2月 282011
 

京都大学ほかの入学試験問題が試験時間中にネットに投稿され,その質問に回答まであった事件が世間を騒がせている.所詮はカンニングだからどう対処するのだろうかと思っていたが,警察沙汰になるそうだ.京都大学が京都府警へ被害届を提出し,偽計業務妨害の疑いで捜査が始まるとのこと.ヤフー側も捜査には全面的に協力するとしているので,投稿者の身元は判明するだろう.投稿者が正真正銘の馬鹿でないなら,携帯電話はプリペイドで,購入時の身分証明書は偽造と予想されるが...

ちなみに,昔,韓国で携帯電話を利用した集団カンニングが発覚したときは,公務執行妨害で有罪となっている.

それにしてもだ.こういう馬鹿のおかげで,文部科学省から各大学に対して不正防止体制を強化しろという通達が来るだろう.特に事件の現場となった京都大学は何らかの措置を講じざるをえないため,大学教職員に与える被害は少なくない.どれだけの社会的損失を発生させることか.それを考えれば,有罪とされるのもやむを得ない.十分に反省してもらおう.

その一方で,受験生に動揺しないようにとのアナウンスがなされているが,一体,何に動揺するというのだろう.仮に複数の受験生が不正行為で合格できたとしても,それによる合格最低点の上昇は1点もないだろう.恐らく普通の受験生の合否には影響しない.特殊な不正行為よりも,当日たまたま出来が良かったか悪かったか,配点がたまたま自分に好都合だったかどうかの方が余程影響が大きいはずだ.

それにしてもだ.1点を争う入学試験というのも考えものだ.大学はアドミッションポリシーを公開し,求める学生像を描いているが,それは1点差で滑り込める学生なのか.違うとは言えないはずだ.点数だけで合否判定するという入試制度は大学が決めているのだから.問題は2つある.まずは,点数だけで判断していいのかという点.次に,偉そうなアドミッションポリシーを掲げながら点数だけで合否判定していいのかという点.

入学試験の点数主義を改める

入試制度については,以前,「カルチャーショック ハーバードvs東大─アメリカ奨学生のみた大学教育─」(ベンジャミン・トバクマン,大学教育出版)でも触れた.東京大学を筆頭に日本で世間体のよい大学では,「ペーパーテストで点を取る能力」のみが評価される.これは誰もが知っている事実であり,世論もそれで良いとしている.だからこそ,浪人の存在が社会的に許容されるわけだ.一年間,ペーパーテストで少しでも高い点を取れるようになることを目指して,日夜努力するわけだ.そして,その努力を大学が認める.偏狭であっても全く不思議でない,そのような浪人を大量に合格させる,つまり,そのような浪人が東大に相応しい志願者だと判断しているのが現状だ.著者は,「浪人の社会に対する貢献はゼロだ.「浪人制度」はお金持ちに偏っているだけではなく,志願者の社会問題への関心を薄め,大学の創造力も国の国際競争力も弱めることになる」と痛烈に批判している.

では,海外ではどうか.「カルチャーショック ハーバードvs東大─アメリカ奨学生のみた大学教育─」にはこう書かれている.

「社会のことはどうでもいい」と思う人は,きっぱりとハーバードに断られる.ハーバードに受かりたいならば,取りあえず,ボランティア活動をやってみることをお勧めする.こうして,志願書の「課外活動」という欄に書けるものが増えて受かりやすくなる.それとともに,有意義な経験を積むことだろう.

自律,自由,動機: ハーバードvs東大の続き」に書いたので繰り返さないが,日本の入試制度は知識偏重であり,ボランティア活動を評価すべきかどうかはともかくとして,何らかの変革が必要なのは確かだろう.1点差で試験に勝つことが大切だ!と信じていないのなら.

ただし,ボランティア活動の評価などが必ずしも良いと思わない.それは,こんなエピソードがあるからだ.ある街に優秀な女子高生がいた.学業が優秀なばかりでなく,積極的にボランティア活動などにも取り組んでいた.あるとき,その地域の高校生有志が,受験対策としてハーバード大学への視察旅行に出掛けた.視察旅行から戻った女子高生は,次のような感想を述べたそうだ.「私も,もっと目立つボランティアをしないといけないわね」と.このような「賢い」学生が,自分の利益だけでなく,社会のために頑張ってくれるとは思えないが,それでも,現状のまま何もしないよりは「まし」だろう.

また,「これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学」(マイケル・サンデル,早川書房)にも,学業面での資質のみを基準に学生を選考する大学もあるかもしれないが,ほとんどの大学は違うと書かれている.彼らからすれば,日本の大学入試制度は奇異だろう.

入学試験をクジ引きにする

サンデル教授は「これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学」において,入学試験の合格通知と不合格通知に添える文面を提案している.

まず合格通知では,合格することと人間としての価値とは無関係であること,人間として価値があるから合格させるのではなく,大学の利益になるから合格させるのだと述べる.一方の不合格通知では,逆に,不合格となったことは人間としての価値とは無関係であること,たまたま大学が求める能力と志願者の能力とがミスマッチしていただけであると述べる.これらはジョン・ロールズの掲げる正義に合致する.

入学試験の結果なんて偶然の産物でしかないと思えれば,不合格だからと言って,自分に価値がないなどと妄想して落胆しなくても済むだろう.そこで,どこで見掛けたかは忘れてしまった(どこかのウェブサイトだった)のだが,入試の点数にランダムに点数を加算してしまえという意見があった.例えば,100点満点の試験だとして,デタラメに0〜10点を加点してしまえというわけだ.しかし,この方法は機能しないだろう.10点加点するルールなら,11点以上差をつけて勝てばいいと誰もが考えるからだ.だから,もし実行するなら,合格最低点を決めて,それ以上の点数をとった受験生全員でクジ引きする方が確実に目的を成し遂げられる.こうすれば,無駄な(?)努力はしなくなる.

