4月 292011
 

今回の東日本大震災や福島原子力発電所事故の被害は確かに甚大だが,しかし,それも終わりの始まりにすぎないかもしれないという現実を直視できる人は一体どれだけいるのだろうか.今を生きている人類の行動は全体として全く持続可能なものではなく,人類は絶滅危惧種,それも他に類を見ない自殺しつつある種であるという現実から目を背けている余裕はない.

現在の地球の状態を考えれば,そして人類の過去を振り返り,その未来に目を向ければ,今望まれる日本の復興というのは,決して以前の姿に戻ることではないように思われる.日本人の叡智を集め,新しい社会を作り上げていくべきなのだろう.そうでなければ,復興というよりも,むしろ元の木阿弥ではないかと危惧される.

残酷なことを言っているのかもしれない.人間なんて弱いものだ.どうしようもない危機を前にすると,立ちすくんでしまう.目を閉じて,耳を塞いで,これは現実じゃないと自分に言い聞かせたくなる.そこまでしなくとも,無関心を装う.危機が黙って通り過ぎてくれることを祈りながら.

自分が住んでいるところだけは地震が来ないし,原発も事故を起こさないといった幻想を抱くのも,そういうことだろう.しかし,それでは何も解決しない.危機は黙って通り過ぎてくれそうにない.

少なくとも,無関心であってはいけないのではないだろうか.震災にしても,原発にしても,地球環境のことにしても,そして何より自分自身の生活の仕方,あるいは生き方についても.まず気付くこと,目を逸らさないこと,それが大きな意味のある第一歩になるだろう.

今,我々は価値観の大きな転換を求められているのではないだろうか.自然や他人を犠牲にしても金儲けができればいい,自分さえ良ければ,自己保身さえできればいいという考え方は時代錯誤も甚だしい.今回の原発事故で,国や企業や大学で重要な地位にいる人達が必ずしも善良ではないと改めてわかった.「そんなこと昔からわかっている」と言われるかもしれない.全くその通りだが,では,なぜ,そのような状態がずっと放置されてきたのだろうか.結局,我々の無関心がそうさせてきたのではないだろうか.今回のような自然及び人的災害が起きて,被災した人達の苦悩には心が痛むが,それでもなお無関心な人達もいる.その現実は,端的には,震災後に行われた地方選挙の投票率を見れば明らかだろう.

道徳の時間に子供たちは説教される.「いじめはダメ.いじめを見て見ぬふりするのもダメ」と.でも,考えてみれば,その説教には説得力の欠片もない.ちょっと社会を見てみれば,いたるところに,いじめと無関心が蔓延しているとわかるのだから.

まずは,今起こっていることに関心を持つこと,そして考えてみること.それが大切なのではないだろうか.

「関心を持っても,考えても,どうしたらいいかなんて分からないし,世の中は変わらない」と言われるかもしれない.人は,いつから,こんな諦観に支配されてしまうのだろうか.たとえ世の中は変えられなくても,自分は変われる.自分が変われば,何かが変わるだろう.

とても残念なことだが,原発問題で不正直な対応を繰り返す政府や役所や企業は海外から全く信用されていない.日本人として実に情けないことだが,しかし今回の震災で海外の注目を集めているのは,そのような不正直さだけではない.被災した人達も,その人達に関わろうとする人達も含めて,一般の名もない日本人が自然と示す態度に,日本人が受け継いできた精神に,世界から驚きと賞賛が送られている.

もちろん道程は険しいだろう.それでも,人類の未来はかくあるべしという範を,日本が世界に示せるといいなと思う.それが日本人にはできると思う.

4月 262011
 

中部大学の武田邦彦教授によると,原子力安全・保安院と東京電力による外国メディア向けの会見に記者が誰も来なかったそうだ.

もちろん,原発事故が収束して問題がなくなったわけではない.海外メディアが原発事故に興味を持っていないわけでもない.そうではなくて,会見に記者が出る価値がないと判断されたということらしい.要するに,全く信用されていないということだろう.その一方で,国内メディア向けの会見は盛況だそうだ.

