3月 192011
 

この度の大震災で亡くなられた方が数千,不明者が数万,避難者は数十万などと報道されるが,その一人一人に人生があり,家族がいて,平凡な日常生活があったことを思えば,大震災の影響の大きさに愕然とさせられる.そして,平凡な日常が本当は幸運そのものであることに気付かされる.何気ない一家団欒の一時でさえ,その一瞬一瞬がかけがえのないものであるということを再認識させられる.

被災者を助け,復興に向けて歩み出すためにも,まずは原子力発電所で生じている事態が収束することを願う.現場で作業されている東電や原発関連会社の社員の方々,自衛隊や消防の方々には唯々感謝するばかりだ.その一方で,東電幹部や政府首脳は何という為体か.ただ,批判と煽りばかりのマスコミというのも困る.

これから日本の復興に向けて国民が協力していくことになる.そのとき,日本は何を目指すべきなのだろう.小泉政権が目指したように,アメリカ万歳の自由至上主義的な弱肉強食を是とする国だろうか.ちなみに,郵政民営化の結果は大失態による経営危機を招いているようだ.あるいは,民主党の何がしたいのかよくわからない政策を継続してもらうのがいいのだろうか.いずれにせよ,ワイドショーと週刊誌のレベルで国の行く末が決まるようでは情けない.一人一人が社会の一員であることを,日本の一員であることを自覚しつつ生きられればと思う.

日本は何で立国するか.科学技術立国だなどと言われ,それには賛成もするが,そもそもの土台は人材をおいて他にない.人材を育てなければ日本に未来はない.自己中心的な自由至上主義者に未来は託したくない.石原都知事の天罰という強烈な言葉に非難が殺到したようだが,我欲を洗い流せという発言まで完全に葬り去ることはないだろう.自らが被災しながらも被災者のために尽くす人々がいる一方で,被災してもいないのに買い占めに奔走する人達や,この機に乗じて金儲けを企む人達,さらには義援金詐欺を行う人達までいる.色々な人がいるのが,この世の中だ.だから,他人を批判しても仕方がない.批判して良くなるならいくらでも批判したらよいが,恐らく気が滅入るだけだろう.むしろ,自分の生き方を意識して,これまでの生き方を振り返り,これからの生き方を考えてみる方がよほど実りがあるように思われる.何のために生きているのか,生かされているのか.日本という国は自分にとって何であるのか.日本の復興とは,日本がどうなることであるのか.この度の大震災が,このようなことを考える契機になればよいと思う.

日本はこれまでにも幾多の困難な局面を乗り越えてきた.1924年(大正13年)に内村鑑三が新聞に寄稿した短文がある.

国を興さんと欲せば樹を植えよ,植林これ建国である.山林は木材を供し,気候を緩和し,洪水を防止し,田野を肥し,百利ありて一害なし.謂う,もし日本の山野を掩うに森林をもってすれば,これより生ずる利益に由りて,民より租税を徴することなくしてその政府を維持するを得べし,と.今や日本はその親友たりし米国よりすら排斥せられて外に発展するの途は当分絶えたりというも差支なし.この時にあたって内を開発して新たに領土を増すの必要がある.そしてその方法としてもっとも容易なるは国内いたるところに存する禿山に植うるに樹をもってすることである.小なるデンマーク国はプロシヤと戦い敗れ,その領土の半を奪われしも,国内の荒地に植林して失いし以上の富を得た.臥薪嘗胆はかくのごとくに実現すべきである.この上不義不信を憤るも益はない.憤慨を有利的に現わさんがために私は挙国一致の植林を提言する.文部省はよろしく植林日を定め,一年に一日,全国の小学校生徒をして,一人一本ずつの苗木を植えしむべし.これは上杉鷹山公が米沢の痩地を化して東北第一の沃土となした方法である.われらは日本全国を緑滴る楽園に化して全世界の排斥に応ずる事ができる.製造業商業励むべしといえども忘るべからずは農の国本たることである.そして農の本元は森林である.山に樹が茂りて国は栄ゆるのである.

この短文でデンマークが引き合いに出されているが,その理由は「デンマルク国の話」(内村鑑三)に詳しい.現代でもリーダーの鑑とされる上杉鷹山の実績を引用しつつ,内村鑑三は植林これ建国と唱えた.それから90年近く経った今,大震災を乗り越えて,日本は何で立国しようとするのか.そのために,どのような人材を育てるのか.将来,軍事力や経済力を背景に我が侭を言うのではなく,日本が真に世界のリーダーと認められるようになることを願う.