3月 082011
 

ドクター・サーブ―中村哲の15年
丸山直樹,石風社,2001

パキスタンおよびアフガニスタンでハンセン病患者やアフガン難民の診療を続ける医師として,その名は知っていたが,これまで中村氏自身の著作や彼について書かれたものを読んだことがなかった.今回,初めて読んでみて,正直,衝撃を受けた.

それにしても,なぜパキスタンやアフガニスタンの,しかも辺境なのか.本書「ドクター・サーブ―中村哲の15年」には,中村医師とパキスタンとの関係が描かれているが,それはともかくとして,本人はこう語っている.

「医者であれば,一番必要とされるところで喜ばれるのが,本望というものでしょう.なんべん考えても,ほかに選びようがなかった」

「(日本の医療現場で働くという)別の道を選べば,死ぬときに,悔いが残るだろうと考えた」

確かに必要とされているところには違いない.しかし,滅私どころか,家族を犠牲にしてまでも打ち込めるのは何故なのか.その答えが本書に書かれているわけではない.しかし,ここに描かれている中村医師の取り組みを通して,色々なことを考えさせられる.取材中に,あるいは自著で,本人が述べている言葉がある.

「医者なんて,結局,気休めでいいんですよ」

「弱い立場にあるものほど,人の誠意を敏感に感じ取るものである」

「このような病人に必要なのは,ともかく病を癒し,少しでも『人間』としての誇りを取り戻させることである」

患者の気休めのために,虐げられ蔑視されるハンセン病患者に人間としての誇りを取り戻させるために,20年以上も僻地医療に身を投じてきたわけだ.そんな中村医師が子供のころ,父から「耳にタコができるほど聞かされた言葉」があるという.

早く大きくなって,日本の役に立つ人間になれ

お前は親を捨ててもいい.世の中のためになる人間になれ.

凄い親子だと思う.

決して目立つような国ではないアフガニスタンやパキスタンだが,アメリカのテロで国際的に注目された.その復興支援について,現地人の難民コミッショナーの言葉が紹介されている.

「これだけのカネが動いているのに,どれだけ難民に恩恵がいっているのか,怪しいもんだ.UN(国連)やNGOの外国人のサラリーをルピーに換算して見たまえ.地元の人は目を回して死んじまうよ.難民は,いわば三流外人の雇用機会も提供している訳だな」

痛烈な皮肉だが,その無駄金とも言える復興援助資金拠出国の第一が,日本(=60億ドル)であったことは記憶に止められていい.

この復興支援に絡んで,中村医師とその現地スタッフとの会話も紹介されている.

あるとき古参のスタッフが,日本の援助資金(=60億ドル)と中村の計画をだぶらせて,こう聞いた.

「ドクター.日本がアフガン復興のために,何かプロジェクトを起こすのですか」

これに対して中村は,きっぱりこう言った.

「勘違いしてもらっては困る.日本が何かをするのではない.するのは君たちであり,我々だ.JAMSの『J』は,民間の支援者の良心だと思ってくれ」

このような現地の反応を前に,我が国の外務省は何を想うのだろうか...

本書「ドクター・サーブ―中村哲の15年」を読んで驚いたのは,中村医師の活動を支えるためにペシャワール会が集めた寄付金から,中村医師は1円も得ていないことだ.彼の生活費は,その寄付金とは別に,彼が日本で稼いでいる.なんという潔癖さ,なんという無欲さだろうか.

援助と言うとき,それは中村の場合,自分を無にして,相手のために,私心を滅却することを意味する.15年の長きにわたって家族を犠牲にし,事業からは一銭の報酬も受け取らず,なお現地で医療活動を続ける姿が,何よりの証左であろう.

本人は茶化して「ほかにやることがなかとですよ」ととぼけるが,一方で「気負いや自己主張を離れ,あるがままの事実を受け入れて任務を遂行しようとする」虚心さが必要だとも説く.そこには,無私の援助行為によって,自己満足を得たい,という欲求さえない.

中村医師は事あるごとに「あるがままの現実を受け入れて」と言うそうだ.気負いや自己主張を離れて,あるがままの現実を受け入れる姿勢の重要さと困難さが本書に描かれている.中村医師の活動を現地で支援するために,少なくない数の日本人が自らの意思で現地に赴いてきた.しかし,そのような日本人ワーカーの多くが,現地の過酷な現実に耐えきれず,志半ばで帰国を余儀なくされるという.「恵まれない人々に愛の手を差しのべる健気な私」などという幻想は木っ端微塵に吹き飛ばされる.そればかりか,言葉が話せないために現地人に白痴扱いされる.患者にすら馬鹿にされる.甘ったるいボランティア精神は,そんな現実に耐えられないのだ.その厳しい環境にあって,中村医師はずっと活動を続けてきた.

本書「ドクター・サーブ―中村哲の15年」には,中村医師,彼を支えるペシャワール会の人々,現地のワーカー,そして患者らのことが詳しく書かれている.しかし,決して美談だけではない.中村医師の恩を仇で返すようなアフガン人やパキスタン人もいる.その行為に憤りを覚える自分自身を観察しながら,私はこう思った.

私は何に対して憤っているのか.彼らは日々の生活で精一杯であろう.過剰な物質的豊かさを当然と思い,それに感謝をしない日本人に,どうして彼らを責めることができようか.恩を仇で返すような行為をしているのは私自身ではあるまいか.

目次

  • 異国にて
  • ベールの下の悲惨
  • 間が鳴る
  • ペシャワール会
  • 現地
  • それぞれの聖戦
  • JAMS発足
  • 最大転機
  • 集うひとびと
  • 統合病院建設
  • 人間という非力
  • 辺境の地で