つまり,世界から全く信用されていない保安院と東電の会見で得られる情報を,国内メディアは日本人向けに流している.こんなことでいいのかね...まあ,電力会社から広告費をもらっているかどうかの違いか.

そう言えば,今担当している一回生向けの基礎情報処理演習では,学生に情報リテラシーを身につけてもらうことが講義の目的になっている.責任重大だ!

でもまあ,今時,大手の新聞とテレビだけが情報源ですなんて学生はいないか.

外国の記者を相手にした保安院と東電の会見には、最近、記者1人、説明側10人ということが続いたが、4月25日、ついに誰も記者は来なかった。

無人の記者席に向かって、「誰もいないのに」説明をするという非人間的なことをする保安院の役人の姿が印象的だった。

海外では福島原発の事故についての関心は強い.関心が強いので、保安院や東電の記者会見に出ても、ウソを教えられるので、聞いても意味が無いのだ。

日本人として哀しい。

日本人の記者会見は相変わらず盛況だ. 事実と違うことを聞いても政府の言うことなら「黒も白」なのだろう。

外人は来ない保安院・東電の会見

4月 252011
 

原子力発電に関しては,宇沢弘文氏が言った「社会的費用」を誰も払わず,結局,これから数百年間にわたる我々の子孫につけをまわしてしまった.今,我々がみずからの責任で大転換を果たさないなら,我々の世代は無責任で軽蔑すべき世代として歴史に刻まれるだろう.それも永久に.

「社会的費用」というのは,受益者負担の原則が貫かれていないために,社会全体が被っている損失のことである.宇沢弘文氏はその著書「自動車の社会的費用」(岩波書店)において,自動車を例として取り上げ,自動車を利用している人達がその社会的責任を全うせず,社会全体に押し付けているコスト,つまり自動車の社会的費用を算出しようとした.

自動車のもたらす社会的費用は,具体的には,交通事故,犯罪,公害,環境破壊というかたちをとってあらわれるが,いずれも,健康,安全歩行などという市民の基本的権利を侵害し,しかも人々に不可逆的な損失を与えるものが多い.このように大きな社会的費用の発生に対して,自動車の便益を享受する人々は,わずかしかその費用を負担していない.逆にいうならば,自動車の普及は,自動車利用者がこのような社会的費用を負担しないでもよかったからこそはじめて可能になったともいえるのである.

宇沢弘文氏の痛烈な指摘は,そのまま原発問題にもあてはまる.

従来,公共投資の優劣を判断する根拠として,社会的便益と社会的費用の差を指標とするコスト・ベネフィット分析が用いられてきた.この分析では,社会的便益から社会的費用を引いた差が大きければ大きいほど素晴らしい公共投資だという結論になる.それが,どれほど環境に致命的な損傷を与えるとしても.

その結果,実質的所得配分はさらにいっそう不平等化する.なぜなら,低所得者層ほど環境破壊などの影響を深刻に受けるためである.例えば,公害が発生した場合,高所得者層はその土地から離れることができても,低所得者層にそのような選択をする余裕はない.原子力発電所は都会に設置されないし,みなが受け入れたくない施設が高級住宅街に建設されることもない.そして,ホフマン方式が示すとおり,低所得者が被る損害は少額にしかなりえない.

今,我々が生きている日本の現状から目を逸らすな!

福島原発事故のために,どれだけ多くの人々が苦しんでいるかを.彼らは誰のために苦しまなければならないのか.東電から電力供給を受けてきた人達は,その犠牲の上に,便利この上ない都会の生活を満喫してきたのではないのか.他の地域でも同じことだ.関西人なら,福井の人達に社会的費用を押しつけて,安価な電気を浪費してきた.そのような所業を無視していては,日本は変わらない.

しかも,原発事故の被害は,もはやお金で解決できるようなレベルを超えている.