合格通知を競売する

もう1つ.「これからの「正義」の話をしよう―いまを生き延びるための哲学」でサンデル教授が提示している思考実験がある.合格通知を競売にかけるというものだ.

前に「国立大学倒産に向けて」や「財政破綻する日本の大学: 脱出ボタンを押せるのは優秀な人材のみ」に書いたとおり,独立法人化された地方大学で集客力のないところは財政破綻しかねない.集客力のあるところでも,以前のレベルは維持できなくなっている.そこで,合格通知(入学許可証)の一部(例えば数%)を競売にかけてしまったらどうだろうか.東大や京大の合格通知が買えるなら,1億円くらいなら出すという子供想いの親はいるだろう.例えば年間10人(1%未満)の合格枠を割り当てれば10億円の収入となる.オークションだから,実際にはもっと収入は増えるかもしれない.自分で金を稼げと言われている大学には良い儲け話だ.一方,受験生とその家族にしてみれば,効果が不確かな家庭教師や教材に資金を注ぎ込むよりも確実に欲しい結果を手にすることができる.両者共にハッピーだ.

しかし,この提案は現実には社会的に受け入れられないだろう.推薦入試で合格し,多額の寄付金を大学に捧げることとの違いがハッキリしないように思えるのだが,恐らく表立って認めるわけにはいかないということなのだろう.もちろん,そのような仕組みが公正ではないという意見もあるはずだ.しかし,そもそも公正とは何か.家庭の経済的状況などを全く無視して,現在の受験生が公正な競争をしているとでも言うのか.その10億円を経済的に恵まれない成績優秀者に奨学金として分配するとしたらどうか.

このような問いをサンデル教授は投げかける.なるほど.講義の人気が高いのも頷ける.私も大学一回生のときに哲学を受講したが,そこではニーチェが・・・(聞き取れないか,意味が分からない)と教授が呟いているだけだったから.「哲学」学か哲学史と名付けた方が良いような講義だった気がする.

大学に進学する人たちへ

日本の入試制度は知識偏重で点数でしか受験生を評価しない.だから,仮に不合格になっても自分という人間に価値がないなどと決して思う必要はない.むしろ逆で,大学に人を見る眼がないだけだ.

私の経験から言えば,どこの大学にも,凄い学生もいれば,???な学生もいる.どこの組織でも,そこに所属している人間は2:6:2に分かれるそうだ.優秀な人が2割,普通の人が6割,動かない人が2割.どこの大学に行くかではなく,3つのうちのどのグループに入るかが問題だ.

2月 272011
 

老子
老子(著),蜂屋邦夫(訳),岩波書店,2008

タオ―老子」(加島祥造,筑摩書房)を読み,老子の言葉をそのまま読んでみたいと思ったので,岩波版の本書を手にした.正直,難しい.私ごときでは,まだまだ老子は理解できない.体得できないどころか,頭でもわからないところが多い.それでも,いくつか引用してみる.

善人は不善人の教師であり,不善人は善人の手助けである.その教師を貴ばず,その手助けを愛惜しなければ,どんなに智者であっても,たいへんな愚か者である.このことを,玄妙な道理という.(第二十七章)

剛強なあり方を知りながら,柔弱の立場を守っていくと,世の中の人々が慕いよる谿となる.世の中の谿となれば,恒常の徳は身から離れず,純粋な嬰児の状態に立ちかえる.賢明なあり方を知りながら,暗愚の立場を守っていくと,世の中の人々が仰ぎみる模範となる.世の中の模範となれば,その身は恒常の徳と違わず,極まりなき道の世界に立ちかえる.栄誉あるあり方を知りながら,汚辱の立場を守っていくと,世の中の人々が慕いよる谷となる.世の中の谷となれば,恒常の徳はその身に満ち足りて,素朴な樸の状態に立ちかえる.(第二十八章)

わたしには三つの宝があり,しっかりと保持している.第一は慈悲,第二は倹約,第三は世の中の人々の先頭には立たない,ということである.慈悲深いから勇敢でありうるし,倹約であるから国が広くなりうるし,世の中の人々の先頭には立たないから万人の長になりうるのだ.(第六十七章)

すぐれた武将は猛々しくない.すぐれた戦士は怒りに任せない.うまく敵に勝つ者は敵とまともにぶつからない.うまく人を使う者は,彼らにへりくだる.これを争わない徳といい,これを人の能力を使うといい,これを天に匹敵するという.むかしからの最高の道理である.(第六十八章)

全体を通して,無欲であることを良しとする意識が強いと感じられる.恐らく,禁欲ではなく,無欲だ.

それに,水が良いものの喩えとして再三登場する.柔弱だが剛強に勝ち,低いところを好む.云々.

目次

  • 老子(第一章から第八十一章)
  • 解説
2月 242011
 

昨日,3日間にわたる修士論文および特別研究の発表会が終了し,謝恩会に招いていただいた.そこで,専攻長から学生に向けた挨拶があり,「自覚しているかどうかはともかく,君たちがエリートであることは間違いない」という話があった.専攻長もこぼしていたように,日本ではエリートという言葉が使いにくい.しかし,別の言葉に置き換えても構わないが,実際にエリートであるし,その期待に応えることを望まれている.

