3月 212011
 

後世への最大遺物・デンマルク国の話
内村鑑三,岩波書店,1976

昨日の続き.昨日は「デンマルク国の話」について書いたので,今日は「後世への最大遺物」について.こちらも内村鑑三の講演をまとめたものである.

内村鑑三は何を後世に遺そうとしたか,また何のために遺したいと考えたのか.

私に五十年の命をくれたこの美しい地球,この美しい国,この楽しい社会,このわれわれを育ててくれた山,河,これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない,との希望が起こってくる.ドウゾ私は死んでからただに天国に往くばかりでなく,私はここに一つの何かを遺して往きたい.それで何もかならずしも後世の人が私を褒めたってくれいというのではない,私の名誉を遺したいというのではない,ただ私がドレほどこの地球を愛し,ドレだけこの世界を愛し,ドレだけ私の同胞を思ったかという記念物をこの世に置いて往きたいのである.

内村鑑三は後世への遺物として,まず,3つを挙げている.金,事業,そして思想だ.

後世へわれわれの遺すもののなかにまず第一番に大切のものがある.何であるかというと金です.(中略)金を儲けることは己れのために儲けるのではない,神の正しい道によって,天地宇宙の正当なる法則にしたがって,富を国家のために使うのであるという実業の精神がわれわれのなかに起こらんことを私は願う.(中略)

それでもし金を遺すことができませぬならば,何を遺そうかという実際問題がでてきます.それで私が金よりもよい遺物は何であるかと考えて見ますと,事業です.事業とは,すなわち金を使うことです.(中略)

それでもし私に金を溜めることができず,また社会は私の事業をすることを許さなければ,私はまだ一つ遺すものを持っています.何であるかというと,私の思想です.もしこの世の中において私が私の考えを実行することができなければ,私はこれを実行する精神を筆と墨とをもって紙の上に遺すことができる.

しかし,金を遺すことも,事業を遺すことも,そして思想を遺すことも,誰もができることではない.ある種の天才でなければならない.それは内村鑑三も認めている.その上で,誰もが遺すことができ,しかも何に対しても害を与えようがない最大遺物は何であるかについて語っている.

私はそれよりもモット大きい,今度は前の三つと違いまして誰にも遺すことのできる最大遺物があると思う.(中略)それならば最大遺物とは何であるか.私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる,ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で,利益ばかりあって害のない遺物がある.それは何であるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います.これが本当の遺物ではないかと思う.他の遺物は誰にも遺すことのできる遺物ではないと思います.しかして高尚なる勇ましい生涯とは何であるかというと,(中略)失望の世にあらずして,希望の世の中であることを信ずることである.この世の中は悲嘆の世の中でなくして,歓喜の世の中であるという考えをわれわれの生涯に実行して,その生涯を世の中への贈物としてこの世を去るということであります.

この世界が喜びに満ちていることを自らの行動で示し,その生涯を自分を生かしてくれた世界への贈物とする.確かに,それは勇ましく高尚な生涯であると思われる.

内村鑑三がそのような勇ましい高尚なる生涯を生きた人物として挙げているのが,二宮尊徳である.恐らく,二宮尊徳に加えて,「代表的日本人」(内村鑑三,岩波書店)で世界に紹介した西郷隆盛,上杉鷹山,中江藤樹,日蓮上人らもそのような生涯を生きた人と内村鑑三は見なしたのであろう.

これだけ書くと毒のない普通の良書のように思えるのだが,文学に関して,かなり辛辣な批判も展開している.

なるほど『源氏物語』という本は美しい言葉を日本に伝えたものであるかも知れませぬ.しかし『源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか.何もしないばかりでなくわれわれを女らしき意気地なしになした.あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい.

内村鑑三は,「日本語をもって世界語にしようとした太閤の高い志は,なお実現をはかられなくてはなりません」と述べたり,豊臣秀吉の朝鮮出兵や西郷隆盛の征韓論といった他国侵略を肯定したりしており,その言説はナショナリズムが強い.源氏物語批判もその流れなのだろう.それにしても,根コソギに絶やしたいとは豪快だ.

もう1つ.話の本筋からは離れるが,教育者の資質について言及されていた部分があるので引用しておきたい.

よい先生というものはかならずしも大学者ではない.大島君もご承知でございますが,私どもが札幌におりましたときに,クラーク先生という人が教師であって,植物学を受け持っておりました.その時分にはほかに植物学者がおりませぬから,クラーク先生を第一等の植物学者だと思っておりました.この先生のいったことは植物学上誤りのないことだと思っておりました.しかしながら彼の母国へ行って聞いたら,先生だいぶ化の皮が現われた.かの国のある学者が,クラークが植物学について口を利くなどとは不思議だ,といって笑っておりました.しかしながら,とにかく先生は非常な力を持っておった人でした.どういう力であったかというに,すなわち植物学を青年の頭のなかへ注ぎ込んで,植物学という学問にInterestを起す力を持った人でありました.それゆえに植物学の先生としては非常に価値のあった人でありました.ゆえに学問さえすれば,われわれが先生になれるという考えをわれわれは持つべきでない.われわれに思想さえあれば,われわれがことごとく先生になれるという考えを抛却してしまわねばならぬ.先生になる人は学問ができるよりも−学問もできなくてはなりませぬけれども−学問ができるよりも学問を青年に伝えることのできる人でなければならない.

大学の一教員として,心に刻んでおこう.

目次

  • 後世への最大遺物
  • デンマルク国の話
  • 解説

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