人命・健康,さらには自然環境の破壊は不可逆的な現象であって,ここで考えられているような社会的費用の概念をもってしては,もともと計測することができないものである

なぜ,これまで,不適切な社会的費用の計算方法がまかり通ってきたのか.それは,社会的費用の計算根拠を,新古典派経済理論に求めてきたことに原因がある.宇沢氏は新古典派経済理論の問題点を2つ指摘している.1つは,生産手段の私有制が基本的な前提条件となっていること.つまり,共有される社会的資本に対する思慮が欠落しているという問題.もう1つは,人間をたんに労働を提供する生産要素として捉えるという面が強調され,社会的・文化的・歴史的な存在であるという面が捨象されていること.つまり,基本的人権や市民的権利など眼中にないという問題.このため,学者が好む新古典派経済理論は,都市問題や環境問題など現代社会においてもっとも深刻な社会的・経済的問題を引き起こしている現象を解明するための理論的フレームワークを提供していない.役立たずだ.

では,どうすればよいのか.自動車について,宇沢氏はこう考えた.

自動車を所有し,運転する人々は,他の人々の市民的権利を侵害しないような構造をもつ道路について運転を許されるべきであって,そのような構造に道路を変えるための費用と,自動車の公害防止装置のための費用とを負担することが,社会的な公正性と安定性という観点から要請されてくる.

いま,歩行,健康,住居などにかんする市民の基本的権利の内容について,ある社会的合意が成立しているとしよう.自動車の通行をこのような市民的権利を侵害しないようにおこなおうとすれば,道路の建設・維持にどれだけの追加的な費用を必要とし,自動車の無公害化のためにどれだけの投資をしなければならないか,ということを計算する.

これと同様の計算を,我々は原子力発電に対して実施すべきだ.本当は,もっと早くに実施すべきだった.しかし,そうはしなかった.だから,今,原子力発電の社会的費用を計算すべきだ.

しかも,今生きている我々の基本的権利だけを考慮するのではなく,我々の子供たち,その先の未来の世代の基本的権利も当然守らなければならない.これができないような世代は軽蔑されて当然だろう.

宇沢氏の結論はこうだ.

この投資基準は,たんに自動車通行のための道路だけでなく,一般に社会的共通資本の建設にさいして適用することができる.このような基準にもとづいて,公共投資をさまざまな用途,たとえば代替的な公共交通機関や道路に配分するとき,社会的な観点から望ましい配分をもたらすものである.この基準を適用するとき,どのような地域に住む人々も,またどのような所得階層に属する人々も,社会的な合意をえて決定された市民の基本的権利を侵害されることがない.また,他人の基本的権利を侵害するような行動は社会的に許されないという原則が貫かれる.そして,すべての経済活動に対して,その社会的費用は内部化され,福祉経済社会への転換が可能となり,わたくしたち人間にとって住みやすい,安定的な社会を実現することができるといえよう.

繰り返す.

この大震災と原発事故を機に,我々日本人はこれまでの所業を改め,日本の進路を大転換しなければならない.そのためにも,今ここで,原子力発電の社会的費用を計算すべきだ.今を生きている我々世代の基本的権利だけを考慮するのではなく,我々の子供たち,その先の未来の世代の基本的権利を絶対に守るという決意を持って.

それができず,原子力発電の社会的費用を無視し続けるなら,我々は軽蔑すべき世代として歴史に刻まれよう.

4月 242011
 

朝から,親子川の学校の開校式に参加してきた.

今年参加させていただく「親子川の学校」は,淀川管内河川レンジャー(木津川出張所管内)が主催するもので,年末までに7回開催される.河川レンジャーとは何か.国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所による説明は次の通り.

河川レンジャーは、住民と行政が一緒になって川の管理や整備を行うため、住民と行政との間に立って、行政が責任を持たなければならないこと以外で、危険を伴わない河川管理上の役割を担う人や団体(団体に属する個人を特定)です。

淀川管内河川レンジャー(木津川出張所管内)には,現在,レンジャーが4名おられる.皆さん,NPO法人やましろ里山の会の会員でもあり,地域の自然環境を守り,回復させるために活動しておられる.親子川の学校もそのような活動の一環だ.