エリートに向けたメッセージとして,このブログでも紹介したことがある非常に厳しいメッセージがある.クリシュナムルティがインド工科大学(IIT)に通う,世間的には「エリート」とされる学生を対象に行った講話で,「クリシュナムルティの教育原論―心の砂漠化を防ぐために」(ジッドウ・クリシュナムルティ,コスモスライブラリー)に収録されているメッセージだ.目新しいことを述べているわけではない.しかし,ただ頭の片隅に収納されているだけの知識に何の価値があるだろうか.知っていることではなく,何を考え,何をしているかが問題だ.そう思って読むと,メッセージの厳しさがわかる.

同じく昨日,「ハーバードからの贈り物」(デイジー・ウェイドマン,ランダムハウス講談社)について書いた.ハーバードビジネススクールの教授陣が将来リーダーになる受講生に語ったメッセージが収録されている.素晴らしい本だ.

そのような中,自分が学生に伝えたいメッセージがあるとすれば,それは何であろうかと考えた.もちろん,これはずっと考え続けてきたことでもあり,実際,このブログにも「大学新入生へ: 受講生に宛てた本気モードでのメッセージ」を書いている.そこには様々なことが詰め込んであるのだが,ここでは,感謝するということに焦点をあてて,メッセージをまとめてみようと思う.感謝については,このブログの読書メモでも何回も取り上げている.先人がその大切さを知っていたからだろう.それらを整理してみよう.

既に恵まれていることに感謝して幸せになる

「わけもなく幸せ」な人々は,一日のうちに何度も感謝の気持ちを意識します.(中略)あなたが感謝するものが,あなたの周りに増えていく−−すでにある愛と幸せをありがたいと思えば,愛と幸せは増えていくのです.

「脳にいいこと」だけをやりなさい!」(マーシー・シャイモフ,三笠書房)

感謝協力のこと

いかなる人材が集うとも、和がなければ成果は得られない。常に感謝の心を抱いて互いに協力しあってこそ、信頼が培われ、真の発展も生まれてくる。

松下政経塾五誓の1つ:「リーダーになる人に知っておいてほしいこと」(松下幸之助,PHP研究所)

人が幸せになる一番の方法は,大きな会社をつくることではありません.お金を儲けることでもありません.それは,人から感謝されることです.人のために何かして喜ばれると,すごく幸せな気分になるでしょう.

リストラなしの「年輪経営」」(塚越寛,光文社)

感謝の気持ちを示す方法

既に所有しているものに対して感謝しましょう.そうすればより多くの良いものが引き寄せられてきます.

あなたが欲しいものに前もって感謝すれば,あなたの願望は爆発的に強められて,より力強いシグナルが宇宙に送り出されます.

ザ・シークレット」(ロンダ・バーン,角川書店)

素晴らしい人間関係を保つための最大の武器は,ひと言「ありがとう」です.周りの人たちの支えに対して感謝の気持ちを伝えれば,人々はさらに助けてくれるようになり,絆はもっと強固なものになるでしょう.これが人間関係における「引き寄せの法則」です.

「脳にいいこと」だけをやりなさい!」(マーシー・シャイモフ,三笠書房)

あなたのために何かしてくれた人に対して感謝の気持ちを示すかどうかで,あなたの印象は大きく変わります.あなたのために何かしてくれたということは,機会費用がかかっているという事実を忘れてはいけません.(中略)お礼状は書いて当たり前で,書かないのはよほどの例外だと思ってください.残念ながら,実際にそうしている人は少ないので,マメにお礼状を書けば目立つこと請け合いです.

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」(ティナ・シーリグ,阪急コミュニケーションズ)

食物はエネルギーを得る第一の方法です.しかし,食物のエネルギーを全部吸収するためには,食物に感謝して,よく味わわなければなりません.味は入口です.あなたは味に感謝しなければなりません.食べる前にお祈りをするのは,そのためです.それもただ感謝するだけではなく,食事を聖なる体験にするためです.そうすれば,食物のエネルギーがあなたの体に入るようになります.

聖なる予言」(ジェームズ・レッドフィールド,角川書店)

感謝の気持ちを持てないときに

他人のものを眺めると,誰でも自分のものが気に入らなくなる.それでわれわれは神々にも怒りを向ける.自分より先を行く人がいるから,というわけだ.だが,われわれは,後ろにどれほど大勢がいるか,わずかな人を嫉んでいる者がどれほど大きな嫉みにあとをつけらえらているか,気がつかないでいる.とにかく人間のずうずうしさは限度を知らない.

怒りについて 他二篇」(セネカ,岩波書店)

いまの君にしっかりとわかっていてもらいたいと思うことは,このような世の中で,君のようになんの妨げもなく勉強ができ,自分の才能を思うままに延ばしてゆけるということが,どんなにありがたいことか,ということだ.コペル君!「ありがたい」という言葉によく気をつけて見たまえ.この言葉は,「感謝すべきことだ」とか,「御礼をいうだけの値打ちがある」とかいう意味で使われているね.しかし,この言葉のもとの意味は,「そうあることがむずかしい」という意味だ.「めったにあることじゃあない」という意味だ.自分の受けている仕合わせが,めったにあることじゃあないと思えばこそ,われわれは,それに感謝する気持になる.

君たちはどう生きるか」(吉野源三郎,岩波書店)

恵まれている者が果たすべき責任

あなたたちは,世界のなかで恵まれた位置にいる.熱心な先生や愛情あふれる両親のお陰で「幸運」を与えられたことを,十分認識してほしい.そして何よりも,幸運の女神がこれほど豊かに微笑んでくれたのだから,自分にはそれなりの責任があることを肝に銘じてほしい.幸運が成功を生み,成功が義務を生む.他の人びとの幸運を作り出すことで,あなた自身が最高の高みへと到達することができるのだ.

