊敬もし,その指導の下で,研究に生活のすべてを捧げる.順調に助教授となった主人公が,そんなかつての自分を振り返りつつ書いているのが,この小説だ.

大学で研究するとはどういうことなのか,研究者の生活とはどのようなものなのか,どうして彼らは寝食も忘れて研究に没頭するのか,そんなことの一端を知ることができるのではないか.もちろん,研究生活の他に,彼らにも現実の生活がある.人間関係もある.異性との関係もある.主人公を通して,研究者の生き様を垣間見ることができる.そんな小説だ.

研究者になりたい学生,研究者というものに興味がある人には,非常に参考になるのではないか.理系の学生は読んでおいて損はしないと思う.ただし,教授になる方法みたいなことが書かれているわけではない.そんな低俗な本ではない.そうではなくて,喜嶋先生の静かな世界,幸せに満ちた世界を見せてくれる.この世界に,そのような幸せがあることを信じられない人も多いのかもしれない.少なくとも,全く知らないままの人は多いことだろう.

しかし,研究者として生きていくことがいかに難しいかということも感じないわけにはいかない.現実の生活が,現実の世界がある.結末は悲しい.

私の方が10年ほど若いのだろうが,主人公と同じように,大学の研究室で過ごしてきたため,細かいところで,うんうんと頷くことがある.

頑張って書いた原稿が真っ赤になって,もはや原文をとどめていないとか.8時間,休憩も食事もせずに議論だとか.そして何よりも,期待に胸をふくらませて入学した大学にすぐに失望させられても,研究室に配属されて研究に触れれば,能力を発揮するに値する対象を見出せる点とか.

最後に,助教授になった主人公は今の自分を見つめる.もう純粋な研究者ではない自分を.王道から外れている自分を.

「四十代になれば,ほとんどの研究者は第一線から退いた状態になる.後進に引き継ぎ,自分は研究費を獲得するための営業に回るか,弟子を束ねて会社組織のようなものを築き上げ,トップに君臨する経営者としてアイデンティティを示すのか,それは人や分野によって様々だけれど,いずれにしても,もう研究者でなくなっていることは確かだ.」

そして,喜嶋先生のことを想う.そこに理想の研究者像を見る.

様々な共通する体験を持っているのだが,それでも,生きるということの最も深い部分で,主人公と私は価値観を異にしている.主人公はこう書いている.

「経験を積み重ねることによって,人間はだんだん立派になっていく.でも,死んでしまったら,それで終わり.フリダシにさえ戻れない.」

私はそうは考えていない.それで終わりとは思っていない.あなたはどうだろう.

目次

  • 第1章
  • 第2章
  • 第3章
  • 第4章

  One Response to “喜嶋先生の静かな世界”

  1. [...] Chase Your Dream ! ? 喜嶋先生の静かな世界 blog.chase-dream.com/2011/01/30/1178 – view page – cached このエントリは 2011 1月 30 9:00:16 に投稿され、読書の記録(書評), 教育/研究@大学, 研究/技術開発 以下にファイルされています。あなたは RSS 2.0 フィードを通してこのエントリへのレスポンスを取得することが可能です。 [...]

 Leave a Reply

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>