今日の開校式は,木津川市山城町にある木津川流域センターで行われた.レンジャーやスタッフ,生徒の自己紹介の後,木津川に生息する魚についてのクイズをした.さらに,昨年参加した小学生らが近畿「こどもの水辺」交流会奈良大会での発表を再演してくれた.素晴らしい発表に驚かされた.この先がかなり楽しみだ.最後に,高校で理科を教えていた先生に水質調査についての講義をしていただき,子供たちは実際に水質調査をやってみた.私も初めてだと思う.

水質調査をする長男7歳と長女5歳@親子川の学校
水質調査をする長男7歳と長女5歳@親子川の学校

水質調査に利用したのは,共立理化学研究所のパックテストという簡易水質分析器だ.近くの川の水をプラスチックコップに入れて,その水質を検査する.今回計測したのはCOD(Chemical Oxygen Demand)だ.CODとは,水中にある物質(主に有機物)が酸化剤によって酸化される時に消費される酸素量のことで,化学的酸素要求量と呼ばれる.まあ,要するに,どれだけ水が汚れているかを表す指標だ.

COD=0ppmなら完璧に綺麗な水,3ppm以下なら綺麗な水,CODが大きくなるにつれて水は汚れていると判断され,CODが10を超えると明らかに汚れている水ということになる.

結果は,長女5歳のパックテストでCOD=10,長男7歳のパックテストでCOD=13...き,きたない...

子供に1つずつ配られた水質分析器パックテスト@親子川の学校
子供に1つずつ配られた水質分析器パックテスト@親子川の学校

次回は5月22日に木津川で開催される.今年は親子川の学校に予想を超える応募があったそうで,生徒は抽選で選ばれた.我が家は幸運にも参加できることになったので,しっかり勉強させてもらおう.

4月 242011
 

海江田経済産業大臣が,東京電力が引き起こした原発事故の補償について,「税金の投入か電力料金値上げか,国民負担のあり方を政府を挙げて考えている」と明言した.

震災の被災者および原発事故の被災者を救済することは必要である.しかも緊急に.だが,国民負担で東電を現状のまま救済するなどありえない.国民に,無謀な原子力発電所設置を強行してきた経産省や東電の尻拭いをする義理はない.税金の投入か電力料金値上げかなどと考える暇があったら,日本のエネルギー政策の在り方を根本から考え直すのが先だ.首相をはじめとする政府も既存マスメディアも原子力発電は必要であると宣言し,国民を洗脳し続けたいようだが,そんなわけはない.原子力発電に頼らないという選択肢もある.何を選ぶかは国民の判断だ.よく議論した上で,原子力発電を使い続けるというなら,それもいいだろう.しかし,原子力発電を利用するしか選択肢がないというのは,原発利権に固執する汚い人達か,不勉強なために無知な人達かのいずれかだ.どちらも日本のためにならない.

かつて,消費するエネルギーの99%を中東からの輸入に頼っていたデンマークは,今や輸入0%を実現している.しかも,議論の末に,1985年には,原子力ではなく再生可能エネルギーによってエネルギーを自給すると決断した.その結果,風力発電産業は今や強力な輸出産業に育っている.

イタリアの電力会社ENELは,30億ユーロを投資してスマートメーターを設置し,年間7億5000万ドルというコスト削減効果により,設備投資額をわずか4年間で回収した.かつ,消費者も電気代を節約できるようになった.

カリフォルニア州の電力会社PG&Eは,スマートグリッドを指向するパイロット事業を通して,ピーク時の需要削減率が43%にもなることを実証した.さらに,サンフランシスコ市は,「民主主義の復権」と「地域による電力市場の管理」のために,従来の電力会社から離脱することを決め,電力供給の51%以上を再生可能エネルギーによる電力供給と需要応答による省エネによってまかなうことを目標としている.