ジャイ・ジャイクマー:「ハーバードからの贈り物」(デイジー・ウェイドマン,ランダムハウス講談社)

期待されるということの意味も考えてほしい.それは特権なのだ.高いレベルを求められ,他人をリードするチャンスを与えられるのは名誉なことである.期待に応えるチャンスを与えられるたびに,チャンスを与えられたことを感謝し,大事にすることだ.

フランシス・X・フライ:「ハーバードからの贈り物」(デイジー・ウェイドマン,ランダムハウス講談社)

この先は,もう言わないでも,君にはよくわかっているね.君のような恵まれた立場にいる人が,どんなことをしなければならないか,どういう心掛けで生きてゆくのが本当か,それは,僕から言われないだって,ちゃんとわかるはずだ.(中略)僕は心から願っている−君がぐんぐんと才能を延ばしていって,世の中のために本当に役に立つ人になってくれることを!

君たちはどう生きるか」(吉野源三郎,岩波書店)

ノーブレス・オブリージ(noblesse oblige)を身に付ける」にも書いたが,エリートの条件とは何か,1つだけ挙げろと言われれば,ノーブレス・オブリージ(noblesse oblige)を身に付けていることだと,私は答えたい.これが私の変わらぬ意見だ.

2月 232011
 

ハーバードからの贈り物 – Remember Who You Are
デイジー・ウェイドマン(著),幾島幸子(訳) ,ランダムハウス講談社,2004

素晴らしい本だ.図書館で借りて読んだのだが,購入して研究室の課題図書に指定した.学生には優れたリーダーになってもらいたいからね.

本書「ハーバードからの贈り物」は,ハーバードビジネススクールの学生(一度就職してからMBA取得のため在籍)が,自分自身が感銘を受けた教授陣による最終講義での訓話を集めたもの.ハーバードビジネススクールでは,最終講義の最後に,教授が学生に自分の体験に基づいた激励のメッセージを送るのが伝統となっているそうだ.「恒例の最後の授業にこそ,ハーバードの精神が息づいている」という卒業生も少なくないという.

収録されているメッセージは,いずれもリーダーやリーダーシップに関連している.これは,ハーバードビジネススクールの卒業生はリーダーとして活躍する人材であるという了解が両者にあるからだろう.それほどに人材育成に対する姿勢が明確なのだと言える.

本書「ハーバードからの贈り物」には,15人の教授からのメッセージが収められているが,いずれのメッセージも教授各々の体験・人生に深く根差しており,読み応えがある.もちろん,著者も指摘しているように,すべてのメッセージがすべての人に感銘を与えるわけではない.読者が歩んできた人生に応じて,心を揺さぶられるメッセージもあれば,そうでないメッセージもあるだろう.

私がこの本を読んで凄いと思ったのは,ある1つの大学院の教授陣が,自分の体験に基づいて,これだけのメッセージを学生にきちんと伝えているという事実だ.教授が自分の人生観を自分の言葉で学生に伝えていることだ.本書で語られている訓話を抽象化してしまえば,どれもこれも既に語られていることだろう.世の中に,哲学,自己啓発,人生論,リーダーシップ論などの書籍は掃いて捨てるほどある.そうそう新しい理論が出てくるものではない.しかし,語られているメッセージは浅薄な抽象論ではない.教員が自分の人生を通して学び,学生に伝えたいと切望した内容だ.真剣に講義を受講した学生が,こういう話を最終講義で聴けば,強い刺激を受けるだろう.その場にいることができない者としては,せめて本書「ハーバードからの贈り物」を読んで,雰囲気を味わうことにしよう.

ここでは,そんなメッセージの1つを紹介しておこう.最後に掲載されているキム・B・クラーク教授のメッセージからの抜粋になる.

今日,私の仕事は明日のリーダーを育てること−−より良い社会を作るための力を伸ばす手助けをすることだ.その力は,あなたたち一人ひとりのなかにある.(中略)あなたが将来,どこにいて,どんな組織で働こうと,あなたの周囲の人びとが「われわれはいったい誰を信頼できるのか?」と自問するとき,その答えは「あなた」であってほしい.これから未来へ向かって羽ばたくあなたには,大きな期待がかかっていることを肝に銘じてほしい.(中略)そこで求められるのは,最高レベルの誠実さと敬意と自己責任の確固たる基盤に立ち,社会に変化をもたらすリーダーだ.目標を高く掲げることを恐れず,大いなる夢と希望を持って,自分を信じ,周囲の人びとを信頼するリーダーである.あなたは,まさにそうしたリーダーの一人となる人間だ.だから私のアドバイスは簡単だ.入念に考え,賢明な選択をせよ.自分の人生を律する価値観や信条をしっかり見きわめ,それに忠実であれ.自分を見失わず,思う存分ハイカントリーを駆けよ.

目次

  • 転落から高みへ(ジャイ・ジャイクマー)
  • なぜ人はあなたのために働くのか(ティモシー・バトラー)
  • ラシュモア山での問い(トーマス・J・デロング)
  • 剥製の鳥(ジェフリー・F・レイポート)
  • 自分らしくあれ(リチャード・S・テッドロウ)
  • 黒か白か(トーマス・K・マックロウ)
  • まずい食事と真実(スティーヴン・P・カウフマン)
  • 同窓会(デイヴィッド・E・ベル)
  • 完璧を求めるな(ナンシー・F・ケーン)
  • キャサリン・ヘップバーンと私(ロザベス・モス・カンター)
  • サラの物語(H・ケント・ボウエン)
  • 今という瞬間を生きよ(フランシス・X・フライ)
  • レース(ヘンリー・B・ライリング)
  • 誓い(ニティン・ノーリア)
  • 自分を見失わないで(キム・B・クラーク)
2月 222011
 

先日,「卒業論文修士論文など発表スライドの作り方」について書いたが,今回はプレゼンテーションの方法そのもの,特に発表態度についてメモしておこう.ちょうど発表会の只中だから,これから発表する学生の参考になるだろう.