そう.日本に脱原発ができないはずがない.太陽光発電に必要な技術もある.ハイブリッド車や電気自動車の技術もある.日本に足りないのは,戦略と政策だ.

東電を国民負担で救済する前に,やるべきことはあるはずだ.

まず,発電部門と送電部門の分離,そして送電部門の売却とその売却益による被災者補償は必須だろう.これなしに税金投入や電気料金値上げなど馬鹿馬鹿しい.独裁社である電力会社をこれまで通りにしておけば,原発事故をこれからも繰り返しかねない.電力会社や保安院は,巨大地震の発生が確実視されている断層の上に建設されていることで世界に悪評高い浜岡原発は安全だと宣言している.福島で事故が起きた後にだ.それも,原発建設にかかわったGEの元エンジニアが,地震に耐えられる設計にはなっていないことを明確に伝えているにもかかわらず.もはや正気とは思えない.

国民は,いつまで知らないふりをするつもりなのか.どんな日本を子供たちに残してやるつもりなのか.犯罪を見て見ぬふりするのは不道徳だと誰しも思うだろう.原発問題も似たようなものだ.そういえば,”Justice”(正義)の講義でお馴染みのサンデル教授も,原発問題に関する議論は民主主義の試金石だと述べている.日本国民は議論に加わらなければいけない.

原発問題に関して積極的に発言している河野太郎衆議院議員の記事を紹介しておこう.

救済されるべきは東電ではない

今朝の各紙に東電の賠償に関する政府支援の枠組みが掲載されている。正式決定でもないのに、各紙に同じ内容が載るというのも変な話だが、様子見のアドバルーン、あるいは既成事実化を狙ったものだろう。

この計画はダメだ。なぜ、最初から国民負担で東電を救済しなければならないのか。

事故の責任者として、東電には、逆立ちしても鼻血も出ないという状況まで賠償させなければならない。送電網を含め、資産の売却も必須だ。

今回、送電と発電の分離に至らないような枠組みは、国民が許してはいけない。

国が立て替えて、東電が利益から払い戻すというのもおかしい。電力は、総括原価方式で、必ず利益が出るようになっている。それでは結局、国民が負担するだけだ。

電力の安定供給に問題がでるというならば、東電に全てはき出させた上で国有化すべきだ。現在の東電の存続を前提として、計画をつくるべきではない。

さらに他の電力会社に負担させ、電力料金を引き上げて、それに充てるなどというのは言語道断だ。それならば、まず、原子力環境整備促進・資金管理センターに積み立てた3兆円を使うべきだ。

この状況で、再処理をどうするかは当然見直しの対象になる。それならば、そのために積み立てた3兆円を当面、賠償に充てるのが筋だ。この3兆円には手をつけずに、政策の見直しはなるべくしないようにして、電力料金を引き上げるなどとはとんでもない。

この計画では、これまでの原子力政策の過ちを何も改めないということになる。

マスコミも、解説もせず、大本営発表をそのまま流すようなことをまたやろうというのか。

東電は、全てを賠償金のために準備するべきで、無駄な広告など、即刻やめるべきだ。

ぜひ、地元の国会議員に電話して、国民にまず負担させるような、こんな東電救済をやめろと声を上げてほしい!

声を上げますか、それとも泣き寝入りですか

たくさんの方々にメルマガ、ブログを読んでいただき、誠にありがとうございます。

しかし、これで終わってしまっては意味がありません。

東京電力の福島第一原子力発電所が起こした事故の賠償金を国民の電力料金を引き上げてまかなうという、政府の東京電力救済案には反対であるというインターネット上のみなさんの意見を、現実の政治に反映していかなければなりません。

ではどうすればよいのか。

地元の国会議員に皆さんの意見をきちんと伝えてください。

どうやって?

あなたは、あなたの選挙区で選出された国会議員がだれか知っていますか。知らなければ調べましょう。衆議院議員と参議院議員がいるはずです。

誰かわかったら、その議員のホームページで、事務所がどこにあるかを調べてください。場所がわかったら、訪ねていきましょう。遠慮することはありません。そのための事務所です。

今、通常国会が開かれていますから、国会議員は平日は国会にいることが多いので、地元の事務所に行くならば、平日なら月曜日か金曜日が狙い目です。

議員がいなくともかまいません。地元の秘書さんにしっかりと、救済されるべきは被災者であって東電ではない。東電が支払うべき賠償金を全国の国民の電力料金を引き上げて、国民に負担させるのは筋違いであると指摘して、現在報道されている政府の案に、議員がはっきりと反対の声を上げることを求めてください。そして、このことを議員に伝えるだけでなく、この件に関する議員の考えをこちらに伝えてほしいとお願いしてください。

具体的に議員がどう動いてくれるのか、それも教えていただきましょう。

事務所が遠かったりして、訪ねて行きにくいならば、電話をしましょう。電話に出てくれた相手の名前をうかがって、同じことを伝えましょう。電話ならば、一週間後にかけ直すので、それまでに議員の考えを聞いておいてくださいとお願いしましょう。

メールやFAXもありますが、やはり、訪問したり電話をしたりしたほうが、皆さんの考えをしっかりと伝えることができます。

よく、署名活動はどうでしょうかと聞かれます。集めた署名をどうするのでしょうか。

国会への請願という手段もありますが、個々の議員には請願は伝わりません。しかもたいていの場合、委員会で保留ということにされて、文字通りお蔵入りです。努力の割に効果がありません。

デモはどうでしょうか。こういう活動をこれから始めるぞという勢いづけにはいいかもしれません。もし百万人が集まって、東電を救済するな、被災者を助けろとデモができれば、意味があると思います。

五十万人ならば? たぶん。十万人ならば? たぶん。どこでやるのが効果的か考えましょう。

しかし、やっぱり効果的なのは、国会議員それぞれに、大勢の皆さんがきちんとそれぞれのおもいを伝えることです。

リビアと違って、政府軍が銃撃してくることはありません。北朝鮮みたいにそのままどこかに連れて行かれて行方不明になることもありません。

声を上げますか、それとも泣き寝入りですか。

4月 222011
 

昔から今に至るまで,社会に損害を与える問題の構図は同じだ.

公害,リーマンショックに端を発した金融危機,地球温暖化.そして,東電と政府による原発災害も.いずれも同じだ.

恐ろしいのは,人災の及ぶ時間的空間的範囲がますます拡大し,その影響がますます甚大になりつつあることだろう.

問題は,コストとリスクの過小評価,利益の私物化,損失の国有化だと,トーマス・フリードマン氏は「グリーン革命」で述べている.

自然界でも金融業界でも,重要な役割を果たす個人と企業の責任意識が大幅に衰えた.金融業界全体が不正な経理にいそしみ,個人,銀行,投資会社がリスクを計画的に過小評価し,利益を私物化し,損失を国有化して国に押しつけた.一般大衆はそういう事情をあずかり知らなかった.

東電と政府による原発災害も全く同じことだ.十分に想定される規模の地震にも津波にも耐えられない原子力発電所を認可し,意地汚い一部の者が利益を私物化し,取り返しのつかない事故を起こした果てに,経産相が原発補償は国民負担だと宣う.誰も責任を取ろうとしない.国民もだ.

フリードマン氏は続ける.

市場と母なる自然はおおむねおなじ根本的理由から,同時に壁にぶち当たった.それをくりかえさないためには,その理由を理解しておく必要がある.3つのことに絞り込みたい.まず,自分たちがやっていることの真のコストをとリスクを計画的にぼかし,過小評価したこと.つぎに,IGB/YBG-なんでも好きなようにやればいい,どうせ勘定書きがまわってきたときには”おれはいない”もしくは”あんたはいない”-という言葉に象徴される,ビジネスと生態系にとって最悪の価値観がいたるところで適用されていること.そして3つ目は,利益の私物化と損失の国有化である.