なお,ここで述べることはかなりレベルが高いので,必ずしも今できる必要はない.ただ,意識すらしていなければ,できるようになるはずもない.プレゼンを上手にしたいと思うなら,頭に叩き込んでおいて損はしないだろう.

最低な態度

まずは,これだけは止めておけという態度を指摘しておこう.それは,ポケットに手を突っこんだり,だらしないと思われるような態度だ.そんなこと言われなくても分かっていると言いたい気持ちは分かる.確かにそうだろう.でも,無意識に自分がどのような態度や話し方をしているかを意識することは相当難しい.え〜,あの〜,を連発している人達は,大抵,そのことを知らない.もちろん,知らないのは本人だけだ.

ポケットに手を突っこんだりするのは,自分の名前で講演会に人を呼べるようになってからにしてもらいたい.そのレベルにまでなれば,好きなだけ,好きなことをしたらいいだろう.

普通の態度

直立不動.

決して悪いとは言わないが,ぎこちなくて,見ている方が疲れる.身動きせずに,覚えた原稿を暗唱するだけなら,録音した音声を流してもいいだろう.少なくとも,それと大差ないような気がする.では,どうすれば,もっと良くなるのか.

私が望ましいと思う態度

意味ある身振りや手振りを交えること,そして間を取ること.これらが重要だと思う.順に見ていこう.

まず,その場(演台があるところ)から動いてはいけないというルールはない.とんでもなく大きな会場で固定マイクでしか声が届かないなら,演台から身動きできない.しかし,たかだか100人くらいの会場なら,マイクなしでも声は届く.逆に,それで声が届かないというなら,まず発声練習でもすることを考えた方がいい.

スライド操作ができる多機能レーザーポインターも普通になってきた.これを使えば,パソコンの近くにいる必要はない.コンサートでミュージシャンがステージを動き回るようなイメージまで行くと行き過ぎな気がするが,ある程度の動きはあってよい.

決められた場から動かないにしても,その場で意味ある身振りや手振りは交えたほうがいい.黒子ではないのだから,あなたが主役なのだから,直立不動は感心しない.

次に,非常に大切なのが,間(ま)だ.聞かせるプレゼンのために必要なのは,沈黙だ.

例えば,「〜でしょうか?」という発問でプレゼンを進める場合,間がないといけない.「〜でしょうか?」と尋ねたら,何も言わず,ゆっくりと,前方の左,中央,右,後方の左,中央,右を見渡そう.一人一人の顔を識別できるくらいに,ゆっくりと.聴衆の反応を観察しながら,少なくとも5秒間は黙るべきだ.

この日曜日に,長女5歳が通う幼稚園のリズム発表会があった.400人を収容できる立派なホールを借りて行われる本格的なものだ.そこで年長組の演し物(紙芝居)があり,彼らが描いた絵を見せながら,「これは何の絵でしょうか?○○の絵だと思う人は手を挙げて下さい」と尋ねる.ところが,間髪入れずに「ちがいま〜す.□□の絵です」と言うので,会場からは笑い声が漏れていた.実に可愛らしい.しかし,これが微笑ましいのは幼稚園児がしているからだ.大学生や社会人がやったら,無能でしかない.

黙るというのは,かなりレベルが高いテクニックだ.プレゼン初心者は沈黙の恐怖に負けてしまう.だから,早口で休む間もなく,まくしたてる.でも,それだけに沈黙には効果がある.自信が感じられる.

質疑応答の態度

最後に,印象を決定的に左右する質疑応答の態度について一言だけ述べておきたい.

自信を持て.

2月 212011
 

友人宅で凄く美味しいコーヒーを飲んだと彼女が言う.そのコーヒーはカプセルでいれるもので,ネスプレッソという製品だと.それが欲しいと.

ネットで調べてみると,ネスレネスプレッソ株式会社のウェブサイトがあり,そこで詳しく宣伝されている.

店舗はデパートなどにあり,京都だと京都駅ビルの伊勢丹や四条河原町の高島屋にある.店舗に行くと,懇切丁寧に説明しながら,濃いエスプレッソ,普通のコーヒー,クリームたっぷりのカプチーノなどを試飲させてもらえる.確かに,美味しい.カプセルをコーヒーメーカーにセットしてボタンを押すだけなので,誰でも簡単に自宅で美味しいコーヒーが飲める.

というわけで,機械は結構高いのだが,そんなに欲しいのならということで,ネスプレッソ(Nespresso)のエスプレッソマシンCitiZを購入した.マシン本体に加えて,牛乳を泡立てる装置も.先週末のことだ.

ネスプレッソ(Nespresso)のエスプレッソマシンCitiZ
ネスプレッソ(Nespresso)のエスプレッソマシンCitiZ

エスプレッソマシンに加えて,全16種類のカプセルも購入した.カプセルをセット(16種類×10個)で買うと,おまけにカプセルを収納する箱が付いてくる.私はこの箱が欲しかったのだが,長男7歳と長女5歳もこの箱が欲しいという.自宅に戻るやいなや,カプセルを綺麗に並べて遊んでいた.

ネスプレッソ(Nespresso)のカプセル16種類
ネスプレッソ(Nespresso)のカプセル16種類

実は,もう1つ.初めてネスプレッソ(Nespresso)を購入する人向けのセット商品があった.少し小さめのそのセットを購入すると,箱ではなく,チョコレートが付いてくる.もちろんネスレのチョコレートなのだが,彼女によると美味しいらしい.彼女は食べられない箱なんかには興味はなく,そのチョコレートが欲しいという.多数決では箱の勝ちなのだが,どうせコーヒーはたくさん飲むのだから,両方のセットを買うことにした.

結局,ネスプレッソ(Nespresso)のエスプレッソマシンCitiZ,牛乳を泡立てる装置,カプセルを2セット購入した.しめて6万数千円.高いけれども,納得の買い物だ.

・・・のはずだったのだが,購入して数日後,ネスレネスプレッソ株式会社のウェブサイトで新商品販売開始のお知らせと,それに伴うCitizの値下げの発表があった.3月から5千円値下げするとのこと.納得して買ったのであまり気にならないのだが,彼女はショックなようだ.

2月 192011
 

昨日,「世界級キャリアのつくり方―20代、30代からの“国際派”プロフェッショナルのすすめ」(黒川清,石倉洋子,東洋経済新報社)について書いた.「若者にとっては,つい内向きになりがちな自分の目を世界に向けてくれる啓蒙の書となるだろう.自分も国際的に活躍してみたいと思わせてくれるはずだ」と書いた.読後感想文としては普通っぽいだろう?

ここで改めて,私が抱いた感想を書いておこう.むしろ,こちらが本物だ.

.....

まず,自分自身に問いかけて欲しい.

国際派プロフェッショナルなんて目指す価値があるのか? あるとしたら,なぜ?

確かに著者である黒川氏と石倉氏の活躍は見事だし,ひとつの生き方であるに違いない.でも,そのような生き方を「わたし」がしなくてはならない理由があるのだろうか.あるとしたら,それはどのようなものなのか.

著者らは,日本のために国際派プロフェッショナルとして活躍する人材が増えなくてはならないという言い方をしている.「わたし」は日本のために尽くしたいのか.だから国際派プロフェッショナルになりたいのか.

では,日本のためとは何なのか.何が日本のためなのか.

例えば,まともな子育てをしている母親や教師を考えてみよう.英語なんてできないし,ダボス会議なんて言われても「えっ,かぼす?」かもしれない.それでも間違いなく日本のためになっているだろう.

「わたし」がいう日本のためとは何なのか.それは本当に日本のためなのか.日本のためと曖昧に言っておけば何でも許されると甘えているだけではないか.「日本のため」なんてことは政治屋でも口にできる.

「わたし」は国際派プロフェッショナルになって,何がしたいのか.

黒川氏と石倉氏に刺激を受けるのはいい.だが,そのコピーを目指すようでは,彼らが言う国際派プロフェッショナルには程遠いだろう.

自分で考えて,自分の意見を持て.たとえ間違っていようが,その意見を主張しろ.批判されたっていい.そもそも自分では何もしないで批判だけしている評論家(それで飯を食っている人達だけでなく,社会の何処にでもいる大勢も含む)の批判なんて建設的でないなのだから.そんなもので社会は良くならないのだから.それが「世界級キャリアのつくり方」に書かれてあることではないのか.

.....

もちろん,日本なんて関係ない,わたし個人の問題だってことでもいい.では,そうしよう.個人的な理由で構わない.

「わたし」が国際派プロフェッショナルになりたいのは,なぜ?

黒川氏と石倉氏は,読者に自分たちのようになって欲しいという.それはそうだろう.アメリカで学び,厳しい競争社会で揉まれ,普通の日本人よりも遙かに苦労してきたし,国際的に活躍しているとの自負もある.そんなものに価値はありませんと言われるなんて想像もしたくない.それは当然だ.しかし,それは彼らの価値観・ものの考え方でしかない.彼らの生きてきた人生が,彼らの考え方をそのように形作ったのだ.異なる人生を生きている「わたし」は異なる価値観・ものの考え方を持っているはずだ.異なっていて当然なのであって,同じだったら気味が悪い.

その「わたし」は国際派プロフェッショナルになりたいのか? なりたいとしたら,なぜ?

名誉・名声のためか.お金のためか.それが良いとか悪いとか言っているのではない.自分の価値観・ものの考え方を意識できているかと問うているのだ.

「わたし」の価値観・ものの考え方は,「わたし」の両親や友人,先生,本やテレビ,その他これまでに経験してきたあらゆることを土台に形成されている.好き嫌いや善悪の判断などは,あまりにも当然のことであり,あまりにも自分の深いところにまで染みついているため,普段は意識できない.

そのような価値観・ものの考え方には,「わたし」の家の中でしか通用しないものもあったはずだ.しかし,幼稚園児くらいになって家の外に出るようになると,その価値観・ものの考え方が揺らぐ.そして,場合によっては,変更を余儀なくされる.

そのような価値観・ものの考え方には,「わたし」と同じ日本人の中でしか通用しないものもあるはずだ.しかし,大学生くらいになって海外に出るようになると,その価値観・ものの考え方が揺らぐ.そして,場合によっては,変更を余儀なくされる.

だが当然ながら,海外に出ない人はいつまでたっても気付かない.ピューリタンの流れを組む,正統なキリスト教原理主義的なアメリカ人を見るといい.彼らにとっての常識が世界の非常識だと認識できないのは,外に出たことがないからだろう.それでも,彼らにはハードとしての軍事力がある.日本にはない.遺憾ながら,ソフトパワーもない.それでも経済大国になれたわけだが,その原動力となった国民性はもはや解体された感がある.それで,これからの日本を担う人材が必要だと叫ばれるわけだ.本書「世界級キャリアのつくり方」もそういう著者らの危機感が現れているのかもしれない.

でも,それは彼らの危機感であって,「わたし」のものではない.