数年後,10年後,20年後に,我々はどのような日本に住んでいるのだろうか.あなたは,どのような日本に住みたいのか.私は原子力発電所のリスクに怯えながら生きるのは嫌だ.それに,日本の安全で美味しい野菜や穀物や魚を食べていたい.綺麗な空気と水も必要だ.もちろん,自分の子供たちにも,そのような日本を引き継ぎたい.

今までの日本人の生き方の延長線上に,私が望むような日本社会はない.変わらなければならない.変えなければならない.

4月 202011
 

ベルマーク運動に協力: 収集袋を設置」に書いたように,昨年5月にベルマーク収集袋を居室入口に設置してから,一年近くが経過した.ベルマーク収集袋には,下図のメッセージを貼り付けてある.

居室入口に掲げたベルマーク収集袋
居室入口に掲げたベルマーク収集袋

ベルマーク運動は,手軽で立派なボランティア活動だ.「ベルマーク運動に協力&応援: 懐かしいな」に書いた通り,ベルマークを集めた学校が備品を整備できるだけでなく,その購入費の10%がベルマーク財団に寄付され,僻地学校や特別支援学校,さらには途上国の援助にも活用されている.

昨年の設置以来これまでに,多くの方々に協力していただき,正確には点数を数えていないものの,250点ほど集められた.協力していただいた皆さんに,心からお礼申し上げます.ありがとうございました.

まだまだ続けます.ベルマーク運動に協力してやるよ!という方がおられましたら,ベルマーク収集袋に放り込んでおいて下さい.うちの長男が小学校に持っていきます.

4月 192011
 

彼女に尋ねられます.「子供を外に出して大丈夫?」,「雨に濡れても大丈夫?」,「野菜や魚を食べても大丈夫?」などと.そんな家庭は少なくないと思います.

極めて遺憾ながら,日本政府には国民を守る意志が希薄で,国民が自分で自分を守るために必要な情報を出す気もないようです.もはや,世界中で誰も日本政府の発表を信用していないような有様ですから,本当に残念です.

既に自分で調べている人も多いと思いますが,ここで,放射能雲の動きを知ることができるサイトを紹介しておきます.もちろん,日本の政府や気象庁の発表するものではありません.彼らは発表すらしませんし,発表しても信じられませんが...

イギリスのWeatherOnlineにて,ノルウェー気象庁(Norsk institutt for luftforskning)が提供している,福島発放射能雲の予報図(Cloud spread – Fukushima)を見ることができます.トップページの右上に目立つように”Cloud spread – Fukushima”の文字と予報図が掲載されています.そこをクリックすると,さらに詳細な情報を見ることができます

参考までに,本日夕方のヨウ素131,キセノン133,セシウム137の放射能雲の予報図を掲載しておきます.下記リンクからも,予報図のページに行けます.

これらの図はあくまでも計算上のものですので,実際とは異なるでしょう.しかし,風向きなどの影響で放射能雲の位置は大きく変わるとしても,西日本もスッポリと放射能雲に覆われる危険性は常にあることがわかります.注意したいのは降雨です.濃度が高い放射能雲に覆われているときに雨が降ると,汚染された雨が降ってきます.

このような情報を常にチェックしていたのでは日常生活に支障が出てしまいます.だから,最初の質問「子供を外に出して大丈夫?」,「雨に濡れても大丈夫?」に対する私の答えはこうです.