「わたし」は何がしたいのか.「わたし」は何者なのか.

.....

ちなみに,私は社会に貢献したい.非常に恵まれた環境で生きているのは明らかなのだから,その感謝の気持ちの一部でも社会に還元しなければ人間としてダメだと思っている.そして,自分にできることとして,教育こそ最大の社会貢献だと認識している.もちろん,教育は学校教育に限定されるものではない.さらに,大学に在籍している一研究者として,研究を通して社会に貢献したい.そのため,徹底的に産業応用を意図した研究を実施している.社会に貢献しているという実感を得たいからだ.それに,そもそも工学とはそういうものだろう.ただ,研究というのは世界で唯一でなければならない.楽に唯一になる方法は,蛸壺に引きこもることだ.だが,それでは社会に貢献できない.結局,研究を通して社会に貢献したいなら,世界トップを目指すことになる.そういう意味で,国際派プロフェッショナルを目指しているとも言える.というか,研究者で国際派プロフェッショナルを目指していないという状態が想像できない.その達成度はそれぞれであるとしても.

ただ,このような考え方は私個人のものであって,真似してもらうようなものではない.

言えるのは,自分で考えろ,それも普段意識すらしない自分の価値観・ものの考え方のルーツまで考えろ,ということだ.それができれば,人生の見え方も変わるだろう.

その先にあるのが国際派プロフェッショナルであるかどうか,そんなことはどうでもいい.自分が信じる道を歩むだけだ.

2月 182011
 

世界級キャリアのつくり方―20代、30代からの“国際派”プロフェッショナルのすすめ
黒川清,石倉洋子,東洋経済新報社,2006

まさに国際派プロフェッショナルである黒川氏と石倉氏が,若者に向けて「国際派プロフェッショナルを目指せ!」と檄を飛ばす.そんな本.

本書「世界級キャリアのつくり方」には,両氏の経験を踏まえて,国際派プロフェッショナルとは何か,今なぜ国際派プロフェッショナルが必要か,国際派プロフェッショナルになるためには20代,30代をどのように過ごせばよいか,そしてどのような能力を身に付けていく必要があるかが丁寧に述べられている.高校生や大学生,大学院生などこれから社会に出ていこうという若者,学校を卒業してキャリアを築き始めた若者にとっては,つい内向きになりがちな自分の目を世界に向けてくれる啓蒙の書となるだろう.自分も国際的に活躍してみたいと思わせてくれるはずだ.

「国際的に活躍したい」と漠然と思っている人は多いだろう.英語が大切と誰もが言うくらいだから.しかし,漠然とした想いは現実化しにくい.まずは,具体的なイメージを持つことが大切だ.そういう観点から,たった2例ではあるけれども,黒川氏(東大医学部から国際派プロへ)と石倉氏(フリーから国際派プロへ)のキャリアを知り,国際的に活躍することのイメージを持つことができる本書を読んでみる価値はあると思う.

プロとして国際的に活躍するために,つまり国際派プロフェッショナルになるために必要なことも書かれている.現場力,表現力,時感力,当事者力,直観力が必要であると両氏は説く.

さて,既に20代どころか30代も過ぎ去りし日々となってしまった私は本書「世界級キャリアのつくり方」を読んでどう感じたか.黒川氏と石倉氏の主張には大きく頷ける.まさにその通りという感じだ.正直なところ,目新しいことは書かれていなかった.つまり,あたり前のことを述べているわけだ.だからこそ,20歳前後で本書を読むといいだろう.まともな国際派プロフェッショナルを目指せるはずだ.

ただ,「言う(読む)は易く行うは難し」である.とりあえず,夢に期限を設けるところから始めようか.

目次

序< 国際派>プロフェッショナルのすすめ

PART1.< 国際派>プロフェッショナルの時代

  • ハードだが充実感ある「国際派プロ」という生き方
  • 世界という”競技場”で勝負する

PART2.「国際派プロ」になるためのキャリアステップ

  • 20代まで(学生時代)の過ごし方
  • 20代(キャリア形成期)の過ごし方
  • 30代(キャリアアップ期)の過ごし方
  • 30代以降の過ごし方

PART3.国際派プロに必要な五つの力

  • 「現場力」を磨く
  • 「表現力」を磨く
  • 「時感力」を磨く
  • 「当事者力」を磨く
  • 「直観力」を磨く
  • < 国際派>プロフェッショナルのための基本
2月 152011
 

修士論文発表会や卒業論文発表会の時期がやってきた.当研究室の学生もスライド作成に励んでいる.

学部4回生が頑張ってくれたおかげで,研究開始時点での予想を超えて非常に良い結果が得られた研究もある.その成果を卒論発表会で発表してもらうわけだが,卒論研究としての完成度は高いため,あとは,いかに研究成果を魅力的に見せるかが鍵となる.

学生が企業等に就職してからのことを考えても,良い主張なら通るというような妄想は捨てた方がよいだろう.目立たないもの,理解できないものは採用されるはずがない.だから,常日頃から,きちんと書け,うまく発表しろと散々言っているわけだ.

さて,問題は,どのような発表用スライドを作成すればよいのかだ.学会発表や論文執筆のアドバイスは既に示してあるが,発表用スライドについては言葉で説明されるだけではピンと来ないのかもしれない.実際,ダメ出しをくらうようなスライドを作成してしまう学生が後を絶たない.

そこで今回は,具体例を示すことにしよう.発表用スライドのビフォー・アフターだ.スライドは2枚ある.実際に学生が卒論発表用に作成したスライドがオリジナル(上側)で,私の指摘を受けて変更されたものがチェック後(下側)だ.これからスライドを作成するという人は,じっくり見比べて欲しい.その上で,自分なりのスライド作成方法を編み出して欲しい.

では,1枚目のスライド.

卒業論文発表会用スライド1(オリジナル)
スライド1(オリジナル)

卒業論文発表会用スライド1(チェック後)
スライド1(チェック後)

オリジナル(上)の問題点は,箇条書きにすべきとは思えない項目を全部箇条書きにしていることだ.恐らく,最適会で読むように指示した「スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則」を読んでいないのだろう.読んでいたら,恐ろしくて,箇条書きなんて使えないはずだ.しかも,ひたすら文章を読ませるスライド構成になっている.何がポイントなのか一目でわからないし,スライドの構造もわからない.さらに,話す順番で書いているために,同じ言葉が繰り返しスライドに登場している.明らかに無駄だし,聴衆の利益ではなく,自分の都合が優先されている.

上記のポイントに注意して修正したのが,チェック後(下)だ.スライド中の文字数は減っているが,情報量は変わっていない.全体的にスッキリした印象になり,図中の文字も大きく読みやすくなっている.

次に,2枚目のスライド.

卒業論文発表会用スライド2(オリジナル)
卒業論文発表会用スライド2(オリジナル)

卒業論文発表会用スライド2(チェック後)
卒業論文発表会用スライド2(チェック後)

オリジナル(上)は,書かないといけないことは書きました,以上終わり,こんなスライドだ.とにかく見栄えが悪い.まず,一行目を読んだ聴衆は,自力でタンディッシュを探して右下に視線を移動しなければならない.さらに二行目を読んで,今度は中央下だ.なぜ,上→右下→上→中央下という,こんな視点の移動が必要なのか.スライドが悪いからだ.それに,式も見にくい.何を主張したいのか,それもはっきりしない.

上記のポイントに注意して修正したのが,チェック後(下)だ.箇条書きが消滅し,スライドらしくなっている.

スライド作成も学会発表も,努力しないと上達しない.頭を使わないと上達しない.練習しないと上達しない.決して手を抜かないことだ.そうすれば,いずれ報われるときがくる.

なお,スライドは発表をサポートする道具に過ぎないことを肝に銘じておくように.肝心なのは,スライドではなく発表だ.声が小さい,早口,あ〜,え〜を連発する,時間超過,そんな発表は最低だ.いずれも練習で正せる.それができていないということは,努力不足でしかない.そんな発表を聞く価値はないだろう.もちろん,教員として学生の発表は聞かなければならないが,それが学外での発表なら誰も聞きはしない.

主要アドバイス一覧

勉強,レポート作成/論文執筆,研究発表/プレゼンテーションについて,主に卒業や修了を目指す学生へのアドバイスの一覧

(2015年1月15日リンク追加)

2月 142011
 

もう随分と昔のことだが,2002年から2004年までの約2年間,日本学術振興会プロセスシステム工学第143委員会において,「制御性能監視〜プロセス産業での実用化を目指して〜」をテーマに掲げてワークショップNo.25の活動を実施した.ワークショップNo.25のウェブサイトでは,活動成果をまとめた最終報告書と共に,有志で開発した制御性能評価/監視/診断ツール”LoopDiag”を一般無償公開してきた.

制御性能診断ツール”LoopDiag”は,MATLABを使用して開発されたソフトウェアです.最小分散制御をベンチマークとする制御性能評価のほか,時系列データ解析,バルブスティクション(調節弁固着)検出などの実用的な機能が組み込まれています.

この紹介文に書いたとおり,なかなかの優れものだ(と自画自賛).実際,このツールの核心部分について書いた論文「空気圧式調節弁固着現象のモデル化と固着検出法の開発」では,意表を突く研究だったこともあってか,2005年度計測自動制御学会論文賞武田賞もいただいた.なお,ツール開発の立役者は住友化学の久下本氏だ.

住友化学では制御性能診断ツール”LoopDiag”を継続的に進化させて現場で活用されているそうだが,無償公開版に関しては完全に放置モードになっていた.しかし,制御性能評価・監視技術に対するニーズは衰えることを知らず,”LoopDiag”のソースファイルを提供して欲しいとの希望が寄せられている.

そこで,MATLABのソースファイルを公開することにした.ワークショップNo.25のウェブサイト中,制御性能診断ツールLoopDiagのページからダウンロードできる.

これに加えて,モデル不要な直接的PID調整法E-FRITを活用すれば,膨大な数のPID制御ループの性能を一気に評価・監視して,制御性能が悪いループを見付けだし,その原因を突き止め,チューニングが悪いループについては,運転データから最適なPID制御パラメータを求めるという手続きが完結する.どちらもMATLABのソースファイルを無償公開しているので,ちょっと手を加えれば,制御技術者や運転員にとって強力な道具になるはずだ.是非,活用していただきたい.そして,是非,活用した結果(良くても悪くても)をフィードバックしていただきたい.

LoopDiagでもE-FRITでも他でもそうだが,大学の研究者として,製造業の現場で本当に役立つことを目指した技術開発に取り組んでいると,強く感じることがある.それは,論文を書いたらおしまいの研究と本当に現場に資する研究との間に横たわる溝の大きさ・深さだ.これが理論と現場(現実)のギャップと呼ばれるものだが,この溝は覗き込む気のある人にしか見えないだろう.現場を無視した理論だけでなく,理論のない現場にも事欠かないが,「およそ理論を無視したものなら,そのようなものを技術とは呼ばないよ」と大昔にプラトンが著作「ゴルギアス」の中でソクラテスに語らせている.技術とは大変なものだ.そう感じながら,日本の製造現場における技術力の将来を憂う.