「京都では普通に生活してても大丈夫だよ.でも,雨には濡れないようにして.」

ヨウ素131の放射能雲の予報(4月18日03時における4月19日18時の予想)
ヨウ素131の放射能雲の予報(4月18日03時における4月19日18時の予想)

キセノン133の放射能雲の予報(4月18日03時における4月19日18時の予想)
キセノン133の放射能雲の予報(4月18日03時における4月19日18時の予想)

セシウム137の放射能雲の予報(4月18日03時における4月19日18時の予想)
セシウム137の放射能雲の予報(4月18日03時における4月19日18時の予想)

4月 192011
 

京都大学新入生に夢を聞いてみた」に書いたように,担当している京都大学工学部工業化学科一回生を対象とした基礎情報処理演習の初回講義で,簡単なアンケートを実施した.そのアンケートの最後に,「講義への要望でも,独り言でも,自慢でも,何でも書きたいことを書いて下さい」と書いておいた.そこに書いてもらったことを紹介しよう.ほぼ原文のまま.

まずは,初回の演習について.私へのアドバイスから.

  • もうちょっとゆっくりしゃべって下さい.
    早口だという指摘は時々受ける.確かに,明らかに早口のときもあるので,注意しないといけない.それでも,「わかりやすい」という評価が多数派なのも事実なので,遅れずついてきてもらいたい.
  • 眠たくないようにして下さい.
    計算機に慣れている学生とそうでない学生の差がとんでもなく大きいので,最初は我慢してもらいたい.基礎情報処理演習の最初の2回の演習は,ボトムにあわせる.

続いて,演習に関する感想.

  • たのしかった.
  • おもしろかった.
  • 息抜きができた.
  • 歯切れの良いサクサクした授業でファンになりました.

最後に,アンケートに回答してもらいながらした雑談に対する感想.

  • 超重要!番外編をしたのには驚きました.
  • 番外編のお話は有意義でした.
  • PCをシャットダウンしてからの先生の話がためになりました.
  • 最後の話,参考になりました.
  • 最後の話が良かったです.
  • いい話きけました.
  • 先生の話,すごく為になりました!頑張ります.
  • がんばります.
  • パソコン以外にも色々語って下さい.
  • とっても楽しく,ためになる授業でした.
  • 楽しかったです.話がためになりました.
  • 先生の話にすさまじく共感しました.
  • 満足できる4年間にしたいと思いました.
  • 将来のことが不安になった.よく考えます.
  • ためになるけど,話が長いです.要点をまとめてもらえるとありがたいです.

新入生に私ができるのは,これくらいだろう.キッカケは与えた.あとは自分で考え,行動するしかない.それにしても,つくづく思う.教員というのは責任が重いと.

4月 172011
 

原子力発電所に携わってきた設計・施工技術者,および国家権力と袂を分かった研究者からのメッセージです.3つは動画,もう1つはウェブページ.とにかく,みんなで本当のことを知ろうじゃないか.そうでないと,賛成も反対もできるはずがないし,決して前に進めない.


心からの叫び!元原発技術者菊地洋一さん中部電力靜岡支店で訴えた

[概要]:現在日本で稼働している原子力発電所のいくつかはGEが設計している.そのGE元原発技術者である菊地洋一氏によると,GE型原子力発電所は想定される規模の直下型地震に耐えられるようには設計されていない.その1つが中部電力浜岡原発(断層上に建設された悪評高い原発)であり,ここが直下型地震(地震なのだから将来確実に発生)に襲われれば,現在の福島原発の事故など取るに足らない(線香花火のようなもの)と思えるような規模の悲惨な大事故になる.首都圏も壊滅的な被害を被る.だから,少なくともGE型原子力発電所は今すぐに止めないといけない.これらの原発は欠陥品だということを認識しないといけない.このことを菊地氏は命懸けで訴えているという.中部電力に廃炉にしてくれなんて一言もいわない.でも東海地震発生が想定される今,少なくとも東海地震が過ぎ去るまでは運転を止めて欲しい.このような原発停止を求める活動を続けている中で福島が事故を起こしてしまった.原発推進派の行政や学者に何をされようとも,東海地震で浜岡原発が引き起こす事故は食い止めなければならない.


【大切な人に伝えてください】小出裕章さん『隠される原子力』


2011.4.10 小出裕章氏VS岩上安身氏


原発がどんなものか知ってほしい(平井憲夫氏)